東京都が地下鉄駅に避難用の「地下シェルター」を整備する方針だとする報道がありました。何をどう守るものなのでしょうか。国際的・歴史的に見て、地下鉄と戦争は切っても切れない関係にあるようです。

ついに整備が始まる?「地下鉄駅に地下シェルター」

 読売新聞は2024年1月25日、東京都関係者の話として大江戸線麻布十番駅に「地下シェルター」を整備する方針を固めたと報じました。この「地下鉄の駅に地下シェルターをつくる」とは、どういうことなのでしょうか。


地下鉄大江戸線の車両(画像:東京都交通局)。

 国民保護法はミサイル着弾時の爆風などから身を守る「緊急一時避難施設」を指定していますが、これはミサイル攻撃などの爆風や破片の被害を軽減するための“1〜2時間程度の一時的な避難”を想定しており、既存のコンクリート造りの建築物や地下街、地下駅舎、地下道などの地下施設を指します。

 そこで“攻撃が継続・激化した場合”に備えて、水・食料のほか、換気設備や非常用電源、通信装置などを備えた、長期滞在が可能な「シェルター」の整備を進めていくというのが都の方針で、最初の候補となったのが麻布十番駅でした。

 同駅が候補に浮上したのは都の防災備蓄倉庫を併設する「緊急輸送ネットワークにおける指定拠点」であり、地下シェルターに改修できるスペースがあったためと報じられています。防災備蓄倉庫は地下4階から6階(地下32.5m)に位置する駅構造物の上部に設置されており、物資搬送用のベルトコンベアーが地上と繋がっています。

 全線が地下区間で災害の影響を受けにくい大江戸線は、都の地域防災計画において「清澄白河駅及び麻布十番駅の2駅に設置している地下防災施設に物資を備蓄し、地震に強い地下鉄の輸送力を活用した支援と輸送を行う」と定められていますが、さらに今後は非常時対応も役割に加わることとなります。

地下鉄と戦争の密接な関係とは

 地下鉄と戦争の間には密接な関係があります。現在も続くロシア・ウクライナ戦争でも、ウクライナの首都キーウで地下鉄が避難施設として用いられているように、両国のような旧共産圏の地下鉄は核戦争にも対応可能なシェルターとしての役割を兼ねて建設されたと言われます。

 空襲時の地下鉄への避難は、古くは第一次世界大戦にまでさかのぼります。ドイツ帝国は1915(大正4)年1月にツェッペリン飛行船を用いた“世界初の戦略爆撃”を開始し、5月には対象をロンドンへ広げました。さらに1917(大正6)年に入って航空機を用いた空襲も開始。ロンドン市民にとって、避難の重要性は益々高まってきたのです。


世界最古の歴史を持つロンドン地下鉄(乗りものニュース編集部撮影)。

 空から降り注ぐ爆弾に驚いた人々が、当時数少ない地下施設である地下鉄に逃げ込んだのは当然だったのでしょう。ロンドンでは既に地下深いシールドトンネルの地下鉄「チューブ」が開通しており、空襲の影響をほとんど受けなかったからです。

 同年9月24日の空襲では約10万人がチューブの構内に避難。翌25日には12万人に増え、26日、27日は空襲がなかったものの早朝から立錐の余地がないほど混み合ったといいます(1938年東京市調査)。

 第二次世界大戦でもチューブはシェルターとして活躍しました。地下鉄を管轄するロンドン旅客運輸局は当初、空襲時に地下鉄へ避難するのを禁止し、空襲下でも運行可能な唯一の交通機関として活用する方針でした。しかしやって来た空襲は第一次大戦とは比較にならないほど激しく、市民は初乗りきっぷを買って地下鉄構内に殺到し、空襲が終るまで居座る強硬策に出たため、地下駅への避難はもはや黙認されるようになりました。

 その後ロンドン当局はチューブの71駅を避難場所として正式に認定し、地上からの浸水防止対策をした上で、電気ボイラーや水道設備、水洗トイレ、診療所、喫茶所、寝台を整備。ロンドン地下鉄の夜間避難者は1940(昭和15)年10月平均で1日当たり13万8000人に達しました。常設ではなく臨時のものではありますが、今回東京都が想定するシェルターに最も近いのは、この事例でしょうか。

戦前日本の「空襲対策」に地下鉄はどう使われたのか

 では日本はどうだったかというと、こちらも地下鉄を空襲下の輸送機関と位置付けていたため、地下鉄への避難を禁止していました。実際には電車を走らせるどころの騒ぎではなく、また市街地を標的とした空襲の多くは夜間に行われたため、避難所として使われた例はほぼ皆無でした。例外が1945(昭和20)年3月13日・14日の大阪大空襲で、地下鉄御堂筋線が非公式に避難に活用されました。

 もうひとつの問題は強度でした。銀座線の各駅は地下7〜10mと浅い位置にあり、トンネル上部と地面との距離(土被り)が「わずか2〜3m」という区間も多く、1945(昭和20)年1月27日の「銀座空襲」では爆弾が銀座駅のトンネルに直撃し、大穴を開ける被害を生じています。

 本格的な空襲に耐えるにはロンドンのような地下深いシールドトンネルが必要ですが、これはコストと地質の関係で困難でした。ただ、次に建設予定だった赤坂見附〜新宿間(後の丸ノ内線)は、空襲に備えてシールドトンネルを採用し、避難先として運用する構想もあったようです。

 翻って現代、政府や都が想定するのは「弾道ミサイル攻撃」です。ウクライナに発射された短距離弾道ミサイルを見る限り、着弾で「深さ2〜5mのクレーター」が出来るほどの威力のようです。日本に対して使われる可能性のある中距離弾道ミサイルは、さらに威力が大きいでしょう。

 東京では117駅が大規模地下緊急一時避難施設に指定(2022年10月1日現在)されていますが、地下浅い場所にある小規模駅が中心で、個別の安全性・効果性を確認したものではありません。そのままシェルターとして使うのは困難ですが、それでもミサイルの爆風・破片の直撃を防げれば、生存率が大きく上がるという判断です。

 一方、今回の麻布十番駅のシェルターは、一時的な退避・避難ではなく長期的な滞在も想定した本格的な施設です。当然、複数回のミサイル攻撃を想定しているはずで、どのように堅牢性を検証するのか興味深いところです。

 その結果次第では、もうひとつの防災備蓄倉庫設置駅であり、麻布十番に続く整備対象駅の有力候補と考えられる清澄白河駅が、地下14.7mという浅い位置にあることが計画に影響してくる可能性があります。