中学受験の道のりの中で、迷わない子どもや親はいません(写真:TY/PIXTA)

中学受験の道のりの中で、子どもに伴走する親も迷ったり悩んだりするときがあるかもしれません。中学受験のプロである渋田隆之さんは、「中学受験においてずっと順風満帆な家庭はない。誰もがつまずき、悩んでいる」と言います。本稿は『2万人の受験生親子を合格に導いたプロ講師の 後悔しない中学受験100』から一部抜粋・再構成のうえ、悩んだときに立ち返りたい中学受験の原点についてお伝えします。

子も親も悩まない中学受験はない

これまで私は、たくさんの受験生、保護者の方と関わってきました。

2022年まで在籍していた神奈川県の進学塾では、中学受験部門の統括責任者を任されていたため、毎年塾に通うすべての受験生と面談をし、保護者との進路相談やカウンセリング、講演会を担当してきました。関わった方々は、2万人以上にものぼり、現在も教育現場の最前線で指導をしています。

その経験から断言できるのは、「ずっと順風満帆で、困ることがまったくなかった」という受験のケースは、一つもなかったということです。

塾のこと、成績のこと、友だち関係のこと、家庭のこと……。誰もがつまずき、悩んでいます。

本稿では、そうやって悩み、迷っているみなさんの手助けとなるヒントを紹介していきます。「こうすれば安心」という正解はありません。「保護者はこうあるべき」と縛られることなく、「こんな選択肢もあるのか」「こう考えることもできるのか」と参考になさってください。

中学受験を「子どもの成長を一緒に喜ぶ機会にする」と決めていると、壁にぶつかったときに迷うことが少なくなります。

一度中学受験の世界に入ると、「テストの点数」「順位」「偏差値」というインパクトの強い数字に追われ、肝心の「何のために中学受験をするのか」という原点を見失うことがあります。「塾にこのまま通わせてもいい?」「志望校はどうする?」「受験をやめようか?」といった、中学受験で必ずぶつかる壁を乗り越える際に役立つので、いつでもこの原点に立ち戻れるようにしておきましょう。

俵万智さんの短歌、とくにご自身が子育てをはじめられてからのものに、ハッとさせられます。子どもたちは、知らず知らずに、しかし確実に成長しています。

「5歳になったらひとりで寝る」という息子の目標を前にして、彼が3歳のころに詠まれたこんな短歌を、ふと思い出した。

してやれること また一つ減りゆきて 子が殻をむく固ゆで玉子

子どもの成長に気づくには、子どもの成長を過去と現在で比較し、評価すること。そして、短期ではなく、大きな時間軸で子どもの成長を見ることがポイントです。「できなかった問題が解けるようになる」というのはもちろん、「逃げずに不安と戦おうとしている」「苦手な単元も果敢に挑戦している」など、わが子の心の成長も、一番そばで見届けてあげてください。

失敗から立ち上がる経験が人生の糧になる

子育ての最終的な目標の1つに、「親がこの世にいなくなったときに、一人でも生きていけること」があります。

「人生100年時代」と言われます。今の小学生は22世紀を生きる可能性もありますが、まったく失敗しない人生などあり得ません。いろいろな失敗をしながら、1つひとつなんとか「やりくり」して、それらを乗り越えていく力をつけるというのが、「一人でも生きていける」ということなのではないでしょうか。

受験に向けて必死にがんばる子を見て、「子どもにこんなに大変なことをやらせるのは、かわいそうでは……?」と思うこともあるかもしれません。また、近所の方や親戚にそう言われてしまう場面もあるでしょう。しかし、考えてもみてください。たとえば、「模試でよい点数が取れない」という失敗は、誰にも迷惑がかからないものです。大人になってからの失敗は他人に迷惑がかかるかもしれませんが、教室での失敗にリスクはありません。

「人は、やらなかったことを最も後悔する」

コーネル大学の心理学教授、ティモシー・ギロヴィッチによれば、人は「失敗したこと」より「行動を起こさなかったこと」のほうを2倍後悔するそうです。

さらに人は、歳を重ねていくにつれ、いいことだけ覚えておいて、悪いことは忘れてしまう傾向にあります。こうしたことから、単純に多くのことを経験すればするほど、年老いたときに幸福感が増し、武勇伝も増えるというわけです。

伝記を読んでいると、誰もが大きな挫折に直面し、それでもめげずに粘り強さを発揮し、知恵を絞って、なんとか「やりくり」をすることで成功を勝ち取っていることがわかります。

AIなどの発展により、これからますます先の読めない時代になっていくのは間違いありませんし、人生において失敗を0にすることもできません。

失敗を恐れていたら前進できませんし、失敗するごとに落ち込んでいたら、よい人生は送れません。そんな時代に求められるのは、失敗への対処能力を高めることではないでしょうか。

受験生は、月に何本も模試があり、自分の得点・順位・偏差値が常に算出されるというシビアな世界で生きていきます。会社で月に何回も査定があったら、と想像すると、いかに厳しい環境かがわかりますね。受験生は、そのような生活に身を置くことで、目には見えなくとも、日々たくましく成長していくものです。

中学受験を「子どもがかわいそう」という理由でチャレンジするか迷っているのであれば、受験の経験を通して得られる「失敗をプラスに変えるパワー」の意義を考えてみてください。

「失敗はよくないもの」という先入観を外す

<反省が足りない?>

うちの子が塾から帰ってきてすぐ、模試の結果をうれしそうに報告に来たんです。期待して結果を見たところ、成績上位の子の名前にていねいにアンダーラインが引いてあって、「お母さん、○○ちゃん載ってるよ、すごいね!」って。

友だちの名前が載っているのを、心から喜んでいるんです。もう少し、「自分もできるようにならなきゃ」って反省してくれるといいんですが……。

私はこの話を聞いたとき、感動し、そしてこう答えました。

「一緒にがんばっている友だちの結果を素直に喜べるお子さんは、すばらしいじゃないですか。大人だったら、なかなかそんな感情になれません。

それに、本当に仲がいい子が塾にいることは、必ずプラスに働きます。大人の目に見えない悩みでも、友だちがいることで救われている場面がたくさんあるものです。本人の成績が上がったとき、絶対にその友だちも喜んでくれますよ」

結果的に、その子と友だちは、見事、それぞれの第1志望に合格しました。

これからの時代は、自分が持っていない強みを持つ人たちとコラボレーションをして一つのチームになれる能力が大切です。その意味では、その子たちの未来は明るいでしょう。

先ほど「失敗を糧にできる」ということを紹介しましたが、「失敗はよくないもの」という先入観を外していくことも大切です。

後悔しない中学受験を経験するために

私は国語の講師をしていますが、記述問題が苦手な子のうち、一定数が「答えに自信がないから書けない」と言います。「間違ってもいいから書いてごらん」「正解なんてないから、自分の意見を書けばいいんだよ」と伝えて、ようやく鉛筆が動きはじめるということがよくあります。これは、日本に蔓延している「失敗はよくないもの=正解主義」の弊害だと思います。

「テストで点が取れなかったから、私はバカだ」

「こんなこともわからないなんてもうダメだ」

といったマイナスの感情の背景にあるのが、「正解主義」です。


「正解主義」が染みついていると、チャレンジを恐れるようになったり、視野が狭くなったり、人のことを認められなかったりと、子どもの成長にとっていいことはありません。

また、保護者が無意識に「正解主義」の価値観を持っていると、子どもは敏感に嗅ぎ取ります。間違った自分の解答を全部消しゴムで消すというタイプの子には、注意が必要です。

ぜひ、「正解主義」の価値観を捨て、失敗を恐れずにチャレンジし、その都度、修正していけばOKという考え方にシフトさせてください。

ここまで、中学受験に迷ったときに立ち返りたい心構えについてお話ししてきました。みなさんが「後悔しない中学受験」を経験するための一助になれば幸いです。

(渋田 隆之 : 国語専門塾の中学受験PREX代表、教育コンサルタント・学習アドバイザー)