瀬戸大橋での保守作業の様子(筆者撮影)

岡山県と香川県に架かる瀬戸大橋が、今年で開業35周年を迎えた。道路鉄道併用橋の瀬戸大橋は、鉄道橋としては日本最大規模かつ、唯一の吊り橋構造部を持つ橋梁でもある。

6つの橋で構成される

3つの吊り橋と2つの斜張橋、1つのトラス橋からなる計6橋から構成され、全長は道路37.3km、鉄道32.4km。瀬戸内海上をわたる海峡部分は9.4kmになる。鉄路としては「瀬戸大橋線」の愛称で呼ばれる本四備讃線が走り、岡山と四国各地を結ぶ特急・快速列車が多く行き交う。35年を迎えた今、国内唯一の鉄道海上吊り橋の保守はどのように行っているのか、瀬戸大橋線を管理するJR四国にとって、瀬戸大橋の存在とはどのようなものなのか、担当者に話を聞いた。

よく晴れた朝の瀬戸中央自動車道与島パーキングエリア。瀬戸大橋内の作業現場へは車でアクセスできる与島パーキングエリアなどの地上施設から向かうか、宇多津方面から線路内を徒歩、もしくは列車が往来しない夜間は軌陸車で向かう。

瀬戸大橋線での作業はその場所柄、風速10m以上で作業禁止となるほか、橋下には人家や船の往来があるため、落下物に細心の注意を払う必要があり、ペンなどの携行品は落下防止のためにひもが取り付けられている。筆者も「取材中はカメラのレンズ交換を控えるように」と指示があった。

作業の打ち合わせが終わると瀬戸大橋を構成する北から5番目にあたる北備讃瀬戸大橋へ上るべく、与島パーキングエリアからしばし歩いて、橋の袂へ。「BB1A」(Bisan Bridge 1 Anchorageの略。1は最も岡山寄りであることを示す)と呼ばれる設備に入ると中は吹き抜け構造のようになっている。なお、瀬戸大橋内の作業は、必要に応じて瀬戸中央自動車道を運営するJB本四高速(本州四国連絡高速道株式会社、本州と四国を連絡する自動車専用道路等の維持、修繕、料金収受などの管理を行う)との調整の上で実施される。

業務用エレベーターに乗り、階段を上がればそこはもう鉄道階だ。そしてここに瀬戸大橋ならではの設備がある。吊り橋構造の北備讃瀬戸大橋は、鉄道車両の荷重がかかるとその重量で大きくたわむ。その変量を吸収する「緩衝桁」とそれに伴ってレールのつなぎ目を調節する「軌道伸縮装置」がここに備わっているのだ。もちろん、列車走行中に実際の橋梁部を見ても、見た目でたわみがわかるような大きな変化はない。

足元には青い海、「今でも怖い」

今日の作業は2年に1度実施されている全般検査の一環。担当するのは高松に拠点を置く、JR四国土木技術センターだ。本四備讃線の保守には土木構造物を管理する土木技術センターのほか、線路を管理する高松保線区多度津駐在、電気設備を管理する高松電気区多度津駐在がかかわる。

本四備讃線の土木建造物に係る全般検査は2年に1回のペースで行っているが、線路の徒歩巡回等もあり、「保線、土木、電気でそれぞれ定期的に検査、巡回をしている」と土木技術センター須賀基晃検査技師は話す。

BB1Aを出て線路に沿うように設置されているJB管理路を通って宇多津方面に向かって歩く。与島上空を離れると眼下は海だ。床はグレーチングと呼ばれる格子状で、足元の隙間からは青い瀬戸内海がよく見える。作業に当たる社員らに高さへの恐怖はないかと尋ねてみたところ、「配属当初は怖かったが慣れた」、「仕事として割り切っている」、「正直いうと今でも怖い」といった声が聞かれる。

一方で「下に地面が見えている場所ではより怖く感じるが、いったん海面に出ると意外に恐怖感が薄れる」という声もあり、実際のところ筆者も同じような感覚を覚えた。なお、この通路は時折開催されるJB主催の見学ツアーに参加すれば、一般者でも通行体験ができる。

管理路を離れ、社員は線路内へ入って点検を行う。列車の往来があるため、列車見張員を付け、列車の走行方向と対峙するようにして進む。先ほどの通路はJBの管理下だが、鉄道施設はJR四国の管理下となる。ただ、瀬戸大橋内はJBの管理部分が多く、「鉄道関係の作業においてもつねにJBとの調整が必要で、それをもとに作業予定を考える必要がある」とのことだ。

全般検査では構造物全体の異常がないか、グレーチングの固定具に異変がないかなどを見ていく。レールの土台となる橋梁との締結部も橋のたわみに対応したここだけの特別仕様だ。場所柄塩害などが気になるが、その影響については「対策がしてあるのでそこまで影響はないが、塩害よりもむしろ強風や高速道路からの飛来物が意外に多い」と須賀氏は語る。

老朽化も課題に

開業から35年が経った今、課題となっているのが各部の老朽化だ。「35年を迎え、塗装の塗り替えや修繕も実施しているが、ここでもJB側との調整が必要なほか、橋梁外部や下部の保守点検に使う『桁外面作業車』が他の作業箇所との共用なため、当社だけの都合で進めることができず、緻密な作業日程の調整が必要」(須賀氏)。

計画を立てたとしても当日の風速が10mを超えていたり、強風が見込まれたりすると作業は行えないうえ、台風の接近時は作業用に組み立てた足場を一時撤去したりと、「思い通りいかないことも少なくない」と須賀氏が苦笑する。ほかにも「夏場は涼しいが、冬場の寒さは言葉に表せないくらい寒い」。それでも橋上から見る風景は特別なものがあるという。

同じく本四備讃線を守る保線区、電気区にも話を聞いたところ、やはり一同に口にするのが「橋の老朽化」だ。高松保線区の橋本克樹助役は「桁端部に発生する大きな角折れに追随するよう設計されたレール締結装置や、橋の伸縮に合わせてレールのつなぎ目を最大で±750mmスライドさせ調整することができる “1500形軌道伸縮装置”など、国内でも瀬戸大橋にしかない特殊な部品や設備があるが、開通から35年が経ち順次交換を実施、あるいは計画する時期に来ている」と話す。開業当時に在籍していた社員のほとんどがすでに退職していることもあり、「敷設当時の図面を入念に確認しながら綿密な交換計画を立てるとともに、維持管理に関する技術継承についても確実に行っていく必要があると感じる」という。

また、高松電気区の西城智紀助役は「塩害による碍子の汚れが発生するため、念入りな清掃を心がけている。台風が接近すると飛来物などの付着にも気を配る。ただ、高速道路が通行止めになると車でのアプローチができないため、宇多津から歩いていくしかないことも過去にはあった」と瀬戸大橋ならではの苦労を語る。作業箇所の移動時間や、強風による予定変更というのは各所共通の悩みだ。

一方で、「瀬戸大橋に関わるメンバー“戦力が集まっている”印象がある」(西城氏)、「配属になったとき、この”大きな橋を守っている”ということに強いやりがいを覚えた」(橋本氏)という発言からはこの仕事に対する気概が感じられる。おそらくほかの社員も同じような思いを持っているに違いない。

瀬戸大橋内でのツアーも実施

営業サイドもこの周年行事に強くフォーカスしている。さいたま市の鉄道博物館では、同じく開業35周年を迎えた青函トンネルを管理するJR北海道と共同で”一本列島化”を記念した企画展を開催。瀬戸大橋線でも、普段とは異なる往年の車両形式を使用したリバイバル列車を運行し、乗車するツアーと並行して、そのリバイバル列車を瀬戸大橋の管理用通路から撮影できるツアーを販売し、話題となった。

「リバイバル列車は熱心なファン向けのイベントではあるが、瀬戸大橋35周年という大きな周年行事とともに実施することで、より瀬戸大橋線を盛り上げていければと思い、企画した。瀬戸大橋はわれわれにとって日常でもあり、大切な観光資源でもある」とJR四国営業部の千葉一孝副長が語る。

瀬戸大橋内でのツアー実施には安全面での配慮が欠かせず、帯同する係員の数を増やし、列車防護要員も配置したうえで、一般参加者の携行品落下対策として、JB側が見学箇所を中心に落下防止ネットを設置している。一方で継続的な実施については課題もある。定期的に行われているJB主催の見学ツアーとどう差別化するか。冬から春先については風速10mを超える日も少なくなく、当日見学中止が決まった場合はどうするかといったことだ。

千葉氏は次のように話す。「リバイバル列車の運行や撮影会にご参加いただくお客さまは当社や鉄道に特別な思いを持ってくださっている方が多いようだ。そのため、撮影会では”車両を配置しておしまい”ではなく、過去に受けたお客さまのご要望や他社事例などを参考にし、当日もご要望に極力お応えできるように検修社員を配置している。お客さまに喜んでいただくだけでなく、普段はお客さまに接しない、工務系や検修担当の社員などにもこうしたイベントを通して、直にお客さまの反応に接してもらえたら、仕事へのやりがいにもつながるはず。人員の確保は課題だが持続可能なイベント運営をしていきたい」

現在、JR四国では2023年内いっぱいまで、岡山を含めた5県35駅を対象にしたデジタルスタンプラリーを実施している。「アナログのスタンプを、という考えもあったが、デジタルスタンプラリーの場合、その駅で下車いただかなくても乗車しながら通過いただくだけでもスタンプを集めることができるので、お客さまの利便性も高く、より気軽にご参加いただきやすいかなと思い、デジタルでの実施とした。当社としても、お客さまのご参加状況や盛り上がりなどを瞬時に把握できるため、追加のコンテンツやキャンペーン展開を打てるなど、多くのメリットがある」(JR四国営業部井上和也氏)

35周年からその先へ

東京発の寝台特急「サンライズ瀬戸」に乗車すると、翌朝、瀬戸大橋を通過する。時期によっては昇りたての朝日や瀬戸内の朝焼けがその車窓を飾る。海上を行く、本四備讃線ならではの車窓だ。35周年からその先へ、次につながる海上に架かる鉄路を見た。

(村上 悠太 : 鉄道写真家)