コロナ禍で苦労した医療人、儲かった医療法人(写真: Luce / PIXTA)

2024年度は、診療報酬の改定年である。2024年度予算の編成作業がヤマ場を迎え、医療・介護の報酬が同時に改定される中で、医療はとりわけ注目度が高くなっている。

今回の同時改定は、これまでにない環境での改定になっている。それは、顕著に物価が上昇する中での同時改定である。

介護保険制度は、2000年度に創設された。だから、介護保険制度は、顕著に物価が上昇する時期を経験したことのない制度といえる。診療報酬は、かつて1970年代にインフレに直面する中で改定が行われたことはあったが、現在の当事者には、その改定作業を体験したことのある人はほぼいない。

その意味で、目下の物価上昇を踏まえながら、どのように診療報酬・介護報酬を改定するかが、今回ならではの課題として問われている。

医療と介護、インフレ下で処遇改善の優先度

岸田文雄内閣では、持続的な賃上げを喚起しようとしており、医療・介護従事者の処遇改善にどうつながるかも注目されている。

特に、介護従事者は、医療よりも処遇改善の必要性が高いとみられており、介護報酬は処遇改善が可能な程度に引き上げられるものとみられる。もちろん、原資の確保が必要となる。介護報酬の原資は、介護保険料と税金と利用者負担である。

そのうえに、診療報酬も大幅アップとなると、さらにそのための原資の確保が必要となり、医療保険料と税金の負担と患者負担がさらに重くなる。

医療従事者の所得事情は、介護とは異なっている。確かに、処遇改善が必要な低所得の医療従事者もいる。しかし、近年そこそこ潤っている医療機関がある、との指摘がなされた。

それは、財務大臣の諮問機関である財政制度等審議会が、11月20日に鈴木俊一財務大臣に手交した提言書である「令和6年度予算の編成等に関する建議」である。

この建議では、2022年度に診療所の経常利益率が、平均で8.8%にのぼっていることを指摘したのである。

この経常利益率はどのように算出されたのか。

それは、財務省財務局が行った「機動的調査」において、全国の医療法人が提出している事業報告書等を利用可能なものをほぼすべて分析して算出されたものである。財政制度等審議会の建議を取りまとめる過程で、その数字が示された。

「機動的調査」とは、どのように行われたのか。

そもそも、医療法人は、事業年度が終わると、医療法に基づき、事業報告書等を各都道府県知事に届け出なければならない。そして、医療法施行規則に基づき、都道府県知事は過去3年間の事業報告書等を閲覧できるようにすることとなっている。

報告資料の電子化が道を開いた

ただ、事業報告書等は、そもそも紙媒体で届け出られており、閲覧できたとしても分析するのはかなり困難だった。

2023年度からは、その事業報告書等を電子化するなどして都道府県のウェブサイトで閲覧できるようにした。

そうした事情を踏まえ、財務省が各地にある財務局等と協力して、一般病院を経営する医療法人と一般診療所を経営する医療法人が届け出た、2020事業年度から2022事業年度の事業報告書等を入手して、医療法人の経営状況等を調査した。事業報告書等には、貸借対照表や損益計算書、許可病床数などが記されており、事業収益、費用、利益などが把握できる。

ただ、一部の都道府県等では、事業報告書等の閲覧を、窓口での対応しかしておらず、写しの交付ができないという制限を設けていたりしたため、分析に用いることができなかった。2023年度からウェブサイトで閲覧できるようにするよう、厚生労働省が求めているにもかかわらず、それに応じていない自治体があることが、調査の過程で明らかとなった。

その自治体には、医療法人の事業報告書等の閲覧を制限しなければならないようなやましい事情でもあるのだろうか。隠さなければならない情報などないなら、デジタルでの全面公開を早期に行うべきである。

結局、47都道府県のうち38都道府県から、2万1939法人の医療法人の過去3年度分の事業報告書等が、「機動的調査」で用いることができた。

この法人数は、厚生労働省が実施し、診療報酬改定の際の基礎資料ともなっている「医療経済実態調査」の有効回答施設数と比べると、桁違いに多いものである。2022年度の「医療経済実態調査」での有効回答施設数は、病院が1218施設、診療所が1706施設である。

どちらの調査結果が信頼できるかは、推して知るべしである。

厚生労働省や医療界からすれば、虚を突かれたことだろう。まさか、財務省が各地の財務局を動員して、利用可能なほぼすべての医療法人の事業報告書等を入手して分析することなど、かつてないことであり、そこまで人海戦術で実施するとは想像できなかっただろう。もともと、各地の財務局は、予算に関連して調査する業務も担っている。

コロナ禍が対象なのは「3年分しか閲覧できないから」

分析に用いた医療法人のうち、認可病床数が0床である医療法人、つまり無床診療所である1万8207法人について、2022年度の経常利益率を集計したところ、平均で8.8%だった。これが、「機動的調査」で明らかとなった。

同じ2022年度の中小企業の経常利益率は、全産業平均で3.4%だったことと比べると、診療所は約5.5%も高い。また、同調査では、認可病床数が20〜199床の中小病院の経常利益率は4.3%であることも示され、診療所と病院との間でも大きな違いがあることが明らかとなった。

「機動的調査」の結果が、財政制度等審議会の会合で初めて示されたのは、11月1日だった(財務省資料)。その翌日の2日に、日本医師会は、この調査結果に対してすぐさま反論した。「機動的調査」は、診療所が儲かっているという印象を与える恣意的なものだと批判した。

また、「機動的調査」は2020〜2022年度というコロナ禍の3年間しか分析しておらず、それで結論付けることにも疑義を呈している。

しかし、前述したが、そもそも過去3年間しか事業報告書等を閲覧できなくしているのは、医療法施行規則であって、調査で恣意的に3年間だけ選んだわけではない。

医療界の反応をみると、「機動的調査」で、診療所はもうかったが病院はそれほどではないといわんばかりだったためか、診療所(開業医)と病院(勤務医)を分断するかのように調査結果を示していると受け止められたのかもしれない。

ただ、「機動的調査」の結果はほぼ全数を集計されたデータから出されたものである。EBPM(証拠に基づく政策形成)の観点からみれば、どのような印象を持つかが重要ではなく、データが指し示すエビデンスこそが重要である。

医療界は、賃上げを実現するためには診療報酬の大幅な引き上げを求めている。他方、財政制度等審議会の建議では、医療従事者の処遇改善等の課題に対応しつつ、診療報酬本体をマイナス改定とすることが適当と提言した。

診療報酬改定をめぐっては、何かと「日本医師会と財務省の戦い」という図式でみられがちだが、そうした見方は問題の本質を見誤る。

突出した利益は「政府の決めた価格が歪んでいる」から

多くの国民が、医療のためならば青天井でいくらでも喜んで負担を増やしてよい、というなら、高い経常利益率も容認されるかもしれない。しかし、物価上昇による生活苦に直面する国民が多い現状において、どんな理由であれ、さらなる負担増に反対する声が大きい。

他方、診療所の高い経常利益率は、自ら販売価格を決めてさまざまに営業努力を行った結果であれば、それは当然として得られた利益といえるかもしれない。しかし、社会保障分野の利益は、政府の規制がほぼなく競争性の高い業種の利益とはわけが違う。

前述のように、診療報酬の原資は、医療保険料と税金と患者負担である。そして、医療機関が行う保険診療は、診療行為ごとに政府が決めた単価通りに診療が行われ、医療機関に収入が入っている。政府が決めた価格付けが歪んでいると、それに引きずられて利益が大きく上がることも起こりうる。

問題の本質は、国民の医療に対する負担を増やしてでも診療報酬を増やすか、国民の負担増を抑制するならば診療報酬のアップも抑えるか、である。

厚生労働省の予算要求に従えば、2024年度の診療報酬の改定率がゼロでも、高齢化等の影響に伴う医療費の自然増によって、国民の税負担(国・地方合計)は約3400億円増え、医療保険料負担は約4400億円増え、患者負担は約1100億円増えるのである。

逆にいえば、2024年度の診療報酬の改定率がゼロでも、医療界は約8800億円(丸めの誤差あり)の収入増となる。それを踏まえて、診療報酬改定の議論をみるべきである。

年末までの2024年度予算編成をめぐっては、診療報酬改定の議論と並行して、今後の社会保障改革についての議論も行われている。岸田文雄首相は、10月2日に開催されたこども未来戦略会議の第7回会合で、こう発言した。

加速化プランの実施に当たっては、全世代型社会保障の構築の観点からの改革も進めてまいります。この点についても、全世代型社会保障構築会議において、経済財政諮問会議と連携した改革工程の年末までの策定を新藤大臣にお願いしたいと思います。

「加速化プラン」とは、岸田内閣の看板政策の1つである次元の異なる少子化対策の実現のための「こども・子育て支援加速化プラン」を指す。

2023年6月に閣議決定した「こども未来戦略方針」では、3兆円半ばを費やす「加速化プラン」の財源確保のために、規定予算の最大限の活用や社会保険料の仕組みを援用した「支援金(仮称)」の新設のほか、徹底した歳出改革を行うとした。

こども財源のため、医療・介護の改革は必須

徹底した歳出改革とは、東洋経済オンラインの本連載の拙稿「特別会計『こども金庫』は野放図と思いきや封印策」で詳述したように、社会保障での歳出改革であり、特に医療と介護がターゲットとなる。その医療と介護等に関連する改革工程を、年末までに策定するよう、岸田首相が新藤義孝全世代型社会保障改革担当兼経済財政担当大臣に指示したというわけである。

全世代型社会保障構築会議の事務局は、東洋経済オンラインの本連載の拙稿「2020年代の社会保障改革へ岸田政権の『本気度』」で紹介したように、財務省や厚生労働省等の幹部が併任してその任に当たっている。

ところが、2024年度以降の医療と介護等に関連する改革工程の策定にあたっては、経済財政諮問会議と連携することを、岸田首相は指示している。担当大臣は新藤大臣が兼務しているから連携には問題ない。その経済財政諮問会議は、医療や介護の改革について、かねてしっかり進めるよう求め、その進捗管理にも厳しい目を光らせてきた。

だから、この改革工程は、手ぬるくすることはできないはずである。

2024年度診療報酬改定においては、単に改定率だけでなく、医療改革を促進する項目がどれだけ盛り込まれるかも重要である。もしここで取りこぼしがあれば、それは2024年度以降の医療と介護等に関連する改革工程にて、しっかり進捗管理をしてゆくことになろう。

(土居 丈朗 : 慶應義塾大学 経済学部教授)