日本発Netflix「忍者」物語の海外ウケ仕掛け術
Netflix最新作「忍びの家 House of Ninjas」(全8話)の世界独占配信が2月15日から開始された。原案は主演の賀来賢人。忍者が主役の家族ドラマを描く(画像:Netflix)
Netflix、Amazon プライム・ビデオ、Huluなど、気づけば世の中にあふれているネット動画配信サービス。時流に乗って利用してみたいけれど、「何を見たらいいかわからない」「配信のオリジナル番組は本当に面白いの?」という読者も多いのではないでしょうか。本記事ではそんな迷える読者のために、テレビ業界に詳しい長谷川朋子氏が「今見るべきネット動画」とその魅力を解説します。
「服部半蔵」の血を引く忍者の家族ドラマ
ありそうでなかった忍者が主役の家族ドラマがNetflixに登場しました。2月15日から世界独占配信を開始した新シリーズ「忍びの家 House of Ninjas」(全8話)です。スパイアクションはもちろん、事件の真相を追う重厚感も、身近に感じる家族の姿もあります。シリアスとユーモアの絶妙なバランスを保ちながら攻めています。2月20日(アメリカ時間)に発表されたNetflix公式のグローバルTOP10 ランキングでは配信開始初週から2位(非英語TV部門)と好発進です。
「ギャップに萌えるドラマ」というのがより正しい表現なのかもしれません。1分数十秒の冒頭からそんな期待が高まります。黒装束に身を包んだ忍者一家が現れ走り、敵を斬り倒すシーンのバックに流れているのはメロウな洋楽。現代の政治がらみの事件背景があることを匂わせます。忍者と世界配信ドラマという掛け合わせからは、和の強調や血みどろ感を想像できそうですが、実はそうではないのです。
伝説の忍者「服部半蔵」の血を引く日本最後の“忍び一家”という壮大な設定ながら、家族ドラマに寄せていることもこの作品の意外性の1つにあります。主役である俵家の暮らしぶりから話が始まっていくわけですが、普通なようで普通じゃない独特な世界観に割とすぐに入り込めます。
キャラクターの個性が見えるキャスティングが巧みだ。右から父親役の江口洋介、母親役の木村多江、忍者管理局を組織する田口トモロヲ、妹役の蒔田彩珠、次男役の賀来賢人(画像:Netflix)
物語の中心人物である優しく物憂げな次男・晴(ハル)役を賀来賢人が自然体の演技でみせ、空気が読めない父親役が意外とハマっている江口洋介と、コミカルな演技でおかしみを誘う木村多江との夫婦役の相性もバッチリ。大学生の長女・凪(ナギ)役の蒔田彩珠と小学生の三男・陸(リク)役の番家天嵩は今どき世代の特徴を捉えています。そして、すまし顔で家の中を瞬間移動する祖母役の宮本信子が存在感を示し、これら役者たちの演技によって忍者としての生き方すらリアルに感じ、劇中の「最高の忍びは影となる」という台詞が腑に落ちます。
新興宗教の教祖役に山田孝之
俵家の物語は、高良健吾演じる長男・岳(ガク)に起きた6年前の事故が1つの軸となって展開されていきます。これと絡み合うように未解決事件の真相が小気味よく明かされていくのです。サスペンス度合いが増していくなかで、俵家以外のキャラクターを演じる役者陣の魅力も引き出されています。
高良健吾(左)が演じる長男役に起きた6年前の事故の真相が明かされていく。サスペンス度合いもたっぷり(画像:Netflix)
忍者管理局の秘密組織「BNM」を組織する田口トモロヲと柄本時生が演じる世代差コンビは程よく憎たらしく、また6年前の事件を追う雑誌「ムー」記者の伊藤可憐役の吉岡里帆は、主演の賀来が演じる恋愛御法度の忍者との道ならぬ恋も期待できる役回りです。
ロマンスも入り交じる。雑誌記者役の吉岡里帆(右)と忍者役の賀来賢人の道ならぬ恋も見どころの1つ(画像:Netflix)
そして、山田孝之は新興宗教の教祖役として登場します。どこからどう見ても怪しい風貌の役柄になりきる山田に最後の最後まで目が離せません。意味深に語る台詞の裏に真相が隠されている重要人物でもあるのです。
わずかな出演時間ながらインパクトが大きい白石加代子が演じる謎の老年女性など、ひとりひとりの役者の使い方に無駄がないことにも驚かされます。ただ1人、「全裸監督」などヒットシリーズに出演するNetflix作品常連のピエール瀧の刑事役は今回、深みがないキャラクターに感じます。劇中で「じゃがいも顔」呼ばわりされるだけされて、滑稽さだけ残します。
とはいえ、全体的にキャラクター設定は見事なもの。原作がない完全オリジナル作品として、ゼロからしっかり作り込まれていることはテンポを上げて伏線を回収していく後半戦でより実感できるはず。
ちなみに主演の賀来が原案を練ったそうです。賀来は共同エグゼクティブ・プロデューサーとして製作陣にも名を連ねています。一見、役者の名前を借りただけのケースに思えますが、作品を見れば、それだけでないことは一目瞭然です。相撲界を描いた「サンクチュアリ-聖域-」に続いて、日本ならではの題材で独創性に溢れたオリジナル企画がまた一つNetflixに加わったという理解に変わります。
監督はロス在住のアメリカ人
そもそも忍者と言えば、世界中でヒットする漫画・アニメの「NARUTO-ナルト-」があり、今後オリンピックの障害物レースになる長寿番組の「SASUKE」(TBS)は海外では「NINJA WARRIOR(ニンジャ・ウォリアー)」として知られ、遡るとハリウッド俳優のショー・コスギが出演した映画『燃えよNINJA』は80年代にアメリカで忍者ブームを起こしています。忍者の可能性は確かなもの。世界的な反応を当然、期待したくなります。
Netflixの発表(2月22日)によると、2月15日の配信開始から1週間、「今日のシリーズTOP10」にランクインした国の数が92か国に上ったことがわかりました。またNetflix週間グローバルTOP10 ランキング(2024年2月12日〜18日集計)では世界2位(非英語TV部門)をマークし、幅広い地域で成績を残していることも注目に値します。国別の結果をみると、日本、アメリカをはじめ欧州主要各国、アフリカ、アジアと幅広い地域で週間TOP10 入りし、その数全71か国。しかも、日本で達成できなかった週間1位をジャマイカとナイジェリアで成し遂げています。
忍者の可能性をかけたであろう製作体制も抜かりがありません。賀来をはじめとする日本人で構成される製作チームの原案をもとに、Netflixがストーリー開発と共同脚本、監督を依頼した人物はアメリカで生まれ育ったロサンゼルス在住の監督兼脚本家。インディーズ系の映画でこれまで実績を作ってきたデイヴ・ボイル監督でした。日本人以外の視点を取り入れることを狙ったのは明らかです。
ボイル監督に直接その意図を尋ねると、「誰が見てもわかるような作品にしたかった。家族ドラマをベースにした忍者の物語を描くことで、世界に出やすくなるのではないかと、そんな思いもありました」と答えが返ってきました。
「現代の日本に生きる忍者の家族ドラマを描くことで、世界に出やすくなると思った」と語るロス在住のデイヴ・ボイル監督(画像:Netflix)
ご本人曰く、脚本づくりと撮影のために来日した際、日本での撮影も日本の長期滞在もその時が初めてだったそうです。新鮮な視点が加わったことを裏付ける話になります。なかでも、ボイル監督の独自のアイデアは劇中で使われる音楽に象徴されています。アメリカのテレビ、映画界でサウンドデザインを手掛けるジョナサン・スナイプスに劇伴音楽を頼み、場面によって敢えて印象を変えています。
そして、1話のラストで流れるのは60年代結成のイギリスバンド「ゾンビーズ」の曲「Nothing’s Changed」です。どうしてこの曲だったのかというと、「時代を感じさせないタイムレスなものにしたかったから」。ボイル監督はそう答え、「何百年も続く存在の忍者が現代に生きるストーリーだからこそ、時代を超えた雰囲気を作りたかった」と説明してくれました。
時代にもジャンルにも縛られない作りは単調さを排除する効果を生み出しています。ボイル監督の言葉を借りて世界観を表現すると、「あなたの隣に座っている人は、もしかしたら忍者かもしれない――」というもの。そんな想像まで楽しめてしまいます。
(長谷川 朋子 : コラムニスト)