100周年記念作が描く「ディズニー映画の本質」
『ウィッシュ』© 2023 Disney. All Rights Reserved.
世界中に夢と希望を届けてきたディズニーが、1つの節目となる創立100周年を迎えた。100周年を記念する映画『ウィッシュ』が日本でも12月15日から全国公開される。
不穏な空気が世界中を覆い尽くす年に公開される100周年記念映画は、人々の心に明るい希望の光を灯す、ディズニーならではの未来へのメッセージを伝える作品になるのか。
本作の製作総指揮と脚本を手がけたのは、2019年からディズニー映画のクリエーティブの最高責任者を務める、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオのCCO、ジェニファー・リーさん。ディズニー100年の集大成となるファンタジー大作に込めたいまの現実世界へのメッセージと、ディズニーのこれからの100年について聞いた。
100年の人類史を振り返り製作
――世界中が不穏な空気に包まれるなか、いまの生活やこの先の未来に不安を抱く子どもたちは多いと思います。そんな時代だからこそ、現実から離れて心から楽しめるファンタジー映画は必要です。ですが、本作ではそういった側面だけでなく、現実社会をメタファーとして映し出すことで、子どもたちに考えなくてはならないこと、立ち向かわなくてはいけないことがあることも同時に伝えています。
世界中が困難に直面している現状を、しっかり認識したうえで制作したい気持ちはありました。
本作は100周年記念映画ですが、この100年の人類史を振り返ると、さまざまなことが起こっています。
それをどう光として表現するかを考えたときに、主人公・アーシャの“願い”を物語の主軸にすることに辿り着きました。それは、自分のコミュニティーと、この世界全体に対しての希望や愛につながるとても大きな願い。いまの若い世代には、そういう願いを持っている人たちは実は多いと思います。
本作を通して、あなたが持っている願いは大切なんだ、それは叶えられることもあるけど、楽な道のりではなく、努力が必要。でも、失敗しても大丈夫。アーシャには、スター(劇中のキャラクター)や友人、家族など、厳しい道のりを助けてくれる人たちがたくさんいるわけですから。「あなたは決してひとりではない」ということは本作を通して伝えたかった想いの1つです。
『ウィッシュ』© 2023 Disney. All Rights Reserved.
誰かが願いを抱いているときに、本人は気づいていなくても、それには価値がある、大切なんだ、ということも伝えたいメッセージです。
そして最終的には映画を見ている人たちにも、みんなが1つになるようなインスピレーションが湧いてほしいと思っています。
王の選択に対する評価や信頼
――劇中の一部の表現には、現実の一部地域の紛争へのメタファーが埋め込まれているように感じました。
意識的にそれはしていません。どちらかというと、具体的な国や地域に見えないようにすることを意識していました。人類の100年史全体を鑑みながら描きました。
主人公のアーシャが暮らすロサスの王国のマグニフィコ王は、いくつかの選択をしますが、それによってロサスの国には、よくないことが起きていきます。
しかし、そこにはまったく違う選択だってあったわけです。リーダーへの評価や信頼は、困難にぶつかったときの選択で決まります。彼が世界をどう見ているか、何を善悪の判断基準にするのか。
――映画を見た人は、彼の選択について考えさせられるでしょうし、この部分が特定の地域の出来事と重なって見えるのかもしれません。
描きたかったのは、人類史における人間そのもの。私はそのときの時代性をタイムリーに映す映画が好きです。本作は、複雑ないまの世界をタイムリーに描いており、リーダーやコミュニティーの大事さという時代性も有していますが、物語のなかでどこかの社会やカルチャーを具体的に指してステートメントを発信したい気持ちは一切ありません。これまでにもディズニーはそれをしてきたことはありません。
いまの世界が不安定だからこそ、分断ではなく対話を通して世界はつながることができる、といったメッセージを込めた映画を作りたいと思っています。
『ウィッシュ』© 2023 Disney. All Rights Reserved.
――本作を見る大人に対しては、子どもたちの未来を作っていく責任があることが問われているように感じました。
世代に関係なく、そう感じてほしいです。大人はいつのころからか、子どものときのような想像や遊び心がなくなり、願い事を忘れてしまっている。でも、願い事は、自分にインスピレーションを与えてくれます。大切な自分の一部です。
だからこそ、本作がそれを思い出すきっかけになってほしいと願っています。劇中のサビーノは、100歳でこれからの願い事をします。年齢を重ねていくつになっても、願い事をすることにも、願いを叶えようとすることにも、遅いということはありません。
そして、そういったきっかけは、喜びにつなげていける。そこには希望がある。それこそが、まさにディズニーが100年をかけて伝えてきたこととつながっています。
ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオのCCO、ジェニファー・リーさん(撮影:今井康一)
――ディズニーのクリエーティブの最高責任者として、ディズニー映画の“ディズニーらしさ”とはどういうところだと考えていますか?
とにかく希望です。それがあって、光がある。どんなにすばらしいおとぎ話でも、必ず葛藤や向き合わなければいけない困難なことが起こります。それが人生ですから。
ディズニー映画は希望と可能性を伝える
ディズニーの映画は、そこにどう向き合ったらいいかを教えてくれ、自分自身のなかに喜びを見つけることを思い出させてくれます。
そして、挑戦があったとしても、恐れずに向かっていく。不可能ではない、なんらかの達成するための方法があると感じさせることが大切。それを伝えるのがディズニー映画です。
希望と可能性があり、自分のなかにある童心を持った子どもとつながれる。まさにこの100年の歴史を私たちが振り返ったときに出てきた言葉がそれでした。
――2019年にCCOに就任されてから、それまでのディズニーを変えようとしたことはありますか。
架け橋を作っていきたいと考えました。新しい世代のクリエーターだけでなく、いろいろなバックグラウンドの多様な才能にあふれる人たちが、それぞれ違った声を持っているので、それをもっと表現できる場を作っていきたいと思いました。
才能は普遍的ですが、機会とアクセス(さまざまな仕事への登用)は普遍的ではありません。アクセスを作ることを積極的に推進し、いまはかつてないほど多様なリーダーシップがあるスタジオになっています。
女性の登用も多いですし、さまざまな人種の多様な文化と声を持つアーティストたちが集まって物語を作っているため、作品がより豊かになっていると思います。
そういった多種多様でユニークな声を耳にするからこそ、私たちは世界をより理解することができます。これがいちばんの自分のゴールでした。実際にもう実現しているのですが、進化をさらに続けていきたいです。
ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオのCCO、ジェニファー・リーさん(撮影:今井康一)
――100周年を転機として、ディズニーの過去の100年と未来の100年で変わっていくことはありますか?
変わらず進化し続けるでしょう。ウォルト・ディズニーが唱えていたのは、つねにストーリーテリングを革新させ、進化を続けること。急に何かが大きく変わることはないと思いますが、持続的に成長を続けていきたいです。
世界は激変していますが、そうしたなかでも、新しい世代のフィルムメーカーたちがとてもすばらしいストーリーのアイデアをたくさん持っているので、そのことにワクワクしています。
見た人にいろんな願いを持ってほしい
――リーさんがディズニーで叶えたい夢を教えてください。
本作を通してインスピレーションを受けた方々が、改めていろいろな願いを持ってほしいと思っています。そこから、この先の100年でまだ語られていないたくさんのユニークなストーリーが生まれてくるかもしれないから。
――次の100年後のディズニーはどうなっていますか?
いまと同じように、密にコラボレーションをして、イノベーションを起こすようなストーリーテリングがされていればうれしいです。ディズニー以外の映画も含めて、その時々の世界でいろいろな映画が光となって、希望のある未来につながっていったらいいなと思います。
(武井 保之 : ライター)