神奈川版ライドシェアの取材のため訪れた京急三崎口駅の駅前ロータリー(筆者撮影)

普通免許しか持たない一般ドライバーが、乗用車をタクシーのように使って旅客運送を行う「ライドシェア」。それにかかわる国での議論が今、一気に加速している。

岸田総理は2023年10月23日、第212回臨時国会の所信表明演説で、次のように言及した。

「地域交通の担い手不足や移動の足の不足といった深刻な社会問題に対応しつつ、ライドシェアの課題に取り組んでまいります」


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また4日後の10月27日には、斉藤国土交通相が閣議後の会見の中で、ライドシェアに関する記者からの質問に対し「総理からデジタル行財政改革会議での検討を進めるよう指示があった」と説明した。

具体的には、内閣府の規制改革推進会議・地域産業活性化ワーキング・グループが、ライドシェアに関連する議論の舞台となる。

その模様は、規制改革推進室の公式YouTubeチャンネルで公開され、あわせて関連資料が数多く一般公開されているところだ。


公開される関連資料(内閣府「第2回 地域産業活性化ワーキング・グループ 議事次第」のWEBサイトより)

議論が広がる3つの領域

本稿執筆時点では、同ワーキング・グループは第1回(11月6日)、第2回(11月13日)の2回開催され、第1回では河野デジタル相もオンラインで参加して会議の冒頭と最後で持論を述べている。

そうした、これまでの国によるライドシェア関連の議論を見る限り、筆者は大きなくくりとして、3つの領域でさらに議論を進めていく可能性が高いとの印象を持っている。

1つ目は、ハイヤー・タクシーに関する規制緩和と、それに基づく新たなビジネスモデルへの挑戦。ここには、二種免許や個人タクシー運用にかかわる規制緩和も含める。

これらについては、同ワーキング・グループにゲストとして参加した、全国ハイヤー・タクシー連合会の川鍋会長への取材として後述しよう。

2つ目は、道路運送法78条2号で規定されている、自家用有償旅客運送についての規制緩和、および同3号の改正だ。

自家用有償旅客運送については、筆者も関わっている福井県永平寺町の事例などを参考にしていただきたい。

そして3つ目が、道路運送法とは別の新法における、日本版ライドシェア制定にかかわる議論である。

神奈川県がライドシェアを進める背景

こうした国の議論と並行して、神奈川県と大阪府が独自にライドシェアに関する検討チームを立ち上げ、実用化に向けた可能性について検証を進めている。

このうち、神奈川県が2023年10月20日に「第1回 神奈川版ライドシェア検討会議」を開催。その仕組みについて、さまざまなメディアで取り上げられている。

神奈川県政策局自治振興部 地域政策課に確認したところ、神奈川版ライドシェアの発表については「黒岩知事が2023年9月17日の民放テレビ番組に出演して、神奈川版ライドシェア(案)を表明した」との回答だった。


神奈川版ライドシェア(案)のねらい(第2回 神奈川版ライドシェア検討会議資料より)

県の定例会見などではなく、黒岩氏の古巣のテレビ局で県の施策を表明することは、一般的に見て、場所や状況として異例という印象を受ける。

同案では、「タクシー会社がアプリを活用して一般ドライバーをマッチングさせるとともに、車両の運行管理や整備管理等を行う」ことを想定しているという。神奈川版ライドシェア発想の背景については、「県内観光地等でタクシー不足を指摘する声がある中、県庁内でライドシェアの検討を始めた」としている。

検討会の今後の方針については、「当面、夜間の時間帯にタクシー不足が生じている三浦市街地において、社会課題の解決に向けて、神奈川版ライドシェアを含め、あらゆる選択肢を視野に入れた検討を行う。今後、市町村やタクシー事業者に応じて、他の地域での検討を行う予定」と県は回答した。

11月20日に実施した同・第2回検討会議では、以下のような案が盛り込まれた。

■時間帯は、19時から25時
■出発地・到着地はともに三浦市内
■ドライバーは三浦市在住及び在勤者
■車両は自家用車
■料金はタクシーと同額程度
■ドライブレコーダーや車内カメラを車両に装着
■遠隔点呼による健康管理やアルコールチェックの実施
■神奈川版ライドシェア向けの保険を開発する

そんな神奈川版ライドシェアの議論の舞台となっている三浦市を、実際に訪ねてみた。

「自動車が44%」の町、三浦市

三浦市は三浦半島の最南端にある地域で、総面積は約32km2、人口は約4万人だ。神奈川県最大の市である横浜市と比べると、面積は1/13、人口は1/94という同県内では小規模な市だ。

産業としては、観光が大きい。まぐろ料理が味わえる三崎・城ヶ島や、以前は大規模水族館があった油壷、そして海水浴場がある三浦海岸等などがある。


三浦市全体の地図と京急バス(筆者撮影)

また、三浦野菜として人気がある農業も盛んなほか、市内の京浜急行久里浜線の三崎口駅(1日平均乗車人数:令和3年実績6293人)から品川駅まで京急快特で1時間20分強(料金740円)であるため、都内や横浜・川崎への通勤圏でもある。

横浜育ちの筆者は、幼少期から日帰り観光で三浦市に来る機会が少なくなかったが、今回、平日の日中に改めて市内を巡ってみると、アップダウンの激しい入り組んだ地形であることを再認識した。

市内各所で京急バスが頻繁に走っており、また市内に2つあるタクシー会社の京急三崎タクシー(18台:5時〜26時まで)と、いづみタクシー(17台:5時〜19時まで)のタクシーが走る姿もある。また、京急ストア等のスーパーマーケットが自前で仕立てた送迎バスに乗る高齢者も、少なくないようだ。


三浦市内の京急ストアによる送迎車両(筆者撮影)

神奈川県の資料によると、三浦市内の交通手段分担率は、自動車が44%と県全体の25%に比べ高く、バスは3%で同4%とほぼ同じである。

日中に市内の各地域を巡ると、県内における地方部としては、主要道路に近い人口が比較的多い地域にさまざまな移動手段があり、十分な交通環境が整っている印象を受ける。

一方で、第1回神奈川版ライドシェア検討会議の議事録によれば、夜間に観光客や地元住民が三崎港周辺の飲食店を利用する際、また深夜に市立病院へ親族が緊急搬送されてその家族などが帰宅する際などで、タクシー不足が指摘されているという。

今回、三浦市役所も訪ねて、神奈川版ライドシェアに関するこれまでの流れについて事実確認をした。


三浦市役所は沿岸の丘陵部に位置する(筆者撮影)

同市政策部政策課によれば、神奈川県から神奈川版ライドシェアについて最初に話が来たのは、2023年9月末とのこと。それまでも、市内における深夜のタクシー不足について議会などで質問があがっており、「市として対応が必要」との認識はあったという。

市内では現在、乗り合いタクシーの運用はなく、自家用有償旅客運送は、市内のNPO法人が主体となる福祉目的で運行している。なお、地域交通について定常的に話し合う、地域公共交通会議は設置されていない。

地元のタクシー会社、タクシー協会は?

神奈川版ライドシェア検討会議に参加しているタクシー会社の1つ、京急三崎タクシーに質問を送ると、京急電鉄・新しい価値共創室広報の担当者から回答があった。


京急三崎タクシー営業所(筆者撮影)

それによると、神奈川県から検討会参画の依頼があったのは2023年10月。三浦市でのタクシー不足の課題認識については「三浦市や神奈川県タクシー協会との神奈川版ライドシェア検討会開催前の時点での議論はないが、タクシー不足とお客様が認識される状況を改善するため、事業者としては、お客様の需要にあわせた効率的な配車等に取り組んできた」と回答した。

また、第1回神奈川版ライドシェア検討会議後の進捗については「神奈川県から、夜間の配車依頼に対応した件数(配車受電件数と実配車件数)や、配車から実車までにかかる時間などのデータ提供を行った」とする。

神奈川県タクシー協会にも、事実確認を行った。回答内容は、三浦市や京急三崎タクシーを運営する京急電鉄で確認した事実とほぼ同じで、全国ハイヤー・タクシー連合会とは「日頃からの情報共有の中に神奈川版ライドシェアも含まれている」との解釈を示している。

三浦市以外では、箱根町役場に問い合わせて事実確認をした。同町へは、検討会議の開催前に神奈川県がヒアリングを行ったようだが、その後、検討会への参加に向けた話には至っていないという。

以上のように、神奈川版ライドシェアは、基本的に三浦市から県に対して要望した事案ではなく、神奈川県が県内のタクシー不足に関する調査を行う中で、三浦市での実証を検討するに至ったものである。


市内を走る京急バス(筆者撮影)

今後については、県が「神奈川版ライドシェアを含め、あらゆる選択肢を視野に入れた検討を行う」という認識を示しているように、「ライドシェアありき」の議論ではなく、地域交通における早期の課題解決という視点がブレないことを期待したい。

全国ハイヤー・タクシー連合会、川鍋会長に聞く

こうした神奈川版ライドシェアに関する取材を進める中、11月21日に都内で開催された、全国ハイヤー・タクシー連合会における「タクシー業界の規制緩和に関する勉強会」に参加した。

まず、川鍋一朗会長が1時間超、同連合会としての認識について詳しい資料をもとに説明。冒頭で「ライドシェアありきではなく、社会のための公共交通機関としての本質的な議論が必要だ」という基本姿勢を示した。

つまり、単純に「ライドシェアに反対か賛成か」といった観点ではなく、社会課題の解決が最優先であるべきという見解である。


全国ハイヤー・タクシー連合会の川鍋一朗会長(筆者撮影)

また、ライドシェアとの関係性について、ハイヤー・タクシー事業との法的な解釈としてバランスの取れた「イコールフッティング」が重要であると強調し、そのうえで3つの視点を示した。

■客観分析
都市部・観光地・地方/過疎地、それぞれでの課題を客観的データとして収集し、それに基づいたデータドリブンな議論が必要である

■供給回復
都市部で1年、観光地で2年、そして地方/過疎地で3年をそれぞれめどに、需要に見合うタクシー供給が今後、着実に回復すると説明。

■安全性と雇用
日本の公共交通では網羅的な安全性の検証が最優先事項であることと、「移動のワーキングプア」を生まない社会を目指すべき。

これらを、順に見ていく。

「客観分析」におけるデータとしては、100km毎に何キロ乗車しているのかを示す「タクシー乗車率」を年代別や地域別で示した。

直近の数値は48%程度。慢性的なタクシー不足とされていたいわゆるバブル期で56〜57%、経済が冷え込んだいわゆるリーマンショックの際で39%程度であり、「43〜48%程度が適切なゾーン」との認識を示す。

また、地域別では名古屋が42.6%、東京都心で47.1%と、連合会の認識では適切なゾーンに入っている一方で、軽井沢で51.9%、また北海道のニセコで52.5%とバブル期に近い数値にあることもわかった(いずれも2022年度データ)。


京急三崎口駅の駅前ロータリーに停まるタクシー(筆者撮影)

もう1つの主要データとして、タクシーアプリの配車依頼とマッチング率がある。2023年10月の都市部でのマッチング率は、平均9割と高い。

一方で、午前中に台風の影響を受けた9月8日は、午前中にマッチング率が大きく落ち込んでいるが、こうした一時的な供給不足は月に数回程度であり、「都市部では極端な供給不足とまでは言えない」との見解だ。

また、世田谷区など住居専用地域が多く地価の高いエリアでは営業所設置が難しいため、マッチング率が低いという。

そのほか、神奈川版ライドシェアの実施を検討している三浦市も、マッチングアプリ「GO」のデータを公開したが、需要は少なく、さらに「マッチング率が恒久的に崩れている」と説明した。

なお、神奈川版ライドシェア検討会議の議事録によれば、地元タクシー事業者のいづみタクシーでも「GO」を採用しているが、利用は同社全需の5%以下と低く、そのほかは電話での対応である。今回、連合会が示したデータが、三浦市のタクシー情勢全体を示しているとは言えないだろう。

タクシー乗務員は増加の見込み

次に、都市部、観光地、地方/過疎地での供給回復見込みについて。

都市部(東京・大阪・神奈川)では、運賃改定後に歩合制である乗務員の増加ペースが上がっている。また、二種免許の取得期間の短縮、多言語化による在日外国人乗務員の掘り起こしなど、警察庁に対する規制緩和要望が実現すれば、乗務員は増加すると見込む。

さらに、歩合制ではなく、週3日・1回5時間から時給1500円の固定給で働けるパートタイム従業員制度への応募も女性や学生などの間で増えているという。

こうしたさまざまな要因によって、都市部でのタクシー需要は、2024年末でコロナ前の2019年度末(3月31日)の95%程度まで回復し、2025年6月末にはコロナ前の水準を超えると見込む。


客待ちをする都内のタクシー(写真:Ryuji / PIXTA)

観光地については、俯瞰すればインバウンド観光客の影響は小さいとみる。

理由は、インバウンドのハイヤー・タクシー利用率は24.6%。政府目標の2025年インバウンド数3000万人、またはその倍の6000万人に達しても、日本のタクシー全需でみれば数%程度に収まるとの解釈があるからだ。

そのうえで、インバウンド観光客の8割が10都道府県に集中するため、「地域個別の対策が必要だ」とした。

ニセコモデルと規制緩和

対策の一例として、「ニセコモデル」がある。冬場のオーバーツーリズムによる需要拡大に対して、地元タクシー協会、他地域のタクシー協会、地元自治体、観光協会、商工会議所などが連携し、2023年12月〜2024年3月に車両10台・乗務員25名を札幌と東京から送り込む仕組みだ。


インバウンドを含め多くの観光客が訪れる冬のニセコ(写真:Jo Panuwat D / PIXTA)

川鍋氏は、まだ具体的な準備段階にはないものの、こうした取り組みを「ニセコのほか、長野県の軽井沢や白馬での実施を考えていきたい」とし、地元首長に連合会としての意思を伝えてあるという。

そのほか、都市部と同じく二種免許の多言語化などによる、在留資格における特定技能1級が対象分野に追加されれば、インバウンド観光客対応の乗務員増が見込まれると話す。

地方/過疎地については、都市部や観光地に比べ地域ごとの社会状況が大きく違うため、地域別のキメ細かい対応が必要となるだろう。

国が進めている、自家用有償旅客運送における規制緩和に加えて、タクシー関連では2023年11月1日に規制緩和された「1台から設置できるミニ営業所」や、全国4900コース・約1万5000台が運行している乗り合いタクシー、その発展形であるオンデマンド型タクシーの活用などを見込む。

安心・安全の面では、海外でのライドシェアと国内タクシーでの性犯罪発生件数の比較、2016年の軽井沢スキーバス転落事故にみる規制緩和に対するバス事業者における反省などを指摘。海外のライドシェアで、いわゆるワーキングプアを生むような雇用関連の問題が多数発生している点も挙げた。

「議論すべきところが議論できていないのではないか」

質疑応答の際、筆者から川鍋氏に次のように質問した。

「与野党を問わず、ライドシェア導入についてはいまだに賛否両論ある中、タクシー事業と自家用有償旅客運送の規制緩和に加えて、ライドシェア新法の議論が出ている。規制改革推進会議・第1回で、国交省側は『ライドシェア新法検討は考えていない』と発言しているにもかかわらず、第2回の最後に一部委員から新法制定が提案されるなど、議論のペースが速い。これまでの、国における議論の流れをどう感じているか?」

これに対して川鍋氏は「議論すべきところが議論できていないのではないか。安全の問題があり、また雇用の問題はほとんど議論されていない。国民の生命にかかわる、大事な議論なので、包括的かつデータに基づいた議論したいと我々は申し入れをしている」と答えるにとどめた。


タクシー不足への課題を説明する川鍋会長(筆者撮影)

このように、各方面に日本版ライドシェアについて取材をすると、それぞれの立場で社会環境の変化や市場変化を肌感覚で捉え、さまざまな手段を講じた改善を模索していることがわかる。一方で、国による全体議論は、“拙速に過ぎる”という印象も否めない。

国には「ライドシェアありき」ではなく、真の意味で「人中心」の観点での議論を求めたい。そして、地域交通の維持と改善に対する地域住民や地域事業者の思いと、デジタル化による産業競争力強化とのバランスを、さらにキメ細かく捉える姿勢を示してほしい。

規制改革推進会議 地域産業活性化ワーキング・グループは、2023年11月30日に第3回が開催された。ここで、同第2回の最後に意見書を出した委員有志が、「短期的対策等に関する論点について」という意見書を出している。

この中で「本来的には、ライドシェアに関する新法の制定を含む抜本策を速やかに議論する必要があるが、現状の移動難民の問題を少しでも改善していくため、当面の暫定的措置として、安全の確保を前提としつつ、既存規制について徹底的に見直す必要がある」(本文ママ)と記載されている。

こうした委員有志の声にも見られるように、同ワーキング・グループでの議論から、地域交通における社会情勢に対する「現実解」への意識の高まりを感じさせる。

繰り返すが、地域交通については「ライドシェアありき」ではなく、「人中心」が議論の中核であり目的であるべきだ。

(桃田 健史 : ジャーナリスト)