2022年からファーム・育成グループディレクターを務める秋元宏作氏(筆者撮影)

プロ野球はシーズンオフの“ストーブリーグ”に突入し、ポスティングシステムでメジャーリーグへの移籍を目指す山本由伸(オリックス)をはじめ、新たな移籍先を求める選手の動向に注目が集まっている。

その中で特に注目されるのが、西武からFA宣言した山川穂高だ。女性スキャンダルを起こして2023年のほとんどを棒に振ったなか、FA宣言して他球団へ移籍するのか、あるいは残留するのか。

過去を振り返ると、西武は12球団最多の20人がFAで“流出”。昨季の森友哉(現オリックス)に続き、山川も退団すると戦力ダウンは必至だ。

さまざまな事情で多くの主力がFAで退団するなか、球団として数年前から力を入れるのが若手の「育成」である。特に「人材開発」の取り組みは、他球団とは独特なものだ。

はたして、西武は育成を成功させて優勝を争うチームになれるのか。その取り組みを全4回の連載で掘り下げる。

*この記事のつづき:「西武ライオンズ『獅考トレーニング』驚きの全貌」

「育成のライオンズ」を目指す

愛知県立蒲郡高校時代に無名投手だった千賀滉大は今季、メジャーリーグ最高峰の資金力を持つニューヨーク・メッツに移籍し、チーム最多の12勝、リーグ2位の防御率2.98を記録するなど1年目からエース級の活躍を見せた。

2011年育成4位で福岡ソフトバンクホークスと契約した際の年俸は270万円。育成ドラフト出身で初のメジャーリーガーとなった今季、年俸1400万ドル(約19億6000万円)を稼ぐまでに成り上がった。

選手にとって夢のある話の一方、日本の各球団は千賀のようなダイヤの原石を見つけ、磨き上げようとさまざまな手を打っている。

数年前からファーム(二軍以下)と言われる若手育成の場に力をいっそう入れ、「常勝軍団」をつくり上げようとしているのが、パ・リーグ最多の優勝23回を誇る埼玉西武ライオンズだ。

「球界で『育成のライオンズ』となるべく、ナンバーワンの育成環境をつくり上げようとしているところです」

2022年からファーム・育成グループディレクターに就任した秋元宏作氏はそう話した。

西武や横浜(現DeNA)でプレーし、引退後は両球団の一軍や二軍でバッテリーコーチを務めた同氏は現在、西武で育成を統括する役割を任されている。

プロ野球の戦力補強は、大きく4つの手段がある。アマチュア選手を対象としたドラフト会議、外国人選手、フリーエージェント(FA)、トレードだ。

西武の「伝統的な強み」とは?

西武は1980年の所沢移転時の監督で、“球界の寝業師”と言われた根本陸夫氏の影響で独特のドラフト戦略を持つと言われる。そこに入団後の育成が噛み合い、「スケールの大きい選手が出てくる」のが伝統的な強みだ。

横浜で選手、コーチとして長らく在籍した秋元ディレクターは、西武に来てその特色を感じると話す。

「他球団の場合、『この選手は足りない能力を身につけないと、一軍では活躍できない』と最初からアプローチをかけることが結構あります。でも最初から足りない部分を埋めていこうとすると、いいところを伸ばさないまま平均的な選手になることもある。

対してライオンズは、『プロに入ってきた時点でこの能力が一番秀でているから、この力が突き抜ければ一軍で活躍できる』と考えます。まずはスケールを大きくさせて、一軍レベルに達すれば足りないところを埋める時間は後からできますからね」

そうして大成したひとりが“おかわり君”こと中村剛也だ。175cm、102kgの巨漢で、入団した球団によっては真っ先に減量を命じられただろう。

だが、西武は持ち前のパワーを活かそうと考え、そのままの体型で長打を狙わせた。

極論すれば、4打数のうち1本塁打、3三振でいい。そう育てた結果、中村はNPB史上最多の2066三振を喫した一方、同12位の471本塁打を記録。本塁打王に通算6度輝き、40歳になった今も長距離砲として輝きを放っている。

中村以外にも、栗山巧、浅村栄斗、秋山翔吾、山川穂高、森友哉など、スケールの大きな打者が西武から数多く育っている。

だが、主力が一定の登録日数を満たした後、FAになって退団していくのが悩みの種だ。

浅村は東北楽天ゴールデンイーグルス、秋山はシンシナティ・レッズ(現在は広島東洋カープ)、森はオリックス・バファローズに移籍した。

年俸面に加え、所沢という立地(地方遠征の場合、新幹線の東京駅や品川駅、飛行機の羽田空港まで1時間以上かかるなどアクセスが悪い)、元編成責任者が交渉時に心無い発言をしていたことなどが理由と考えられる。

「枠」の中で戦いを繰り広げるのがプロ野球の特徴

プロ野球の特徴は「枠」の中で戦いを繰り広げることだ。

一軍登録数は31人、ベンチ入り人数は26人、支配下選手は70人などという制限の中で12球団がしのぎを削っている。

一軍に登録できない育成選手は無制限に抱えられるが、1人の育成選手につき年間1000万円程度のコストがかかるとされる。

FAで主力が退団する一方で獲得が少ない西武の場合、選手をうまく育てなければ勝つことは難しい。そこで2020年に始まったのが「育成改革」だ。秋元ディレクターが説明する。

マネーゲームに対抗するには育成だ、となりました。単純に施設を良くして選手にスキルを養わせるだけでなく、いい選手を育てるには指導者も育てないといけない。そのためにいろいろな研修を行っています」

西武は2019年に室内練習場や選手寮、翌年にファームの本拠地CAR3219フィールドを新装した。

こうしたハードは鍛錬を積む場になる一方、選手たちの才能が開花する可能性を少しでも高めようとさまざまな手を打っている。目指すのは「主体的に行動できる選手」を育てることだ。

ドラフトで指名された全選手が一定以上のポテンシャルを誇る一方、プロ入り後に活躍できる者は限られる

取材者として観察を続けていると、一軍でコンスタントに活躍する選手とそうでない者に明確な違いを感じるようになった。「思考力」だ。


秋元氏は現役時代、捕手として“大魔神”こと佐々木主浩氏をうまくリードした(筆者撮影)

とりわけ痛感させられたのが、ともに1988年生まれで西武に同時期に在籍した秋山翔吾と木村文紀の差だった。

横浜創学館高校、八戸大学を経て2010年ドラフト3位で入団した秋山は、OBの秋山幸二氏と同じ名字ということもあり、当初は長打を打てて走れる選手を期待された。

そこから2015年にプロ野球新記録の年間216安打を達成したように“ヒットメーカー”として生きる道を求めたのは、同学年の柳田悠岐(ソフトバンク)と木村の存在がきっかけだった。

秋山はこう話している。

柳田に何か勝ちたいと思って始めたのが、ヒットを打つことへの特化でした。西武では2014年に木村が出てきて、走れて飛ばせる力を示したから、自分の能力では限界があると思ったことがきっかけです。プロで勝負できるものを探して極めていく。逆に何かを捨てないといけないのが“ホームラン”でした」

大卒4年目の2014年、秋山は打率.259に終わった。過去2年より数字を落とし、本塁打を捨てて単打を優先したことが2015年の飛躍につながった。

期待されたが「思うような活躍」ができない選手も

一方、2006年高校生ドラフト1巡目で埼玉栄高校から入団したのが木村だ。

豪腕投手として期待されたが思うように活躍できず、2012年オフに外野手に転向。2014年に自身初の開幕スタメン出場を果たすと、100試合で10本塁打、16盗塁と長打力と走力を示した。

だが、その後はレギュラーに定着できなかった

課題のひとつが右投手への対応で、2019年開幕前のインタビューで対策を聞くと「打ち損じを減らす」「練習量」という答えが返ってきた。

筆者の聞き方が悪かったのかもしれないが、繰り返し聞いても具体的な内容はまるで語られなかった

結局、木村は2021年途中にトレードで日本ハムへ。

プロ野球に通算17年間在籍したことはポテンシャルの表れだが、レギュラー定着には至らず2023年限りでユニフォームを脱いだ

ドラフトで入団時、選手たちには1位や10位、育成枠など“序列”がつけられるなか、全員が何かしらの才能を評価されている

そうしてプロとして契約した選手は「個人事業主」となり、一軍で活躍できる能力を身につけられるか否かは、個々の努力に委ねられる部分が大きい。

誰もが一軍の壁にぶち当たり、なんとか打開しようとするなかで思考力が磨かれていく。秋山は代表例と言えるだろう。

選手たちが「超」のつく競争社会に置かれる一方、球団は獲得した人材の能力開発をどう考えているのか。西武のケースを秋元ディレクターが語る。

「去年までの場合、球団から『こういう構想を持って獲った選手だ』という大まかなフレームはありましたが、育成の中身はその都度、判断していく形でした。

でも、細かなプランが必要だろうと。今年から私が主になり、選手に対して育成の方針、将来像を描いて、1年間どういった方針で育成していこうかとプランを立てています。それに対し、コーチたちに2カ月区切りで短期の目標、育成プランを立てて進めてもらっています」

思考を言語化し「相手に正しく伝える能力」が大事

コーチたちには数年前から指導者研修を始めた。コミュニケーション術や、コーチングの方法などを学ばせている。

加えて秋元氏を含め、ディレクターやコーディネーターの立場にある5人がマネジメント研修を1年間受講する。「最終的に、それらが選手の育成にすべてつながると考えて進めています」と秋元ディレクターは説明した。

かたや、選手たちには論理的な思考力を高めさせるべく、考え方や表現の仕方について学ばせる研修を2014年から行っている。秋元ディレクターが続ける。

思考を言語化し、相手に正しく伝える能力が大事です。それがないと、指導する側と双方向のコミュニケーションがうまくいかなくなるので。

選手はずっとファームにいると、『一軍で生き残るためにはどうすればいいか』と考えるところまでたどり着かないかもしれない。そうした考え方をファームの頃からできるように、主体的に行動できる選手を育成しようとしています」


秋元氏はファームに長く携わり、「思考力」の大切さを再認識したという(筆者撮影)

今季の西武は松井稼頭央監督の新体制になり、5位に沈んだ。目についたのが若手の伸び悩みだ。

外野手のレギュラー候補である愛斗、若林楽人、鈴木将平らは高いポテンシャルを秘めているものの、定位置確保は今年もできなかった。調子が下降したとき、どうすれば打開できるのかという引き出しがまだ見つかっていないのかもしれない。

過去にレギュラーとなった選手たちは、自身でその方法を探し出してきた。その土台にあるのが思考力や主体性だ。これまでは自ら身につけた者たちが主力になったが、球団として取り組み始めた成果は今後どのように表れていくだろうか。

「育成のライオンズ」を実現し、優勝争いに食い込めるようになるには、「人材開発」の行方がカギになる。

*この記事のつづき:「西武ライオンズ『獅考トレーニング』驚きの全貌」

(中島 大輔 : スポーツライター)