飛行機が安全に飛ぶのも、微分・積分のおかげ(写真:CHAI/PIXTA)

微分・積分は「現代社会の礎」と言われるほど重要な数学理論であり、理解すれば「世界の見方がガラリと変わる」とも言われています。本稿は『見るだけでわかる微分・積分』より一部抜粋・編集のうえ、数式を使わずにその本質をご紹介します。

微分積分は未来を予測するための数学

最初に、「微分積分っていったい何?」という話をしたいと思います。

微分積分は高校数学の1つの山場で、「とにかく難しい」という印象をお持ちの方も多いのではないでしょうか。

実際、微分積分は昔から多くの学生を苦しめてきました。私が高校生のときも、初めての微分積分の授業で「まったく意味がわかりません!」と叫んだ同級生の男子生徒がいました。

このように多くの人を悩ませてきた微分積分ですが、日本のみならず、世界中の高校や大学で必ず教えられる科目になっています。つまり、それだけ世の中に役立つ重要な分野なのです。

その理由は、微分積分は未来を予測するために生み出された「未来予測の数学」だからです。

現代文明は微分積分の“予測”なしには成り立ちません。

天気予報、人工衛星やロケットの進路の予測、コロナウイルスなど感染症の広がり方の予測、自然災害の被害予測、金融市場における株価の動きの予測など……。それらの“予測”はすべて、微分積分を使って行われています。

簡単な予測の計算であれば、実は小中学校のときに多くの方が経験しています。例えば、「たけし君が時速5キロで歩いて10キロ先の目的地に向かうとすると何時間後に到着するか」といった計算がそれです。

この問題の答えは「2時間後」ですが、こうした計算問題は、数学で未来予測を行う第一歩といえます。というのも、歩き始めた時点で、何時間後に目的地に着くかという未来のことが計算でわかってしまうからです。

微分積分は、こういった予測のための計算を洗練させて実用性を高めたものだと考えてください。

先ほどの例では、たけし君はずっと時速5キロで歩き続けることになっていますが、実際にはずっと同じ速さで歩き続けることは難しいでしょう。少し疲れたので遅く歩いたり、下り坂で走ってみたりといった変化が必ずあるはずです。

こういった現実的な状況を考えるときに、微分積分が必要になります。

「変化を積み重ねる」ことで未来を予測する

では、具体的に微分積分でどうやって未来を予測しているのか、その仕組みをこれから説明していきます。

今さらの説明ですが、微分積分は「微分」と「積分」という2つの言葉をつなげたものです。

微分と積分は、それぞれ別の計算テクニックですが、未来を予測するために一緒に使われることが多いため“微分積分”とセットで呼ばれます。

その基本的な考え方は、「変化を積み重ねる」ことで未来を予測する、というものです。

「千里の道も一歩から」という言葉がありますが、未来の姿は、現在からスタートして少しずつ変化が積み重なった結果です。ということは、未来の姿を知るためには、現在からの「変化の積み重ね」がどうなるかを知ればよい、ということになります。

「変化の積み重ね」がどうなるかを知るためには、2つのステップが必要です。

第1ステップは、1つひとつの小さな変化を考えること。物事がどう変わっていくか、その1つひとつを知ることができれば、その先にどう変化していくのかも見えてきます。

第2ステップは、その変化が積み重なっていくと最終的にどうなるのかを把握することです。

つまり、まずは1つひとつの小さな変化を知り、次にその変化が積み重なった結果を見ることで、未来の姿がわかるのです。

このとき、第1ステップ(小さな変化を考える)に使われるのが微分、第2ステップ(その変化を積み重ねた結果を考える)に使われるのが積分になります。

まとめると、図表1−1のようなイメージになります。このイメージを頭に入れてからこの後の文章を読んでいくと、微分積分の何たるかが明確に理解できるようになるでしょう。


出所『見るだけでわかる微分・積分』

では、微分積分の考え方は、現実社会でどのように活用されているのでしょうか。

300トン以上もある金属の塊が空を飛べる理由

例えば、空を飛ぶ飛行機。飛行機は巨大な金属の塊で、ジャンボジェット機などは300トン以上もあります。私の父は、「あんな金属の塊が空を飛ぶなんてありえない」といって、飛行機に乗るのを嫌がりますが、気持ちは少しわかります。

実際に、あれだけ巨大な金属の塊を飛ばすためには緻密な設計が必要です。そのため、飛行機を設計する際は、実際に空を飛んでいるときを想定して、周辺の空気の流れ、機体にかかる圧力(気圧)などを分析しなければなりません。

そこで、航空機メーカーは、コンピューターを使った飛行シミュレーションを行いながら機体を設計していきます。

つまり、実際に空に飛びあがる前に、微分積分を駆使して「空を飛んでいるときに何が起きるか」の徹底した予測を行い、それにもとづいて飛行機を設計しています。

飛行機の周囲を取り巻く空気の流れは、とても複雑です。まず、飛行機そのものが胴体、主翼、尾翼、ジェットエンジンなど色々なパーツに分かれているため、機体のどの部分かによって空気の流れは大きく違います。

また、どこかの方角から風が吹いてきたり、機体の姿勢が変わったりといった、ちょっとしたことでも空気の流れは変わってしまうのです。

このような複雑な状況を扱うために、微分積分が活躍します。

具体的な手順としては、図表4−2のように飛行機周辺の空間をコンピューター上で小さなブロックに切り分け、ブロックごとに気圧を計算します。気圧の計算が重要なのは、羽の上側と下側の気圧差から生じる力(=揚力)によって羽が上向きの力を受け、それによって飛行機が浮かんでいるからです。


ちなみに、図表4−2をよく見ると、飛行機の機体に近いところほど格子が細かくなっていますね。これは、飛行機から離れたところの空気の流れよりも、飛行機のすぐそばの空気の流れの方がより重要なので、ブロックをより細かくして計算を正確にしているからです。

飛行機が飛ぶのも微分積分のおかげ

気圧を計算するためには、ブロックごとの空気の出入りを把握する必要があります。例えば、あるブロックに入ってくる空気の量が出ていく量よりも多ければ、そのブロックにおける空気の密度が上昇し、気圧が上がります。

これは電車の混み具合と対比させて考えるとわかりやすいかもしれません。朝の通勤ラッシュでは、乗ってくる人数が降りていく人数より多いために車両内の人口密度が高まっていきますが、それと同じようなイメージです。

逆に、通勤時間帯を過ぎれば、乗ってくる人数より降りていく人数の方が多くなるので、車両内の人口密度が下がっていきます。同様に、あるブロックに入ってくる空気の量よりも出ていく量の方が多ければ、そのブロックにおける空気の密度が低下するため、気圧が下がります。

このように「小さなブロックへの空気の出入り」という問題に落とし込むことで、コンピューターを使った計算が可能になります。


小さなブロックに切り分けるという方法には、小さく刻むことで単純化するという微分の考え方が活かされています。けれども、単に小さなブロックに切り分けただけでは、そのブロックへの空気の出入りをどうやって計算するのかという課題が残ってしまいます。

そこで、もう一段踏み込んだ単純化を行います。微分の考え方を使ってさらに「時間」も短く切り刻むのです。

小さなブロックに区切ることで単純化(=微分の考え方)し、さらに、短い時間を考えることでもう一段の単純化(=微分の考え方)を行うという、2段構えで微分の考え方を適用しているのです。

ブロックごとの気圧の計算が終わったあとは、計算結果を足し合わせることで元に戻します(=積分の考え方)。そうすると飛行機全体にかかる気圧がわかり、安全に飛べるのかどうかを分析することができます。

飛行機が安全に空を飛べるのは、微分積分のおかげなのです。 

(冨島 佑允 : クオンツ、データサイエンティスト)