坂元裕二のオリジナル脚本によるNetflix映画『クレイジークルーズ』独占配信中。初週のNetflix公式非英語映画ランキングで世界7位をマークした(画像:Netflix)

Netflix、Amazon プライム・ビデオ、Huluなど、気づけば世の中にあふれているネット動画配信サービス。時流に乗って利用してみたいけれど、「何を見たらいいかわからない」「配信のオリジナル番組は本当に面白いの?」という読者も多いのではないでしょうか。本記事ではそんな迷える読者のために、テレビ業界に詳しい長谷川朋子氏が「今見るべきネット動画」とその魅力を解説します。

エンタメ度高めのオリジナル脚本

今年のカンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した脚本家で、「最高の離婚」「カルテット」「大豆田とわ子と三人の元夫」など人気ドラマを手掛ける坂元裕二がNetflixと手を組み始めています。その第1弾作品として11月16日からNetflixで世界独占配信されたのが、オリジナル長編映画『クレイジークルーズ』です。初週の公式非英語映画ランキングでは世界7位と、まずまずの結果を残しています。

ストーリーは原作のないオリジナルです。坂元裕二はオリジナル脚本が書ける日本の数少ない脚本家の1人ですから、Netflixとの初タッグもゼロから生み出し、作られた内容は殺人ミステリーとラブコメを掛け合わせたエンタメ度の高い作品でした。エーゲ海に向かうクルーズ客船という閉鎖された特別な空間で、坂元が得意な日常の延長線上にある台詞をちりばめた会話劇を軸に話が進んでいきます。


恋愛映画の脇役キャラクターを主役にした。ワケあり理由で船に乗り込む女性を宮粼あおいが演じる(画像:Netflix)

吉沢亮と宮粼あおいが物語の中心人物となって、豪華客船の証でもあるバトラー役を吉沢が、ワケあり理由で船に乗り込む女性を宮粼が演じています。たまたま殺人現場に居合わせた2人が「なかったこと」にさせないよう、独自の捜査を始めていくうちに恋が生まれるという恋愛映画としてはお約束の展開でもあります。

どちらかというと、ミステリー考察をじっくり味わう類のものではなく、本音に行き着くまでの心情の移り変わりを楽しむ人間ドラマ要素の印象が強い作品です。捻りのきいた坂元作品らしさが表れているのは、「恋愛は誰もが主役になれるもの。だから恋愛って最高だよね」という込められたメッセージにあると思います。

見どころは会話劇と癖の強いキャラ

吉沢も宮粼の役も揃って、実はモテるどころか恋人に浮気までされているという設定です。あえて脇役キャラクターを主役にすることで「誰もが主役になれること」を強調し、それを活かした会話劇が見どころとなっています。

たとえば、それぞれの恋人の浮気を巡って吉沢演じるバトラーの冲方が「“浮気した”も“(浮気)しかけた”も同じです」と言うのに対して、宮粼演じる千弦が「“ご飯炊けた”と“炊けかけ”は違います。炊けかけじゃ食べれません」と反論するやり取りなんかがそうです。恋愛のごたごたを熱々のご飯に例えることが単純に可笑しくも、一方でその必死さが愛おしくも感じます。

脇を固める登場人物は癖の強いキャラクターばかりです。「彼は頼りがいがあるんじゃないよ。ただ、避雷針として優秀なだけ」と、バトラーの冲方(吉沢)を一言で言い表すうえに自身の個性もにじみ出る船長役を吉田羊が演じ、またガウン姿で富裕層役を滑稽に見せる安田顕の演技はコメディ作品に欠かせません。


成り上がりの映画プロデューサー役を演じる菊地凛子。見た目も台詞回しも存在感がある(画像:Netflix)

菊地凛子は成り上がりの映画プロデューサー役として見た目からも台詞からも強烈な存在感を見せつけています。不倫旅行中の若手俳優(永山絢斗)との会話劇から千弦(宮粼)と言い争う長台詞まで、至る場面で奇抜で横柄ながら、憎めない描き方です。

また名脇役としてブレーク中の岡部たかしはマジシャン役で登場し、ほかにも子役から大御所まで揃いに揃えています。全体的にキャラクターが物語を作る痛快さに満足できますが、2時間の尺の中でそれぞれのワケあり事情を語るには登場人物が少々多すぎます。詰め込んだ感があるのが勿体ない点です。

製作費は当初予算の倍以上

何よりこだわったのは、豪華客船という舞台なのかもしれません。作品として必要なものに投資を惜しまないNetflix作品ですから、製作費を抑えた会話劇に終わらせません。そもそも物語の舞台を「豪華客船」にすること自体、今の日本の映画会社やテレビ局がやろうとすると製作費の回収が見込めず実現しにくいものです。


当初は実在する世界最大級のマルタ船籍のクルーズ船「MSCベリッシマ」を使用する予定だったが、急遽セットを作って撮影した(画像:Netflix)

実際プロダクションノートで坂元は「実は以前も船を舞台にした作品を提案したことがあったんですけど、その時はとにかくめちゃくちゃお金がかかると言われて」と明かしています。つまり構想として持ってはいたものの、製作費の面から断念せざるを得なかったことが読み取れます。ならば、なおさら形にしたいと、Netflixの岡野真紀子エグゼクティブプロデューサーが中心となって動き、当初は実在する世界最大級のマルタ船籍のクルーズ船「MSCベリッシマ」を使用した撮影許可を取り付けていたそうです。

話はこれで終わりません。2022年春のクランクイン直前にコロナ禍の影響で国際クルーズ船の国内入港が禁止されてしまう事態に陥ります。先が見通しにくいなか、Netflixは「それならば実寸大のセットを作ってしまおう」と思い切った決断をします。シーンが限られるリスクはありながらも、殺人現場と恋の始まりの舞台でもある作品を象徴するデッキプールをはじめ、スイートルームなどの巨大セットを一から建設していったそうです。

撮影時も抜かりありません。メインキャストだけでなく、エキストラにもシャネル、エルメス、グッチ、セリーヌ、ヴァレンティノといったハイブランドの衣装を用意し、パーティーシーンはスタイリストとメイクのスタッフだけで50人以上いたとか。この辺りもまた日本の映画やテレビの作品の場合、コストをできるだけ抑える傾向にありますが、グローバルプラットフォーム作品では細部にまでこだわり、ビジュアルを重視することは常識でもあります。


Netflix映画『クレイジークルーズ』の主な出演者。左から吉沢亮、吉田羊、宮粼あおい、泉澤祐希、菊地凛子、蒔田彩珠、安田顕、高岡早紀(画像:Netflix)

気になる製作費ですが、岡野エグゼクティブプロデューサーが「セットを作ったことで最初の予定より倍のコストがかかってしまいました。でも、結果的に時間をかけて撮影することができて良かったと思っています。何より坂元さんの夢を叶えたいという思いで必死でした」と、充実度を優先していたことが印象的です。

次作は連続ドラマ?

反響も気になるところです。世界7位をマークした初週の公式非英語映画ランキングの中身をみると、日本では1位、香港、台湾、タイでTOP10入りしています。坂元作品ファンと出演者ファンが関心を持ち、アジア受けするロマンスものであることがこの結果に繋がっていると言えそうです。

一方で、坂元が脚本を手掛けた是枝裕和監督作の『怪物』が第76回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞したことや代表作の1つドラマである『Mother』(日本テレビ)が世界各国でリメイクされていることから欧米や中東から反響があっても良さそうですが、現実的には会話劇が見どころですから、言語の壁もあり厳しそうです。

期待値が高い日本の坂元作品ファンに至っては、Netflixとのタッグでシリーズものを見てみたいという不満を残していそうです。たとえ完成度は変わらずとも、連続ドラマはより中毒性を作り出しやすく、30年以上にわたって日本のドラマ界を引っ張ってきた坂元と連続ドラマの相性の良さをファンは知っているのではないでしょうか。

坂元は5年にわたり、日本のNetflix合同会社と新作シリーズ・映画を複数製作し、独占配信していく契約を今年締結させています。さっそく具体的に計画が進んでいることもわかっています。つい先日の11月はじめに、脚本作りのために北海道まで足を運んだそうです。連続ドラマなのか、どんな内容になるのか発表が待たれます。


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(長谷川 朋子 : コラムニスト)