真実の口に見立てた消毒器で、消毒器の利用者は4.8倍に(著者撮影)

仕掛けのアイデアで、お金や労力をかけずとも問題解決する。その積み重ねが、社会を確実にいい方向に変えていく。そんなシンプルなコンセプトを掲げる学問が「仕掛学」である。

英語版を含み、世界で広く読まれ、10万部を突破した『仕掛学:人を動かすアイデアのつくり方』の続編にあたる『実践仕掛学:問題解決につながるアイデアのつくり方』を上梓した大阪大学大学院経済学研究科教授の松村真宏氏が、事例をまじえながら、仕掛学のエッセンスについて語る。

身近なところに潜む、さまざまな仕掛け

バスケットゴールのついたゴミ箱、「真実の口」に見立てた消毒器「勇気の口」……。


つい行動してしまうきっかけになるものを著者は仕掛けと呼んでいる。しかし、いざ仕掛けを作ろうと思った時に、どうすれば仕掛けを作れるのかわからないし、どのような勉強をすれば仕掛けを作れるようになるのかもわからない。そこで、人の行動を促す仕掛けの体系的な理解を目指す学問分野として、仕掛学を提唱した。

仕掛けは従来の行動の選択肢を残したまま、新たな行動の選択肢を追加するものである。

従来の行動の選択肢を残すのは、行動変容を強要しないようにするためである。

人には変化を避けたり未知のものを避けたりする「現状維持バイアス」がある。したがって、基本的には従来の行動が選ばれ、新たな行動は選ばれにくい。新たな行動はわざわざ選びたくなるような工夫が必要になる。

私たちがまだ気づいていないだけで、身近なところにさまざまな仕掛けが潜んでいる。

著者は大阪大学一年生向けの全学共通教育科目「学問への扉」で仕掛学を教えており、町中から条件を満たす仕掛けを見つけてきてもらうという課題を課している。講義の最終回には、履修者が集めてきた仕掛けの事例をまとめて「仕掛け100連発」として発表してもらっている。

仕掛けの条件と多少のコツさえつかめれば、誰でも仕掛けを発掘できるのである。

本記事では、3つの事例を通して、実際に仕掛けによって人の行動がどう変わったかを紹介していきたい。

勇気の口

天王寺動物園は大阪市内の憩いのスポットの一つである。近年すっかり雰囲気もよくなって人気の観光地になった新世界も目前にあるので、遊びにくるカップルや家族連れで年中賑わっている。天王寺動物園で動物を見て回って疲れたときは、デッキ下イベント広場がよく利用される。広いスペースで屋根もあるので、イベントのないときは来園者がシートを広げて休憩したりお弁当を食べたりする場所になっている。

そのときに手指消毒をしてもらうための仕掛けとして、ライオンの口型手指消毒器(勇気の口)を当時のゼミ生たちと設置した。このライオンは口が大きく開き、怖い顔をしている。イタリアのローマにある「真実の口」を知っている人にはそれを想起するように作られている。

真実の口には、うそつきの人が手を入れると手が抜けなくなったり切り落とされたりするという都市伝説がある。それを知らなくても、映画『ローマの休日』を観たことのある人なら、新聞記者がアン王女(オードリー・ヘップバーン)を驚かそうと真実の口に手を入れて抜けないふりをするというシーンを思い出すだろう。これらを知っている人は、ライオンの口を見るとつい手を入れてみたくなる。ライオンの口の中にはセンサー式の手指消毒器が仕込んであるので、手にアルコール消毒液がかかり、結果的に手がきれいになる。

真実の口を知らない人はとまどうかもしれないが、勇気の口に手を入れている人を見れば使い方を知ることができる。また、「勇気の口」と書かれた紙も貼っているので、口に手を入れる勇気が試されていることが伝わるようにもなっている。

2016年9月10日(土)、11日(日)にライオンの口型手指消毒器および普通の手指消毒器を3時間ずつ設置して利用人数を計測したところ、ライオンの口型手指消毒器は215名(大人101名、子供114名)、普通の手指消毒器は45名(大人18名、子供27名)であった。同じ手指消毒器を用いたが、ライオンの口の中に入れるだけで利用者数が4.8倍になった。

なお、不意にアルコール消毒液が噴霧されるので多くの人は驚いて叫んだりするが、その後は笑い出す、という状況がよくみられた。仕掛けは利用人数だけでなく、利用者が笑顔になるかどうかも重要な評価指標になることに気づかせてくれた実験であった。

試食投票

試食を用意しても、意外と試してもらえない。なにかしらの施しを受けるとお返しをしないと申し訳ないと思う返報性の原理が働くが、パン屋さんだとお返しをする手段がパンの購入しかなく、それが心理的な抵抗になるのだと考えられる。


あなたはどっち派?でどちらも試食したくなる(写真提供:板谷祥奈)

気軽にお返しができる手段があれば心理的な抵抗を下げることができ、試食へのハードルが下がるはずである。そこで、2種類の試食のパンの前に「あなたはどっち派? 人気投票!」の札を立て、試食で使用した爪楊枝を使って投票できる試食投票を当時のゼミ生たちと考案した。アンケートに答えることがお返しになり、返報性の原理が満たされることを期待した。

2016年8月26日(金)から9月15日(木)にかけて、大阪大学豊中キャンパスの近くにある石橋商店街のパン屋さん「タローパン」にて、通常の試食と試食投票を交互に行って利用人数を計測する実験を行った。その結果、通常の試食のときは来店者のうちの約11%(460人中52人)が試食をしたのに対し、試食投票のときは来店者のうち約20%(521人中104人)が試食して投票した。投票の仕掛けによって利用者が1.8倍に増えたという結果になった。

なお、投票するためには両方のパンの味見をしなければならないことも重要である。食べたことのないものは、購買対象の候補(考慮集合)には入らない。試食して美味しかったパンは考慮集合に入り、今後購入される可能性が高まるので、この仕掛けは販売促進の仕掛けにもなっている。

休憩ガチャ

報告、連絡、相談の頭文字をとった報連相は社内コミュニケーションの基本であるが、不十分だと感じている組織は多い。そこで、2019年10月1日(火)から2019年10月31日(木)の平日にかけて、ある企業(社員数116名)の休憩室に仕掛けを施したカプセルトイを設置した。

カプセルトイの中には、ヘルシーなお菓子を入れたカプセルと、ミッションが書かれた紙を入れたカプセルを同数入れた。ミッションは、「朝礼で有益な情報を共有してください」「業務で接する機会が少ない仲間に話しかけてください」などコミュニケーション促進に関する21種類と、「ストレッチをしてみよう」「今週はなるべく階段を使用してください」など健康促進・リフレッシュに関する21種類からなる。

また、カプセル回収ボックスを2つ用意し、それぞれに「行動をする」「行動しない(お菓子のカプセル)」の張り紙をつけ、カプセルを捨てる際に行動するかしないか意見を表明してもらうようにした。


思わず回したくなるカプセルトイ(写真提供:平康慶浩)

カプセルトイの設置期間終了後にアンケートを実施したところ、「行動する」にカプセルを入れたことをきっかけとして実際に行動を起こした人が、コミュニケーション促進で50%(22人中11人)、健康促進・リフレッシュで59%(17人中10人)いたことがわかった。

仕掛けは、したい理由を作ってあげることで、優先順位を高めるものである。優先順位さえ高くなれば、あとは行動できるまで自分でやりくりして、さまざまな阻害要因をすっとばしてくれるだろう。

著者は、行動の選択肢を魅力的に見せることを「そそる」と呼んでいる。

そそる仕掛けは、場合によっては面倒になったり、余計に時間がかかったりすることもある。しかし、したいこととのトレードオフなので、したいことの優先順位が十分に高くなれば問題ないのである。

(松村 真宏 : 大阪大学大学院経済学研究科教授)