三井住友FGの中島達新社長(左)と國部毅会長(右)(編集部撮影)

「痛恨の極み」「言葉もない」「耐えがたい思い」――。およそ経営トップの交代会見とは思えない、重苦しい言葉が並んだ。

11月30日、三井住友フィナンシャルグループ(FG)は中島達(なかしまとおる)副社長が社長に昇格する人事を発表した。12月1日付という異例の人事の背景にあるのが、太田純前社長の急逝だ。「剛腕」と称されたトップの喪失で、三井住友FGは新たな局面を迎える。 

「脱銀行」を掲げ矢継ぎ早に改革を推進

「脱銀行」。太田氏は2019年4月に社長就任後、伝統的な銀行業務からの脱却を掲げて、矢継ぎ早に改革を進めた。

「社長製造業」と銘打ち、若手・中堅社員を社内ベンチャー事業の社長に抜擢したほか、2023年3月には銀行や証券、カード、保険など個人向け金融サービスを一元化したアプリ「オリーブ」を投入した。

SBIホールディングスの北尾吉孝会長兼社長やCCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ)の増田宗昭会長兼CEO(最高経営責任者)など、個性派の経営者とも交友を深めた。海外では、アメリカ証券大手ジェフリーズや東南アジアの現地金融機関への出資を進めた。

三井住友FGは2023年3月期決算で過去最高純利益を更新するなど、順風満帆かと思われた。だが、その中で発覚したのが太田氏の膵臓がんだ。

太田氏は4月に経営陣に罹患を打ち明けた後も精力的に活動を続けたが、抗がん剤の副作用からか持ち前のがっしりとした体躯はみるみる痩せていった。

周囲には、がんに苦しむそぶりを見せなかった。今秋、ある会合で同席した別のメガバンク首脳から「体調はいかがですか」と痩身ぶりを案じられた際、太田氏は「ダイエットですよ」と涼しい顔で答えたという。


三井住友FGの太田純前社長、2023年6月の取材時の様子(撮影:尾形文繁)

水面下で進んでいた後継社長の選定

一方、三井住友FGの指名委員会では、健康問題が顕在化する前の2022年頃から、太田氏の後継者選定が水面下で進んでいた。

FG社長の任期は6年が慣例で、通常なら太田氏の任期は2025年まで。だが、2023年4月に中核子会社の三井住友銀行頭取が交代するのに合わせて、「FGの社長人事も並行して審議した」(三井住友FGの國部毅会長)。そこで浮上したのが、太田氏とともに企画部門で仕事をしていた中島氏だった。

中島氏は1986年に旧住友銀行入行後、支店勤務などを経て企画畑を歩んだ。2001年の住友銀行・さくら銀行の合併に際しては住銀側の事務局を務めたほか、消費者金融大手のプロミス(現SMBCコンシューマーファイナンス)の買収も手がけた。

中島氏が2012年に投資銀行統括部へ異動になった際、直属の上司となったのが太田氏だ。その後も企画部長やグループCFO(最高財務責任者)など、太田氏の下で要職を歴任。こうした経緯もあり、次期社長ポストの「最右翼」として指名委員会の合意を得た。

おりしも、三井住友FGは2023年度から「コンティンジェンシープラン」を導入していた。経営トップに不測の事態が発生した際の対応計画で、太田氏が経営の指揮を執れなくなった際には、中島氏が社長業務を代行することが決められた。

皮肉にも、コンティンジェンシープランは導入後に、早速発動されることとなる。太田氏は11月初旬に体調を崩し都内の病院で治療を行っていたが、容体が急変。同14日に予定されていた決算説明会を急遽欠席した。業務継続が困難と判断した太田氏は同21日、指名委員会に辞意を表明した。

「1週間ほど前、國部会長から『近いうちに社長として推挙される可能性がある』という話をいただいた」(中島氏)

本来であれば、社長交代の時期はもう少し後に予定されていたようで、太田氏は治療を継続しつつ、特別顧問として経営の後ろ盾となるはずだった。だが太田氏は11月25日早朝に65歳で息を引き取り、急転直下のトップ交代となった。

動揺が続く中での舵取り

動揺が続く中で、舵取りを任された中島氏。「太田社長が推し進められたことをしっかりやる」と意気込むが、目先の課題は2023年度から始まった中期経営計画の見直しだろう。

三井住友FGは11月、2024年3月期決算の純利益見通しを従来の8200億円から9200億円へと上方修正した。株売却益などの特殊要因があるとはいえ、中期経営計画の「2026年3月期に9000億円」という最終目標をあっさり超過してしまった。

身内からも、「最終年度の目標をわずか半年で達成してしまったことは、(中計の目標設定が正しかったのか)きちんと分析しないといけない」(三井住友銀行の福留朗裕頭取)という声が上がる。

中・長期的には、他メガバンクに見劣りする領域の挽回がカギになりそうだ。三井住友FGは個人や中堅・中小企業取引、デジタル化などで先行する一方、「大企業取引は3メガの中でも十分なものになっていない」(中島氏)。直近では大企業部門の責任者を務めていた中島氏の手腕が、早々に試される。

海外展開でも、アメリカの証券業務はモルガン・スタンレーを抱える三菱UFJフィナンシャル・グループや、現地の投資銀行買収で拡大するみずほフィナンシャルグループに後れを取る。

太田氏は2023年6月に実施した東洋経済のインタビューで、「アメリカの投資銀行部門の強化は長年の目標だ。ボンド(債券)の引き受けではSMBC日興証券もそこそこの競争力があるが、エクイティ(株式)やM&Aの強化は、今からではとても間に合わない」と話していた。

太田氏の置き土産であるジェフリーズとの資本提携の効果を発現できるかが、今後重要になりそうだ。

「2028年度に純利益1兆円が目標。でも、金利環境が変わったら(達成時期も)変わりますよ」。国内金利の上昇機運が高まる中、太田氏は東洋経済のインタビューでこう期待をにじませていた。「1兆円の大台」の遺志を継ぐ中島氏に、重責がのしかかる。

(一井 純 : 東洋経済 記者)