「元同僚の充実私生活をうらやんで涙流す」産業医のもとに続々訪れる"外資系・50代・エリート"社員の苦悩
■コロナ後に増えた50代社員からの相談
こんにちは。産業医の武神です。今年も1000件以上の働く人たちとの面談をしています。
いろいろな相談がありますが、新型コロナ感染症に関連するさまざまな制限が明けたころより、50代の社員たちから共通する悩みの相談が増えてきました。今回は、その相談内容についてお話ししたいと思います。
50代半ばの男性社員Aさんが産業医面談にいらしたのは、新型コロナ感染症が第5類に移行した頃でした。Aさんは、部下の面倒見がいいハイパフォーマーと人事部の中でも評判の方でした。
私も産業医として、過去に何度か部下のことについて上司のAさんと面談をしていたので、特に部下のことがないのに面談に来られたのでどうしたのだろうと聞いてみると、「最近仕事で疲れることが多くなってきた。以前ほどアグレッシブに働けていない自分がいる」とのことでした。
■疲労が抜けにくく、前向きな気持ちになれない
詳しく聞いてみると、夜にオンライン会議があった翌日の疲労が以前よりも抜けなく蓄積してきていること、定期的に通う整体では上半身全体のコリが特にひどくなっていると言われたこと、以前ほど仕事を前向きに考えたり楽しく思っていない自分がいることを教えてくれました。一方、睡眠や食事はしっかりととれており、週末のジムも継続しており、メンタルヘルス不調を強く疑う症状はありませんでした。また、特に業務上のパフォーマンスが低下している等の指摘はないとのことでした。
部下の育成や労働条件の改善については、以前同様、しっかりとやっている。ハードに働く部下たちには少しでも報われてほしいし、そうでないと転職してしまうだろうからともおっしゃる姿は、以前のAさんと同じ印象でした。しかし、ご自身のことになると以前ほど積極的に働く気持ちになれないとのことでした。
■外資系企業で生き残ってきたエリートの面影が消えてしまった
何かきっかけになるような出来事がなかったか聞いてみるとAさんは、4月頃に古い友人が趣味でやっている劇を見に行ったことを話してくれました。その友人は20〜30代の頃、同じ会社で一緒に切磋琢磨(せっさたくま)した仲でしたが、結婚や子育てを機に外資系のハードな世界から退き、日本企業で働いているとのこと。数年に1回は夫婦で食事をする関係がコロナ前まで続いていたことを教えてくれました。
コロナ明けにその友人夫婦が趣味でやっている劇団の劇を観に行ったとき、心から楽しそうに演じている友人の姿を見て、素直にうらやましく思い涙が出てきたとのことでした。
思えば自分には、心から楽しみ没頭できる趣味は何もない、一緒にする人もいないと感じたとおっしゃったAさんの表情には、外資系企業でこの年齢まで生き残ったエリートの面影は全くありませんでした。
■仕事に向けていた情熱を向ける対象がない
Aさんは、仕事に向けていた情熱が冷めてしまったが、他にその情熱を向けるものもない状態と思われました。もう、仕事を辞めてもいいのではないかと感じるが、その時間やエネルギーを何に向けたらいいのかわからないのです。
今現在、職場でAさんは引き続きハイパフォーマーです。しかし、自分の今のやる気は過去と比べて落ちてしまっている。この状態ではいずれパフォーマンスは落ちるだろう。それは今の地位やキャリアに傷をつけるし、プライド的にも受け入れられない。そうなりたくないという気持ちだけが今働く唯一のエネルギーだが、これは健全ではない、ということも自覚しているとおっしゃいました。
私にはAさんに今、即効性のある対策の処方箋はありませんでした。しかし、その後もAさんは定期的に産業医面談に“雑談”をしにこられるようになり、まずは趣味を作るべく、いろいろなものにチャレンジしている今日この頃です。
Aさんがどのように変化していくのか。産業医の私も次の面談をいつも楽しみにしています。
■「お金」以外に働く理由がない人は“もろい”
50代になっても外資系企業で働いているということは、社内ではそれなりの役職です。その会社(または業界)でも長く働いてきており、経済的には恵まれた状態で、単にお金のために働き続けなければならない人は少ないです。そのような“恵まれているはず”の社員たちのこのような面談が、コロナ明けから増えてきました。
「どうして働くのですか? どうして、ここまで忙しいこの会社で働き続けるのですか?」
私は、この質問をよく社員に投げかけます。キャリアややりがい、具体的な目標や理由など、お金のため以外の答えを持っている人は、タフでハードな環境の中でもレジリエンス高くやっていけることが多いです。反対に、(生活のための)お金くらいの答えしかない方のメンタルは“もろい”ことを私は経験から知っています。
■コロナの3年間で価値観が大きく変わった人がいる
新型コロナ感染症の流行があった3年間、私たちは、過去に感じたことのない不安や恐怖を経験してきました。また、この3年間、在宅勤務や出社勤務など会社に言われるがままに働きつつも、いろいろと思うところがあった人は多いと思います。自分では気が付かない間に、自分の価値観が変わった人がいても不思議ではありません。
そして、新型コロナ感染症の流行が終焉(しゅうえん)した現在、自分の新しい価値観と従来の働き方が、必ずしもマッチしていない人がでてきました。その人たちが、さまざまなきっかけで、仕事へのエネルギーの衰えに気がついたり、今の働き方に疑問を持つようになったのです。
おそらくAさんも価値観が変わり、昔のようにハードに働くことへの違和感を抱いているのではないかと感じます。そこに、自分には仕事以外何もないという現実を感じてショックを受けているのでしょう。コロナ禍の3年間はそういうことを考えずに頑張ってきたのですが、コロナが明けて、普通の生活に戻ったあと、ふとしたきっかけで違和感に気付いたものの、まだご自身で消化しきれていないのかと思われました。
■2回倒れても働き方を変えなかったBさん
他のクライエントの50代後半の女性Bさんは、昨年、めまいで倒れたことをきっかけに、毎晩2時3時まで働く生活に疑問を持つようになりました。
しかし、自分の任されている業務を部下たちにはなかなか割り振らず、疑問を持ち続けながらも働き続けました。そして、数カ月後、まためまいで倒れ救急車で運ばれてしまいました。産業医面談では、部下たちに仕事を譲渡することを提案しましたが、
「任せる人がいない。クライエントは“私”を指名してくる」が口癖でした。自分の気分転換よりも、仕事が優先なのは当然のこととして、なかなか気分転換に時間を割く提案も聞いてもらえませんでした。
このプロ意識と頑固さがあるがゆえに、Bさんはこの会社で長い期間この役職を務めてこられたことは容易に想像できました。
Bさんはその後も産業医面談には定期的に来てくれました。やはり、自分の体調のことは心配だし、内心どこかで今の働き方を変えないといけないことはわかっている、しかしそれを実践できていない自分がもどかしい、という印象を受けながら、1年間ほど産業医面談は続きました。趣味を作ることの大切さは理解してくれたものの、「時間がない」を理由に、なかなか実践できないでいました。
■「転職活動」を機にプレッシャーが薄れた
すると、ある日面談をしていると突然、「私、今、転職活動をしています。決まったら退職する予定です。上司にもそう伝えました」と教えてくれました。決めた日以降、夜中まで働かなければというプレッシャーが少し薄れ、最近は24時前には仕事を終えているようです。次はもう少し労働時間が緩い会社に勤め、定年後に向けて趣味を作りたいと思います。というBさんの言葉に、産業医面談を続けてきた私は、嬉しく思いました。
この先Bさんがどうなるのかは、私にはわかりません。しかし、本人なりに1年間悩んで決めた結論です。いい方向に向かってくれると信じています。
■「辞められない言い訳」を探しているように見えた
病気の他にも、これまで人員削減に携わってきたものの、直近の時はかなり自分のメンタルにこたえてしまったことがきっかけになった人や、同世代の友人の病気や退職、ご自身の生活の変化(離婚や子離れ等)などが、自分を見つめ直すきっかけになった人たちもいました。
彼・彼女らが、自分の働き方に疑問を感じていても働き続けている理由に共通していたのは、そろそろ自分も潮時だと感じていても、部下や後輩たちがまだ育っていない、今やめて周囲に迷惑をかけたくない等の、辞められない理由をしっかり持っているということでした。
しかし、産業医の目には、退職(転職)する不安を打ち消すほどの、趣味や(次の人生ステージで)やりたいことがないから、辞められない言い訳を探している印象とうつる人たちの方が多かったです。
■「働くことの終わり方」もさまざまだ
ほとんどの方は、何回かの産業医面談を通じて、このような自分の状況を受け入れ、仕事に向かなくなってしまったエネルギーを趣味探しに向けたり、転職先を探し出したり、再度自分がその会社で働く意義を見出したりしようとしています。
最近になり、そのような中で何人かは、新しい趣味を見つけたり、少しプレッシャーや時間的拘束が緩い会社に転職し、定年までの間に生涯の趣味を複数見つける決心をしてきています。
私は、コロナ禍の3年間で、会社により人により、働き方はさまざまだということをたくさん見聞きしてきました。そしてコロナ禍の明けた今、働くことの終わり方も、さまざまだと教えられています。
今年も面談者から、いろいろと学ばせていただくことが多い年でした。
皆様は、自分の仕事の終わり方や定年後の過ごし方について、考えたことはありますか。ぜひ、年末年始に少し考えていただければ幸いです。
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武神 健之(たけがみ・けんじ)
医師
医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、バンク・オブ・アメリカ、BNPパリバ、ムーディーズ、ソシエテジェネラル、フォルクスワーゲングループ、BMWグループ、エリクソンジャパン、テンプル大学日本校、アドビージャパン、テスラ、S&Pといった大手外資系企業を中心に、年間1000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立し、「不安とストレスに上手に対処するための技術」、「落ち込まないための手法」などを説いている。著書に、『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書』や『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣』『外資系エリート1万人をみてきた産業医が教える メンタルが強い人の習慣』などがある。公式サイト
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(医師 武神 健之)