「S WorkPシート」は3席分を2席とし、仕切りも付けた(写真:共同)

コロナ禍収束で、人々の移動が復活し、新幹線需要も回復の一途をたどっている。

『週刊東洋経済』12月9日号の特集は「無敵の新幹線」。ビジネスパーソンの移動にはなくてはならない新幹線の「強さ」やサービス、技術力、そして北陸など地方の新幹線からリニアまで、現状と今後の見通しについてリポートする。


東海道新幹線「のぞみ」が進化している。営業運転開始は1992年3月。はや30年を超え、今や平日はビジネスパーソンの“オフィス”化しつつある。

この10月、のぞみ7号車の一部が変わった。3人掛け座席の中央席がなくなって2人掛けになり、その間にはパーティションも設置された。ひじや書類が当たらないようにパーソナルスペースを拡大。テーブルもノートPCの入力がしやすいように、手元までスライドできるようになった。

席の名称は「S WorkPシート」。従来ある「S Workシート」のグレードアップ版だ。追加料金として指定席料プラス1200円が要る。

声を出してのリモート会議も可能に

座席だけではない。7号車と8号車の間にある個室の「ビジネスブース」は、試験導入中だったが10月から順次本格導入。2024年度中に最新車両のN700Sのすべてに取り入れる。

そこでは声を出してのリモート会議や電話、複数人数での打ち合わせも可能だ。電源はもちろん、スマホを急速充電できるUSBポートまである。

こちらは乗車後、座席に備え付けてある、QRコードなどから予約して利用する。料金は10分当たり200円を支払えばよい(30分まで。以降は10分300円)。

現状、東海道新幹線のビジネスと観光の利用比率は6対4だが、のぞみの平日朝・夜はビジネスの比率がそれ以上に高い。さらにJR東海は東京駅や品川駅、新大阪駅などの主要駅で、リモート会議などが可能なブース型(1人用)やラウンジ型(複数用)のワークスペースも整備している。

S WorkPシートは、リクライニング角度を通常席より小さくしており、旅行帰りにシートを大きく倒してぐっすり寝たい乗客には不満かもしれない。“少しでも隙間時間を仕事に充てたいような”ビジネスパーソンにターゲットを絞った座席なのである。

ワゴンの車内販売が廃止された必然

東海道新幹線の場合、1日当たり列車本数のピークは2019年度だった。コロナ禍明けで回復しているが、実は輸送能力は限界に達しつつある。「今後求められるのは量から質」(JR東海幹部)。そのため効率性を重視し付加価値を高める戦略にシフトする。


10月末には、新幹線が開業した1964年以来続けてきた、車内のワゴン販売を廃止した。背景にあるのは、駅構内の売店やコンビニで事前購入する乗客が増え売り上げが落ちたことや、販売員などが人手不足で集まらなかったことだ。

過去には新幹線にも食堂車やビュッフェがあったが撤退。車内販売も一般業者が手がけていたのを、JR東海の関連会社が担っている。航空機との競争でスピード化が進み、平均乗車時間も短くなったからだが、ゆっくり旅情を楽しみたい向きには寂しいかもしれない。

11月からはグリーン車のみだが、ワゴン販売に代わり、モバイルオーダーサポートコールのサービスが始まった。モバイルオーダーでは席から乗務員を呼び飲食物を注文する。駅ホームには”カタイアイス”などの自動販売機を拡充。これも人員やスペースの無駄を減らし、できる限り有効活用して採算を高めたい姿勢の表れといえよう。


(写真左)ワゴン販売廃止で駅ホームには自販機を充実させた。(写真右)グリーン席ならモバイル経由で飲み物も買える(写真:共同)

料金も需給に合わせてメリハリつける

料金も需給に合わせ、よりメリハリをつけている。すでに今年4月からはほかのJR各社と合わせ、東海道新幹線の指定席特急券にあるシーズン別の価格差を拡大した。年末年始やゴールデンウィークなど「最繁忙期」は通常期より400円増し、「繁忙期」は200円増しにする。その一方、「閑散期」は200円を割り引く。最繁忙期と閑散期の差は600円に開く。JR東海の場合、年末年始の最繁忙期は12月29日・30日と1月3日・4日で、JR東日本の12月28日〜1月6日よりも細かく日程を設定し、顧客ができるだけ柔軟に対応できるようにした。


いずれは新幹線でも、航空機やホテル、テーマパークなどのように、より柔軟で本格的なダイナミックプライシング(変動価格制)が俎上に載せられる可能性もある。今年から年末年始の東海道・山陽新幹線の「のぞみ」が全席指定となるが、自由席狙いでホームに人があふれる風景も見られなくなるかもしれない。

最大効率を追求したいJR東海の大きな武器は、会員・登録者数が1000万人超に膨らんだ「EXサービス」だ。


2001年にインターネット予約サービス「エクスプレス予約」としてスタート。2008年には専用ICカードによる「EX-ICサービス」も開始し、SuicaやPASMOなどと同じように、改札機にタッチするだけで新幹線に乗れるようにした。

ネット上のシートマップで空席を確認して事前に希望の座席を買えるうえ、年会費1100円を払えば、発券前なら何度でも手数料なく変更できる。たまったポイントでグリーン車へのアップグレードも可能で、出張族のビジネスパーソンに支持されていった。2017年には、年会費不要で既存の交通系ICカードも使えるようになり、現在ではネット予約の比率は半数を超えている。

メリットは顧客だけでなく、鉄道会社の側にもある。切符の発券が減るのに合わせ、駅構内の人流は「みどりの窓口」から券売機へ、さらにモバイルへと移動。空いたスペースを店舗など別な用途へ置き換えられた。首都圏で切符などの販売拠点が少ないJR東海にとっては、ネット販売=直販の比率が上がったことで、JR東日本に支払う手数料が大きく減った。

IT化には顧客も伴走する必要あり

チケットレスは“別な効能”も生んでいる。かつて金券ショップで売られていた東京─新大阪間など新幹線の指定席回数券は2022年3月末に廃止。転売ヤーたちもこのジャンルには手を出しにくくなった。

あるJR東海の幹部は打ち明ける。「(ITによる一連の効率化は)顧客がどれくらいそのサービスについてこられるかにかかっている」。3分に1本発車する列車に迷わず乗れるのも、発車4分前まで乗車する列車をスマホで変えられるのも、個々の乗客がEXサービスに習熟し、行動できていることが何より大きい。

10月の東海道新幹線の輸送量は、土日休日がコロナ禍前比で99%の水準まで戻ったのに対し、平日は94%にとどまっている。平日のビジネス需要のほうが伸びしろは大きい。のぞみは今日も休まず、絶え間なく効率を追求し続ける。


(大野 和幸 : 東洋経済 記者)