西武の若手を対象に開催される「獅考トレーニング」(筆者撮影)

シーズンオフのプロ野球ではFA宣言した選手の動向に注目が集まる。球団にとって補強は翌年の成績を左右する一方、“獲られた”チームは穴を埋めなければならない

過去、FAで最多の20人を“流出”させてきた西武が、数年前から力を入れるのが「育成」だ。そのうえでポイントになるのが「主体性」をいかに伸ばせるか

西武が行っている取り組みをレポートする。

*この記事の1回目:「西武ライオンズ『若手の伸び悩み』解消する新挑戦」

西武ライオンズの「獅考トレーニング」

2023年シーズンの某日、埼玉西武ライオンズの若手選手たちが暮らす若獅子寮の一室に入ると、同年に入団したドラフト1位の蛭間拓哉や同2位の古川雄大ら約10人のルーキーに加え、秋元宏作ファーム・育成グループディレクターなど同人数の球団スタッフが研修のために集まっていた。

「獅考トレーニング」(※思考の意で、ライオンズ=獅子ともじって)と言われるものだ。

講師が挨拶を済ませると、モニターにボールとバット、グローブの写真が映し出された。

「これはなんですか?」
「商売道具です」
「『商売』とつけるのはさすがプロ野球選手ですね」


講師が選手たちと交わした会話の流れで、この日の研修内容が説明された。「思考のクセを解きほぐす」ことが趣旨で、<道具><考具>という文字がモニターに現れる。考えるための道具=考具だという。

「考具は体のどの部分で使いますか?」
「脳みそ」
「どう使いますか? 完璧に使いこなせていますか?」


講師が問いかけるも、選手たちから返答はない。

道具と考具どちらもうまく使いこなせないと、プロ野球選手として活躍できない

そうした説明が講師からされた後、「うまく使いこなせない要因はなんですか?」と再び問われると、モニターに文字が映し出された。


講師を務めた坂田賢二氏は「考える力」の重要性を説明(筆者撮影)

<動きのクセ→バイメカで数値化できる>(※バイメカ=バイオメカニクスの略語で、動作解析のこと)

<思考のクセ→やっかいなのは目に見えにくい>

見えにくい「思考のクセ」を明らかにしていく

近年、ピッチングやバッティングは最新テクノロジーで動作の特徴が可視化され、選手個々のクセは改善しやすくなった

対して、頭の中で行われる思考は見えにくい。だからこそ、まずは傾向を知ることが大切だ。そのうえで必要があれば修正していく。

思考のクセは学術的に「認知バイアス」と言われ、200種類以上あるという説明もされた。

西武では、こうした「獅考トレーニング」が2014年から行われている。森友哉(現オリックス・バファローズ)や山川穂高がルーキーの頃に始められた。

研修では「思考のクセ」を明らかにする第一歩として、「靴下はなぜ履いていますか?」という質問が投げかけられた。

「みんながそうしているから」「なんとなく」「これまでずっとそうしてきたから」と選手たちが返答していく。講師によると、答えに「思考のクセ」が表れているという。

こうした自身の考え方は、改めて整理する機会がなければ気づきにくいだろう。

だからこそ、アスリートが思考トレーニングを行う意義がある。スポーツの指導は「ティーチング」から始まるケースが多く、そこに落とし穴が潜んでいるからだ。

研修を請け負う株式会社ホープスの坂井伸一郎社長が説明する。

「私が行っていたテニスでは、フォアハンドとバックハンドの打ち方を教わるところからスタートします。スポーツは必ず、ティーチングから始まるんですよね。それからある程度のレベルに達するまで、どうしてもティーチング一辺倒になる。だから『次は何をやればいいですか』と聞いたり、指示を待っていたりする選手がすごく多くなると思います」

ティーチングは、コーチが選手に答えを教える指導法だ。

対して、選手が答えにたどり着くための質問をコーチが投げかけたり、絶妙な距離で寄り添ったりしていくのがコーチングである。

この2つをどう使い分けるか。スポーツ界はもちろん、ビジネスの世界でも、人を指導する者にとって重要なテーマだ。

成功した選手には「自分の頭で考えられる者」が多い

野球界の場合、子どもの頃から結果を早く求めるあまり、大人のコーチが教えすぎる弊害がよく指摘される。

とくに強豪チームでは監督が作戦から練習内容まで細かく指示し、選手を“ロボット”のように扱う場合も少なくない。

そうして育った選手は社会に出ると、「野球選手は指示を与えなければ、自分で動かない」という“指示待ち人間”と見られてしまう。

対して、成功した選手は「自分の頭で考えられる者」ばかりだ。大谷翔平(ロサンゼルス・エンゼルス)やダルビッシュ有(サンディエゴ・パドレス)が好例だろう。

西武で言えば、浅村栄斗(現東北楽天ゴールデンイーグルス)や外崎修汰は入団当初こそ感覚派(本能的)だったものの、主力になった頃には思考力が磨かれ、自分の感覚を的確に表現できるようになった。

裏を返せば、そうした考え方を身につけたからこそ、野球の成績も伴ってきたのだろう。


2014年から西武でマインドセットの研修を担当する株式会社ホープスの坂井伸一郎氏(筆者撮影)

かたや、二軍で燻っているなかには考える力が不十分の選手が少なくない。坂井氏は研修で多くのアスリートと接し、後者にこそ思考トレーニングが必要だと痛感している。

現時点で結果を出せていないアスリートは、おそらく今のやり方を続けていてはダメです。フィジカルが圧倒的に優れているわけでもなく、センスがものすごいわけでもないなら、頭を使うしかありません。どんなスポーツやチームでも、そうした選手たちが座学研修の対象になっているケースが多いです」

西武で思考力を武器に台頭したひとりが、右腕投手の平良海馬だ。

沖縄県立八重山商工高校時代は甲子園出場に程遠かったが、高卒5年目の2022年に34ホールドで最優秀中継ぎ投手に輝くと、今年は先発転向して11勝をマークした。

高校時代に無名だった平良がプロ5年目までに大きく飛躍した土台には、思考力があると坂井氏は感じている。

「平良投手は研修でも真剣に取り組んでいました。頭を使い、工夫したタイプだと思います」

平良自身によると、中学生の頃から深く思考するタイプだった。その意味で最もわかりやすいのが体格だ。

身長173cmとプロの投手として小柄ながら、ウエイトトレーニングを重ねて100kg以上の体重を獲得(※球団公式発表は93kgだが、本人はもっとあると発言)。身長が伸びないなら体重を増やそうと取り組み、最速160km/hを投げられるようになった。

さらに70万円で弾道計測器のラプソードを購入して変化球を磨き、データ分析会社と契約するなど探究心旺盛だ。

こうした姿勢こそ、プロで瞬く間にトップに上り詰められた要因と言える。

「必ずしも研修を真剣に受けなくてもいい」

一方、研修に出ても、真剣に耳を傾けない選手もいる。

「愛斗、いいか。研修が嫌だったら早く一軍に行け。だけど、今の世の中ではこういう研修を受けなきゃいかんのだ。そういう世の中に変わったんだ」

2015年ドラフト4位で花咲徳栄高校から入団した愛斗は研修中、斜に構えた態度をとり、ファームディレクターを務めていた横田久則氏に注意されたことがあるという。

実際、スポーツ選手には座学が苦手な者も少なくない。学校や会社なら「真剣に聞け」と咎められるだろうが、アスリートの特徴を踏まえると、必ずしも研修を真剣に受けなくてもいいと坂井氏は言う。

頭を使って強くなるタイプの選手もいれば、ヤンチャで破天荒なタイプで成功する選手もいるからです」

確かに、プロの世界で突き抜けるなかには“宇宙人”と言われるタイプがいる。

周囲には何を考えているのかわかりにくいものの、抜群の身体能力やセンスで飛び抜けた成績を残すのだ。結果がすべてのプロ野球では、それで良しとされる。

坂井氏は、3分の1がこのタイプに当たると感じている。筆者の感覚ではもっと少なく、5分の1だろうか。

愛斗は長打力、強肩、守備範囲など高い身体能力を備え、2021年に97試合出場と飛躍。翌年には121試合に起用され、レギュラー定着を期待された。だが、ボール球に手を出す傾向が強く、2023年は73試合と出番を減らしている。

課題克服の後押しとして「考える」機会を設ける

スポーツの難しい点は、課題が明らかでも、克服する方法は簡単に見つからないことだ。

その原因は思考にあるのか、技術不足か、あるいは両方か。愛斗が頭を使うタイプか、破天荒タイプかはわからないが、壁を乗り越えなければレギュラー定着には至らない。

球団はその後押しとして練習メニューの提供、思考トレーニングなどの機会を設けるが、選手は個人事業主であり、どの方法を選択するかは最終的に彼ら自身に委ねられる

この点がプロ野球という組織で人材開発を行う難しさだ。

結局、選手自身が考えて行動し、結果を出すしかない。だからこそ西武は「主体的に取り組める」選手を育てようとしている。


野球の指導は“指示待ち人間”をつくりがちで、西武は脱却を目指す(筆者撮影)

では改めて、「考える」とはどんな行為だろうか。

野球界の指導でも「ちゃんと考えろ」と軽々しく使われるが、深く掘り下げる機会は決して多くない。だからこそ、坂井氏は「ちゃんと考えるべき」と指摘する。

考えるとは、構造化するということです。何がどうなっていて、どのようにできているか。そうやって考えることを通じ、自分の現状を把握します。そもそも自分はどこを目指しているのか? 周りから何を期待されているのか? 両者を比較し『私は今やっていることを続けるべきか? やめるべきか?』と整理する。これが『ちゃんと考える』ということです」

ちゃんと考える先に、主体性の獲得がある。

球場での華やかなプレーと異なり、西武が行っているような取り組みはなかなか表に出ないが、だからこそアマチュアの選手たちに目を向けてほしいと坂井氏は続ける。


ボールやグローブで例を示すなど、野球選手が興味を持つように工夫(筆者撮影)

トップアスリートは「技術」と同時に「頭」を鍛えてる

「プロならではの恵まれた設備や技術指導に目が行きがちですが、トップアスリートは同時に頭を鍛えています

いわゆる三拍子がそろった選手はなかなかいません。体が小さくてもセンスの高い選手がいるとして、そこに思考力を加えれば2つの軸ができます。

体というひとつの要素が劣っていたとしても、十分に戦える。プロでもそういうアプローチをしているところがあると知れば、身体的に恵まれない選手の希望になると思います」

恵まれた才能を評価されてプロ入りする選手たちの中から、どのようなタイプが突き抜けていくのか。

その答えがわかっているからこそ、西武は「考える力」を身につけさせようとしている。

*この記事の1回目:「西武ライオンズ『若手の伸び悩み』解消する新挑戦」

(中島 大輔 : スポーツライター)