博士号などの学位を取得しても、定職につけず、生きづらさを抱えている人たちがいる。そうした「高学歴難民」には、特有の困難がある。犯罪加害者の家族を支援するNPO法人の代表で、『高学歴難民』(講談社現代新書)を書いた阿部恭子さんは「彼らは『これだけ時間とお金を費やしたのに』という思いを抱いている」という――。(第2回/全3回)
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■「高学歴難民」と「就職難民」はどう違うのか

(第1回から続く)

――「高学歴難民」と一般的な「就職難民」との違いはどこにあるのでしょうか。

学歴難民の苦しみは「こんなに努力したのだから報われるべきだ」という本人のプライドと密接に関わっています。

「一流大学を卒業したのに、思うような就職ができなかった」という人も大変だとは思います。でも、博士課程を修了した高学歴難民は、学位取得までに多くのお金と時間を費やしています。親をはじめとした周囲の期待もあったでしょうし、それが役に立たなかったという事実を突きつけられるのはやはり苦しいものがあります。

しかも、学歴とキャリアや仕事ぶりが見合わなければ「高学歴のくせに」と思われてしまう。それを笑いに変えられる人であればいいのですが、「高学歴のくせに」という言葉を死刑宣告のように受け取ってしまう人もなかにはいます。

■複数の修士号を取得して、残ったのは1000万円の借金

――本書では、有名大学の博士課程に進学するも中退し、現在は1000万円の借金を背負ったまま、フリーターをしている40代男性のエピソードが紹介されています。

学歴至上主義の家庭に生まれ育った方ですね。彼の父親は東大出身でありながら中学校の教員になったこともあり、出世してお金持ちになっていく人を見るたびに「たいした大学を出ていないくせに」と負け惜しみを言うような学歴偏重主義者でした。

学歴は名前と同じ。学歴で人格まで評価される」と口癖のように言い、彼自身も父の教えを真に受けて、誰もが知るような難関有名私立大学で社会学の修士号を取得。その後は文芸評論を書きたいと考えて、今度は国立大学の大学院で修士号を取得し、そのまま博士課程に進学します。

ただ、博士課程に進学してからは研究も行き詰まり、文芸評論の応募を続けていた雑誌からも反応はないまま、30歳を迎えてしまいます。そこで、奨学金返済のために塾講師や図書館、書店、弁護士事務所でのアルバイトを経験したものの、仕事ぶりの不出来や学歴に見合わない場所で働いていることなどを揶揄されて、うつ病になってしまいます。

学歴ワーキングプアとして貧困問題に取り組む団体の活動やデモなどにも参加したときも「あなたは甘い! 落ちるとこまで落ちていない!」と学歴があるにもかかわらず、困窮していることを責められたそうです。

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学歴を持っているがゆえに落ちきることができない。学歴のためだけに努力してきたのに、それが認められるどころか、実績と釣り合わない学歴に苦しめられている典型例ですね。

■親は「学歴があるから自信を持て」と励ますが…

――学歴がかえって「烙印(らくいん)」になってしまったんですね。学歴偏重主義の父親は、考えを改めることはなかったのでしょうか。

むしろ、「それだけの学歴を持っている人はなかなかいないんだから、自信を持って頑張れ」と高学歴難民生活を応援してくれたそうです。でも、そうなると、子どもは親が「勉強をしていればいい」と思っていることに依存し、「勉強していれば、親は許してくれるだろう」と甘えてしまいますよね。

親に悪気はないんでしょうけれど、家族全体で現実が見えなくなってしまったことで、高学歴難民を生み出してしまいました。

■社会状況はどんどん悪くなっている

――「高学歴難民」はさまざまな苦難を抱えていますが、社会や制度にも問題はあるのでしょうか?

それは大きいと言えます。文系では特に、教養科目は軽視されていると感じます。大学は職業訓練所ではなく、純粋に学問を学ぶための場所のはずなんですが……。かなり前からその問題は指摘されていますが、なかなか変わらないし、誰も高学歴難民を助けてくれません。私は現場で支援をすることが本業ですから、現状をどう打破できるのかという視点で本書を構成しました。

ただ、研究者に限らず、その職業に就きたいと思っている人全員の願いがかなうわけではありません。そのことを理解したうえで努力するしかありませんし、努力したうえで結果が出ないのであれば、別の道を探るしかない。

前述の40代男性も大学院に進学した理由のひとつには、小説家や文芸評論の書き手になるためのモラトリアム期間が欲しかったこともあったようです。最終ゴールが「物書き」であるならば、大学院ではなく、もっと違う道もあったのではないかとも思いました。

■事件を起こしてしまう高学歴難民たち

――本書では「家族に迷惑をかけられない」という理由から、振り込め詐欺に加担してしまった事例も紹介されていました。

文系の大学院の博士課程を修了し、大学の非常勤や専門学校の講師を掛け持ちしていた男性の事例ですね。彼には家庭がありましたが、月10万円ほどの収入しかなく、生計は妻の収入に頼っていたそうです。

そんななか、妻から「年齢的にもそろそろ子どもが欲しい」と打ち明けられ、子どもを育てていく自信がないと素直に伝えることができず、2人の間に子どもをもうけることになります。しかし、これまで生計を支えてくれていた妻は、産後に心身ともに体調を崩してしまいます。妻の看病と子どもの世話をして、論文を書くという多忙な日々を送ることになり、生活はどんどん困窮していきました。

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そこで、短期で高収入のアルバイトを探していたところ、見つけたのが振り込め詐欺の実行犯でした。彼はその後、実刑判決を受けて刑務所で1年半服役し、現在は知人の会社で働いているそうです。

■「パリ人肉事件」も高学歴難民の犯行だった

――本書では事件を起こしてしまった高学歴難民の事例として、1981年に起きた歴史的猟奇殺人の「パリ人肉事件」を挙げています。

犯人の佐川一政が、パリ留学中にオランダ人女子留学生を殺害して屍姦(しかん)したあと、遺体を食べたという事件ですね。人の肉を食べる「カニバリズム」という猟奇性にばかり世間は注目していましたが、私は佐川氏が日本の大学院で文学の修士号を取得し、パリの大学でも修士号を取得した高学歴難民であったことに、事件の重要な手掛かりがあるのではないかと考えています。

何者なのか判然としない小柄な日本人中年男性は、パリで人気を集めるどころか、差別的な対応をされることもあったでしょうし、女性に対して並々ならぬ劣等感を抱いていたとしても不思議ではありません。

――「パリ人肉事件」のように高学歴難民が攻撃的な事件を起こすケースは、よくあるのでしょうか。

これほどセンセーショナルな事例は稀だとしても、高学歴難民が抱えるコンプレックスが攻撃性に変わるケースは珍しくありません。本書でも、SNS上で交流のあった高学歴難民からネットでの脅迫を執拗(しつよう)に繰り返されたという事例を紹介しました。

被害者の男性も口論の末、「だから就職決まんないんですよ」と挑発してしまいます。無視をしているとSNSの投稿のコメント欄には「逃げるなよ」「卑怯者」といった書き込みが何十件も並び、個人のダイレクトメッセージには「俺を見下した奴は死刑!」「謝罪がなければ殺す!」と数分おきにメッセージが入って、電話までかかってくるようになるなど、攻撃は常軌を逸しています。

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被害者男性はすぐに警察に相談に行ったそうです。携帯電話の電源を入れた瞬間に、バッテリーがすごい勢いで消耗するほどの脅迫文の多さと「殺す」「火をつけてやる」といった明らかな脅迫行為で、加害者男性はすぐに逮捕されました。

■「困窮型」と「支配型」という二つの特徴

――本書では、高学歴難民による事件が「困窮型」と「支配型」の大きく二つに分類されていました。それぞれの特徴について教えてください。

端的に言うと、難民生活の長期化で疲弊した末、追い詰められて犯行に及ぶのが「困窮型」で、満たされない社会的承認欲求を、他人を支配することで満たそうとするのが「支配型」としています。

先ほど紹介した事例で言えば、「家族に迷惑をかけられない」という理由から、振り込め詐欺に加担してしまった男性の事例は「困窮型」です。夢や野望があったわけではなく、生活の困窮や孤独感からそうせざるを得なかったケースです。

対して、「パリ人肉事件」やネット脅迫の事例は「支配型」に該当します。とくに佐川氏は、財力のある家庭に生まれ育って、虚弱体質であったことから過保護に育てられました。身体は弱かったかもしれませんが、体力も、お金も、時間もあり余っているうえに、社会に認められないフラストレーションが溜まっている。怒りや野心が加害の動機となっている点が、支配型の特徴の一つだと考えています。

■学位も体力もあるが、仕事がない

――どうすれば「支配型」の犯行を止められたのでしょうか。

阿部恭子『高学歴難民』(講談社現代新書)

「支配型」の事件には、社会的な役割が与えられていないことによる劣等感が共通しています。「パリ人肉事件」の犯人である佐川氏は、心神喪失で無罪となって帰国した後、作家として数々の本を出版しています。身体の弱さから一般的な会社勤めは難しかったとしても、作家や研究者として身を立てる選択は十分あり得たはずです。佐川氏が事件前に作家や研究者といった肩書を有していたならば、社会的評価も変わり、事件を起こすこともなかったかもしれません。

世の中の人が「学歴があるだけで勝ち組なんだから、甘えてないで頑張れ」と言いたくなる気持ちもわかりますが、高学歴難民の中には奨学金を返さなくてはならず、「しっかりと働いていまの状況から抜け出したい」と思っている人もたくさんいます。ただ、高学歴難民は自分が置かれている状況に向き合うこととは別に、学歴とキャリアのギャップに対する風当たりや劣等感といった特有の苦しみも抱えています。

彼らに対して同情してほしいと思っているわけではありませんが、世間には伝わりにくい苦しみを抱えた人々の実態を少しでも知ってもらうために本書を執筆しました。(第3回に続く)

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阿部 恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長
東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。2008年大学院在籍中に、社会的差別と自殺の調査・研究を目的とした任意団体World Open Heartを設立。宮城県仙台市を拠点として、全国で初めて犯罪加害者家族を対象とした各種相談業務や同行支援などの直接的支援と啓発活動を開始、全国の加害者家族からの相談に対応している。著書に『息子が人を殺しました』(幻冬舎新書)、『加害者家族を支援する』(岩波書店)、『家族が誰かを殺しても』(イースト・プレス)、『高学歴難民』(講談社現代新書)がある。
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(NPO法人World Open Heart理事長 阿部 恭子 構成=佐々木ののか)