「外国人お断り」と書くと炎上してしまう…英語がまったくダメな零細飲食店は、押し寄せる訪日客をどうすべきか
■訪日外国人数が1カ月300万人を突破
日本政府観光局(JNTO)によると、2024年3月のインバウンド=訪日外国人の数が、単月として初めて300万人を超えた。東京や京都、北海道や沖縄などではホテルの宿泊料が軒並み高くなっており、市街もリゾートも非常に賑わっている。日本が海外に誇る“食”もご多分に漏れない。飲食店にも数多くの訪日外国人が訪れ、活況を呈している。
観光庁が発表した「訪日外国人消費動向調査」によると、2023年における訪日外国人1人あたり旅行支出は21万3000円。その中で飲食費は22.5%を占めており、約4万8000円も飲食店で消費されている計算だ。飲食業界はコロナ禍で苦境に陥っていただけに、たくさんの客が訪れることは喜ばしい。ただ、最近では訪日外国人の利用をめぐって問題も増えている。話題になったケースをいくつか紹介してみよう。
沖縄県那覇市で、居酒屋が店頭に「スタッフが日本語しかしゃべれないため日本人のみ」と英語で書いた張り紙をしていたことが問題視された。市民グループが偶然に発見し、「外国人差別にあたる」と行政に相談。市の観光課が店を訪問して撤去を打診するも、当初は拒否される。しかし最終的には店が張り紙を撤去した。
■「インバウンド客が押し寄せて常連が入れない」
Xの投稿で賛否を呼んだのが、東京都墨田区にある大衆酒場の店主のポストだ。内容は「英語で話しかけてきた白人カップルに日本語で回答した。日本を訪れたなら、日本語を話す努力をしろ」という主旨であった。その後、店主は「多くの人に不愉快な思いをさせ、自身も精神的にも肉体的にも仕事をする気力がないので休業する」という投稿をしている。
広島県にあるお好み焼き店は、テレビ番組の取材に対し、オーバーツーリズムに対する悩みを吐露。「インバウンド客が押し寄せて来て、常連客が利用できなくなった」と語った。苦悩の末に出した結論として、毎週金曜日の夜を「県民の日」と定め、自己申告ながらも県内に在住する人だけが入店できるようにし、訪日外国人を含む県外の客を断っている。
むろん飲食店と客のトラブルは今に始まったことではない。ただ、2016年に観光庁が「明日の日本を支える観光ビジョン」で、2020年に4000万人、2030年に6000万人という目標を掲げて以降、コロナ禍を除けば訪日外国人の数は増加の一途を辿っており、飲食店との間で“新たな事案”が増えているのだ。
■飲食店と外国人はそれぞれ何に困っているのか
こうしたトラブルを整理すると、訪日外国人が困っているケースと飲食店が困っているケースに大別される。
訪日外国人が困っているのは、日本語オンリーでコミニュケーションができないという言語の壁、英語メニューの用意がなくてオーダーするのが難しいこと、理不尽に感じられる不明瞭で一方的なお通しの提供、ベジタリアンやヴィーガンといった信念あるいはハラルなどの宗教に則った食事の非対応、食べ残したものの持ち帰り不可がよく挙げられる。
2016年度に発表された観光庁による「訪日外国人旅行者の国内における受入環境整備に関するアンケート」では、多言語表示やコミュニケーションで困った場所として、飲食店が28.5%で1位。場面別では「料理を選ぶ・注文する際に困った」が65.8%、「飲食店を見つける際」が32.9%、「食べ方の説明を受ける際」が32.2%と続いている。
一方、飲食店が訪日外国人で困っていることは、一般的な日本人ではあまり見かけられないマナーや態度の悪さ、ノーショー(無断キャンセル)や直前キャンセルの発生率が高いこと、コンシェルジュなどの代行を除いた予約者とは異なる人物による利用が少なくないこと、異なる文化や慣習を持つ客に応対するスタッフの疲弊、殺到する一見客によって常連客が入れなくなることだ。
2018年に飲食店ドットコムが行った「飲食店における外国人観光客対応の課題」に関するアンケート調査では、訪日外国人に対する飲食店の課題がまとめられている。1位が「料理や食材の説明」、4位が「予約の受付」、5位は「会計に関する説明」とコミニュケーションに関するものが圧倒的に多い。そのほかは「店内でのマナー」(2位)や「苦手な食材の対応」(3位)が上位となっている。
■「渋い店にフラッと」がトラブルになりやすい
さらに、訪日外国人のタイプによってもトラブルは異なる。大別すると、ミシュランガイドの星付きレストランや予約困難店に予約して訪れる訪日外国人と、下調べ程度はするかもしれないがふらりと入店する非予約=ウォークインの訪日外国人に分類される。
前者であれば、ノーショーやドタキャンや、予約者以外の代理利用など、日本人の食通と同じようなトラブルが多い。飲食店の種別としては基本的に、最低でも客単価が3万円以上のファインダイニングが該当する。
こういった“ハイエンド”な店であれば、ある程度は外国語でコミニュケーションがとれたり英語の表記があったりするのが普通だ。そうではなくとも店主やシェフのこだわりが強い店が多く、それを知った上で予約しているのでトラブルに発展しづらい。
後者は「せっかく日本に来たのだから」と、何か日本らしいモノ=食事を体験しておこうと考えている。良さそうだと感じたところに入店するだけなので、日本の飲食店に対する理解はあまり高くない場合も多い。主にラーメン、蕎麦、寿司、焼鳥、お好み焼き、鉄板焼、天ぷらといった店、居酒屋や角打ちなどが該当する。
こういったクラシカルな業態かつウォークインで入れる個店に限って、訪日外国人の応対に手が回らないことが多いのが難しいところだ。
■非正規ばかりの飲食業界は人手も教育も難しい
では、どうして訪日外国人に対して、最適なサービスを提供できないのか。
大きな理由は人的リソース不足だ。飲食店におけるサービススタッフの業務は、テーブルのセットアップ、電話対応、来店応対、オーダーの受け付け、料理のサーブ、バッシング=片付け、会計、クロージングなど多岐にわたる。
これだけ多くのことを瞬時にこなさなければならないが、総務省が集計する「サービス産業動向調査」によれば、飲食店における非正社員の割合は80%を超えており(2024年1月分速報値より)、スタッフ全体に対する高い水準での教育は難しい。こういった状況で母国語ではない言語にも応じるとなれば、サービスの負荷がかなり上がることは容易に想像できる。
飲食業界ではコロナ禍に多くのスタッフが離職しているが、流行が収まったからといって戻ってきてはいない。すでにほかの業種で生計を立てており、戻って来る理由が薄いからだ。もともと飲食業界は給与も福利厚生も好待遇とはいえない。
ミシュランガイドの星付きレストランや有名シェフがいる店、予約困難店でない限り、恒常的に人材不足が深刻化しているのが普通だ。残念ながら、給料や時給を上げても応募がまったくないという話は珍しくない。
■キャッシュレス対応の遅れも一因
インターネット予約サービスの対応やキャッシュレス化が遅れていることも、スタッフのリソースを無為に消費する一因となっている。人員もリソースも足りていなければ、異なる言語や文化の訪日外国人に対応する余力がないのは明らかだ。
ただでさえ日本人はあまり英語が得意ではないだけに、接客できる外国語を覚えたり、外国語のメニューを用意したりするのはコストを要する。あるいは、訪日外国人にはお通しについての説明が必須だが、スタッフへの教育が足りなかったりスタッフに余裕がなかったりするせいでおざなりの提供になってしまい、トラブルに発展していることが多い。
ちなみに、ファインダイニングであれば“おまかせ”コースかつ“一斉スタート”が普通なので、こういった問題が生じることはほとんどない。
■店頭に店のコンセプトを張り出しておく
飲食店が訪日外国人とトラブルを起こさないようにするには、どうすればよいか。
筆頭に挙げられるのが、インターネット予約サービスを有効に活用することだ。「TableCheck」や「トレタ」、「OMAKASE」「食べログ」など、英語をはじめとして多言語に対応しているところは多い。そこでコンセプトを説明したりメニューを記載したり、キャンセルポリシーを明示しておけば、すれ違いはだいぶ少なくなる。
ノーショーやドタキャンが発生した場合にも、クレジットカードが登録されていたりデポジットをとっていたり、予約者の情報がわかったりするので安心だ。
ウォークインの客に対しては、やはり、できるだけ早く情報を伝えることが重要となる。入店してからでは遅い。最低でも店頭に店のコンセプトや訪日外国人への応対などを掲示しておくのがいい。日本語メニューしかないことや英語ではコミニュケーションできないこと、ベジタリアンやヴィーガンおよびハラルに対応できないことを、できるだけ早く知らせるべきだ。
また、英語メニューに対応できないのであれば、写真を掲載しておいたほうがいい。すべてではなく、定番のメニューだけでもいい。写真メニューを用意しておけば“指差し注文”が可能になる。「思ったものと違う」といったことが少なくなるので満足度が高まり、クレームも減る。
■食は今後ますます日本の重要な収入源になる
人口が減少していき、少子化によって国力が弱くなっていく日本において、食は世界に誇れる極めて重要なコンテンツだ。
2013年12月に和食がユネスコ無形文化遺産に登録され、和食および日本料理、日本の食文化の素晴らしさが、あらためて世界から認識されるようになった。2023年の農林水産物・食品の輸出額は、好調だった2022年からさらに2.9%増の1兆4547億円と過去最高を記録。世界から日本の食品が求められていることがわかる。
また、2023年12月5日に発表された「ミシュランガイド東京2024」では、三つ星が12軒、二つ星が33軒、一つ星が138軒と、東京は引き続き世界で最も多くの星を獲得した。
一生のうちで一度日本に訪れるかどうかといった訪日外国人にとって、東京を例に挙げれば、10万以上ある飲食店の中で“ある店”に足を踏み入れることは、驚くべき邂逅であるといえよう。
訪日外国人は良い食体験を紡ぎ、飲食店が利益を上げ、両者が互いに気持ちよく過ごせれば、これ以上に喜ばしいことはない。
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東龍(とうりゅう)
グルメジャーナリスト
1976年台湾生まれ。「TVチャンピオン」(テレビ東京)で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。
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(グルメジャーナリスト 東龍)