「スマートアグリカルチャー磐田」は静岡県磐田市のビニールハウスでパプリカを栽培している(記者撮影)

静岡県磐田市。茶畑が広がる丘陵地に、高さが6メートルにもなる巨大なビニールハウスが2棟そびえる。合わせて3ヘクタールの敷地で栽培しているのは色鮮やかなパプリカ。果肉が厚く、栄養価の高い商品として高値で取引されている。

ビニールハウスでは、日照量や気温などをコンピューターで常時管理し、最新技術を駆使して最適な植物の生育環境になるよう調節している。いわゆる「スマート農業」のひとつだ。

ここは「スマートアグリカルチャー磐田(SAC磐田)」の農園だ。モデルとするのは、農産品輸出大国のオランダで拡大する大規模施設園芸。巨大なビニールハウスを建設し、その中でパプリカを栽培する。


栽培されていたパプリカは色鮮やか(記者撮影)

もともとは富士通傘下の農園

2010年代に日本でも企業による農業参入が増え、スマート農業は一種の流行期を迎えた。一方で事業がうまくいかず、撤退に追い込まれるケースが近年少なくない。SAC磐田も苦しんだ時期があったものの、現在は継続的な黒字を確保できているという。それはなぜなのか。

SAC磐田は2021年10月に大和証券グループ子会社の大和フード&アグリが買収し、社長も派遣している。もともと富士通傘下の農園だったが、販売先が低価格志向の量販店だった反面、メインターゲットが“「美」を押し出した意識の高い人”であるなど、ちぐはぐだった。

「農業は生産と販売が両方かみ合っていないとだめだが、そこがうまくいっていなかった」。SAC磐田の久枝和昇社長はそう話す。

久枝氏は2000年に広島県でトマトの大規模温室栽培事業を立ち上げ、その後は栽培技術コンサルとして農業の事業化に関わってきた。2018年に大和証券グループが100%出資で大和フード&アグリを設立し、久枝氏を取締役として迎え入れた。SAC磐田社長には2021年に就いた。

大和フード&アグリがSAC磐田を買収してまず取り組んだのは、マーケティング面での工夫だった。

仲卸業者などを通して販売すると、ほかの商品との差別化ができずに十分な価格で販売することができない。そこで量販店開拓に自ら乗り出した。大和証券の新宿支店で営業担当の課長をしていた社員が異動し販路拡大をリードした。

その結果、1年間で20社もの新規得意先を開拓。売上の3分の1をカバーするほどになった。ブランドを明確にしたことで値上げもできるようになり、買収後1年で黒字転換したという。

農場の運営も試行の末、SAC磐田では自社で行うことにこだわる形へと落ち着いた。大和フード&アグリはかつて外部企業と連携してベビーリーフを生産する事業を行った。だが、徐々に限界も明らかになったという。

「工場長も外部に委託していたが、それではインセンティブがなく当たり前のことしかしてくれない。やはり自社の社員が実際に事業をすることが重要」。大和フード&アグリの大原庸平社長は現在のやり方に収まった背景をそう話す。

「稼げる農業」には金融機能が不可欠

先述したようにスマート農業は、一時の盛り上がりが落ち着いた後に行き詰まった。設備投資をスムーズに行う仕組みが乏しかったことが、大きな要因として指摘できる。

ローカル5Gや自動運転などの最新技術は農業の生産性向上にも有効だが、多額の設備投資を必要とする。大手企業が実験的に最新設備を導入することはできても、「儲かる農業」として事業規模を拡大するには課題も多い。


SAC磐田の久枝和昇社長(記者撮影)

久枝氏は以前からこうした課題に関心を持ってきた。製造業で設備投資を行うように、農業でも資金調達の仕組みが不可欠だと訴える。「稼げる農業を実現するためには資金調達など金融の機能が不可欠。それなのに金融業界で農業の現場を理解している人が少ない」と話す。

そうした問題意識に共鳴したのが大和フード&アグリだった。今後、見据えるのは異業種からの農業参入を促すのに必要なリスクマネーの供給体制の整備だ。

ビジネスマインドのある事業責任者の育成や、現場人材が定着する人事制度の導入などを通して、農業がリスクマネーを呼び込めるビジネスにすることを目標にする。

SAC磐田で実績を出した販路開拓もその取り組みの1つだ。

総務省作成の産業連関表(2015年)によると、飲食料の最終消費に費やされた83兆8460億円のうち、流通経費は35%の29兆4820億円を占めるのに対し、食用農林水産物の生産段階での価格は13%の11兆2740億円にすぎない。

流通部門の費用を抑えれば農家の取り分は大きくなる。大原氏は「農作物の本源的価値を適切に反映できる販路構築が必要だ」と話す。


大和フード&アグリの大原庸平社長(記者撮影)

こうしたノウハウの蓄積を通して、農業への新規参入を目指す企業にコンサルティングを行えるようにしたいとの思惑がある。2023年度から受け付けを開始し、すでに大手企業2社から案件を受託している。

ライバルの野村もコンサルを展開

農業への参入を目指す企業へのコンサル事業は、野村ホールディングスも2010年に設立した子会社を通じて行っている。高い調査能力を生かしアグリテック領域の分析などを強みとする。それだけ農業部門の市場拡大には可能性があり、ビジネスチャンスになると企業が注目していると言える。

農業の担い手確保は日本社会の大きな課題だ。農林水産省によると、普段仕事として農業に携わる「基幹的農業従事者」は2023年時点で116万人、平均年齢は68.7歳だった。

2015年には176万人で平均年齢は67.1歳だった。高齢化もそうだが従事者数の大幅な減少がとくに状況の深刻さを物語る。今後多くがリタイアし、就農者の減少は日本全体の少子高齢化のスピードをはるかに超えて加速する。

担い手が少なくなる中で、農業の生産体制を維持するためには最新設備の活用や、資本を使った大規模化による効率化が不可欠だ。もちろん、食糧自給率の向上は経済安保の視点からも重要で、こうした「農業×金融」の取り組みが今後重要になるのは間違いないだろう。

(高橋 玲央 : 東洋経済 記者)