元傭兵の高部正樹さんが「もっとも危険」と語る軍隊はどこなのだろうか(本人提供)

特殊分野で自営を続けるライター・村田らむ氏。連載「『非会社員』の知られざる稼ぎ方」では、さまざまな非会社員たちの半生を追ってきたが、その中でも異色だったのが「元傭兵」の高部正樹さん(59歳)だ。

連載の番外編である今回は、高部さんに「もし今、現役の傭兵だったら戦いたくない軍隊」を聞いていく。ロシアによるウクライナへの軍事侵攻や、イスラエル・ガザ戦争が続くなか、高部さんが「もっとも危険」と語る軍隊はどこなのだろうか?

高部正樹さんは「元傭兵」という珍しい経歴で知られている。アフガニスタン、ミャンマー、ボスニア・ヘルツェゴビナと20年近くにわたり、傭兵として活躍してきた。

私の連載『「非会社員」の知られざる稼ぎ方』でも半生を語っていただき、大きな反響があった。インタビューをしたのは2020年の年末だった。

戦いたくない国の軍隊はどこ?

その後、ロシアとウクライナの戦争、イスラエルとガザの戦争、がはじまり、戦争の話題をよく聞くようになった。

高部さんの需要もますます高く、原作をつとめる『日本人傭兵の危険でおかしい戦場暮らし』も今年第3巻が発売された。


(『日本人傭兵の危険でおかしい戦場暮らし 戦時中の軍隊の真実編』より/(C)高部正樹・にしかわたく/竹書房)

高部さんに久しぶりにお話を伺う機会をいただいたので、「高部さんが現役の傭兵だったら戦いたくない国の軍隊はどこ?」と、質問をぶつけてみた。

1位は『イスラエル』ですね。

理由は、意志が強固ではっきりしているからです。どれだけ大きな軍事力を持っていても、上のほうが軟弱、意志薄弱だったりすると、腰がふらつきます。


「ハマスを徹底的に潰す」

と上から下までキチンと意志が統一されている。もし日本が同じ状況だったら、

「国民が……」

「国際世論が……」

「アメリカが……」

「政治が……」

とブレるはずです。もちろんブレるのが悪いわけではないですけど、敵としてはイスラエルのほうがずっと怖い。

イスラエルには人質作戦も効きづらいです。作戦立案の段階では人質も念頭にあったみたいですが、実際に戦闘が始まったら人質は二の次。脅しにブレずに戦闘を続けていました。

「負けたら国が消滅する」という緊張感

なぜイスラエルの意志が強いのか? それは建国以来常に敵国に囲まれているからだと思います。国民の一人ひとりに国防の意識が高い。パレスチナ戦争、中東戦争とつねに土俵際で戦っているから、

「負けたら国が消滅する」

という緊張感があります。日本人はたとえ戦争状態になったとしても、

「帰る国までは、失うことはないだろう」

と思うんじゃないでしょうか? 

イスラエルは戦力としては大きくないですが、徴兵制度ですから、いざとなったら大人のほとんどが軍人になります。

兵器開発も盛んで、世界最重量級の装甲兵員輸送車も持っています。また鹵獲した装甲車などを再利用していますし、アメリカから兵器も輸入しています。軍事力という点から見ても、かなり手強いと思います。

フリーランスの傭兵だったら、かなり戦いたくない国ですね。


(本人提供)

2位は北朝鮮です。

イスラエルに似ていますが、やはり独裁的な体制の国というのはブレません。

「将軍が決めたら、そのとおりに動く」

というトップダウンがしっかりしています。

兵器は前近代的と言われていますが、その代わり特殊部隊に力を入れています。彼らが訓練に「脇目もふらずに邁進している」というのが怖いですね。

ほとんど情報がなく得体が知れないのも怖いところです。ハマスの攻撃で、パラグライダーを使った電撃的な作戦がありましたが、

「元々は北朝鮮の戦術だったのではないか?」

と噂されています。

高高度を飛ぶ輸送機からフリーフォールで降下し、高い位置で落下傘を開き数十キロ移動しつつ侵入する……というのは聞いたことがありますが、パラグライダーというのは初耳でした。

一回やってしまったら次は無理かもしれないですけど、今回は意表をついて成功しました。北朝鮮の一番の仮想敵は韓国ですから、パラグライダーで奇襲をかける作戦を計画していたのは理にかなっています。

北朝鮮はもちろんですが、中国やロシアなどの国は、万が一捕まったことを考えると怖いです。

「どんな拷問されるか、処刑されるかわからない」

という敵と戦うのは怖いものです。

ボスニアで傭兵をしていたとき、みんなポケットに弾丸を入れていました。自決用の弾です。映画では弾丸一発を大事に持っていたりしますが、不発だったら嫌なのでみんな3〜5発は持っていました。もちろん僕も持っていました。

ロシアはウクライナの戦争で犯罪者たちを戦場に投入しているという話がありました。日本の感覚だと全く理解できないことを、平気でしてきます。犯罪者の中には殺人犯など重犯罪者も含まれます。彼らが捕虜を捕まえて、まともな扱いをするとは到底思えません。

「捕虜は痛めつけて、殺すだけ」

と思っている敵と戦いたくありません。アメリカは強大な軍事力を持つ国ですから、当然戦うのは怖いですが、捕虜になったときには人道的に扱ってくれそうではあります。

もちろんアメリカ軍でも、捕虜を裸にしていびった等のスキャンダルが流出することがありますが、まだ拷問が問題になるレベルです。

「ルール、条約を遵守する。守らなければ裁判で追及される」

そんなアメリカとは、交渉の余地があります。北朝鮮はもちろん交渉の余地はなく、だから傭兵として戦うのには躊躇しますね。


(『日本人傭兵の危険でおかしい戦場暮らし 戦時中の軍隊の真実編』より/(C)高部正樹・にしかわたく/竹書房)

統制が取れていない国

3位はアフリカ諸国やイスラム諸国などにある、統制が取れていない国です。イスラエル、北朝鮮とは逆と言っていいかもしれません。

軍として統制が取れていない。一人が騒ぎ出すと、周りが同調してどんどん騒ぎが大きくなる。騒いでいた理由は誰もわからないまま暴走してしまう。ブレーキが効かない軍隊があります。そういう軍隊は暴走して、虐殺行為に走る場合があります。

西アフリカの西部、シエラレオネ共和国は“紛争ダイヤモンド”が有名な地域ですが、革命統一戦線が虐殺や略奪、処刑を繰り返しました。制御が利かなくなっていたんだと思います。

アフガンでも、生きている人間に火をつけるといった蛮行が行われていました。残酷な行為ですが、

「組織に認められている行動」

として、正々堂々とやっていました。そんな敵を相手にするのは嫌ですよね。


(『日本人傭兵の危険でおかしい戦場暮らし 戦時中の軍隊の真実編』より/(C)高部正樹・にしかわたく/竹書房)

ミャンマーで戦っていたときに、いわゆる「バンザイアタック」をしてくる敵がいました。特攻、突撃、ですね。

制圧した後に、敵の塹壕に行くと、地面に注射器が落ちていました。メディック(衛生兵)かな? と思ったんですが、注射器の中はアルコールでした。

つまり作戦前に兵隊にアルコールを注射して酩酊状態にさせて恐怖感をなくし、無理やり突撃させていたようです。めちゃくちゃな行動です。


ミャンマーで水浴びをしているとよく上流から敵軍の死体が流れてきました。敵が死体を回収しない、処理を任されることもありました。竹の棒で引き寄せてひっくり返すと、エビやカニがピチピチ出てくるんですよ。タイで食べたエビがうまかった原因は、ミャンマーで栄養たっぷりの餌を食べていたからか、と妙に納得しました。

つまり、無理やり特攻させて、かつ死体の回収すらまともにしない軍隊なんです。味方に対してそんなぞんざいな扱いをする軍隊が、敵に対してまともな対応をしてくれるわけがありません。

だから、そういう統制の取れていない国とはなるべく戦いたくないですね。

「軍事力」だけでは測れない、さまざまな要素

軍隊を語るときには「軍事力」が真っ先に挙げられることが多い。ただ、現場で戦う人にとっては「軍事力」だけでは測れない、さまざまな要素があることがわかった。

「でも、日本にとっては関係ないこと……」

と言い切れない世界になってきていることに、恐怖を感じてしまう。(後編:戦場で戦う傭兵「嫌な奴はいない」意外なカラクリ に続きます)


この連載の一覧はこちら

(村田 らむ : ライター、漫画家、カメラマン、イラストレーター)