「何もせずにぼーっとする」という時間は最高のリラックス法のようで、実は「疲れを取る」という点から考えるとあまりおすすめできません(写真:shimi/PIXTA)

ストレスがたまったときの解消法は人それぞれ。ただ、それでもなかなか元気が出なかったり、もっとしんどくなったりすることもあります。

実は、ストレスを解消しているように見えて、あまり効果がないもの、むしろマイナスになる可能性があるものがけっこう存在しているのです。

メンタルドクターSidowさんの著書『ケーキ食べてジム行って映画観れば元気になれるって思ってた』は、世間によくあるストレス解消法の、より効果的な使い方を教えてくれる一冊。同書から一部抜粋・編集して、ストレス解消に役立つ正しい考え方についてご紹介します。

無理に楽しいことをする必要はない

【よくあるストレス解消法】
楽しいことだけをする

【より良いストレス解消法】
マイナス感情にも浸る

ストレスがたまっているとき、気分を紛らわせるために「楽しいことをしよう」と考える人は多いのではないでしょうか。

もちろん、楽しいことですぐに気持ちを切り替えられたら良いのですが、そうはいかないときもありますよね。そんなときは無理に楽しいことをする必要はありません。

例えば、恋人と別れたり仕事で大きなミスをしたりなどショックな出来事があった後は気持ちが落ち込んでいるはずです。そんなときに無理に楽しいことをしようと思ってもすぐに気持ちを切り替えるのは難しいもの。むしろ普段だったら楽しめるはずのことを楽しめないことで、余計に気分が落ち込む可能性があります。

だから悲しいときや落ち込んでいるときには、無理に楽しいことをするのではなく、むしろその感情に身を委ねてみましょう。

そういうときは涙を流すことも大切です。一時期「涙活」という言葉が話題になりましたが、実際、涙にはストレスを緩和する作用があります。

涙を流すと、気分を安定させる神経伝達物質であるセロトニンが分泌されるため、悲しいときや落ち込んだときに涙を流すことは有効なのです。

みなさんの中にも「思いっきり泣いたら案外すっきりした」という経験をした人もいるでしょう。

悲しいときに涙が出るのはそもそも生物学的に意味があるのですから、我慢する必要もなければ、無理に楽しいことをする必要もありません。感傷に浸ることや涙を流すこともストレス緩和には必要、ということを覚えておきましょう。

ただ、嫌な出来事に引っ張られてそれをいつまでも引きずってしまうのは問題です。そうならないために、心がけてほしいのは「感情はそのままに、対象を変える」ということです。

どういうことかというと、例えば悲しい気分のときに実際に自分に起こった出来事を思い出すのではなく、あえて泣けるドラマや映画を観るのです。そうすると感情を無理に切り替える必要はなくなりますし、自分に起こったことを引きずらなくて済みます。感情を抱く対象を自分の出来事から、ドラマや映画の中の出来事にするのです。

また、これは同様に怒りの感情などにもいえます。怒りの対象を特定の出来事や人物に向けるのではなく、対象を変えて発散するのです。例えばボクシングなどの格闘技でも良いですし、敵を倒すゲームなどでも良いでしょう。

少し前に「うっせぇわ」という曲が流行りましたが、あの曲を大声で歌う、なんていうのも良いでしょう。

こうした曲は聴いて楽しむのも良いのですが、カラオケでストレスを発散するのにもぴったりの曲だと思います。

悲しみや怒りなどの感情が強くなったときは、無理に楽しいことをするのではなく、感情をそのままに対象を変えて発散することを意識しましょう。

忘れようとするのではなく、別のことを考える

【よくあるストレス解消法】
嫌なことは忘れる

【より良いストレス解消法】
忘れようとは考えない

誰にでも、生きていて嫌だったことやショックだったこと、傷ついたことがあるはずです。後からそれを思い出して、また落ち込むこともあるでしょう。

そして、「こんなこと考えていちゃダメだ。忘れよう」と思考を切り替えようとしてもなかなか頭から離れない……というところまで含めて、共感する人は多いのではないでしょうか。

どうしても人は「嫌なことは考えないようにしよう」と思ってしまいがちですが、これは逆効果であるという研究結果が出ています。

アメリカの心理学者であるダニエル・ウェグナーは「何かを考えないように努力すればするほど、かえってそのことが頭から離れなくなる」という現象を提唱し「皮肉過程理論」と名づけました。

その根拠となる実験が「シロクマ実験」です。

シロクマ実験ではA、B、Cの三つのグループにシロクマの映像を見せた後、それぞれのグループに次のような指示をしました。

グループAには「シロクマのことを覚えておくように」と言い、グループBには「シロクマのことを考えても考えなくてもいい」と言い、グループCには「シロクマのことだけは絶対に考えないように」と言いました。期間を置いて調査したところ、最も映像を鮮明に覚えていたのは、なんとグループCの人たちだったのです。

つまり「考えるな」と言われたほうが、より記憶に残りやすいということ。普段から自分に「考えちゃダメ」「忘れよう」と言い聞かせている人は、自分自身でマイナスな記憶の強化をしている可能性が高いのです。

例えば失恋後に「あの人のことは忘れよう」と考えてもなかなか忘れられなかったり、「禁煙のためにタバコのことは考えないようにしよう」と思っても逆に吸いたくなったりするのも皮肉過程理論といえます。

これらの例からもわかるように、嫌なことやショックなことは無理に忘れようとしなくても良いということです。

忘れようとしてはいけないのなら、どう気持ちを切り替えれば良いのかというと、「別のことを考える」、もしくは「別の行動に集中する」のです。

人間は基本的に二つ以上のことを同時に考えることはできません。だから嫌な気持ちが浮かび上がってきた場合、それを忘れようとするのではなく別のことを考えるようにしてみてください。

ただ、急に考えを切り替えるのは難しいですし、すでにお話ししたように、楽しいことを思い出すことがマイナスに働く可能性もあります。その場合は、簡単にできる作業などに着手するのが良いでしょう。部屋の掃除や片づけ、散歩、瞑想など何でも良いです。その作業だけに集中できることを探しましょう。

ただ、何かするにしても「ながら」は禁物です。基本的には一つの動作をしているときはそれに極力意識を向ける。例えば掃除をするにしてもちゃんとゴミは取れているだろうか、汚いところは残ってないか、などに着目しながら進めるようにしましょう。

人間は二つ以上のことを同時に考えられないため、掃除をしながら食事の献立を考えたりすると、どちらも中途半端で、別の思考が入り込む隙ができてしまいます。

悩んだり、落ち込んだりしたときは、そのときにできる作業に一点集中! これが気分の改善に役立ちます。

ぼーっとしている時間、脳は休まっていない

【よくあるストレス解消法】
何もせずぼーっとする

【より良いストレス解消法】
意識的に一つのことに集中する

みなさんも毎日仕事に、学校に、家事にと、忙しく過ごしているのだと思います。

仕事や学校が忙しいと、帰宅後や休日の時間に疲れを取るため、「今日は家で何もせずぼーっとしよう」と考える人も多いのではないでしょうか。

しかし、この「何もせずにぼーっとする」という時間は最高のリラックス法のようで、実は「疲れを取る」という点から考えるとあまりおすすめできません。というのも、ぼーっとしている時間、体はエネルギーを使わずに済みますが、脳は休まらない状況に陥りやすいからです。

最近の研究では、何もせずぼーっとしている状態のときは、デフォルト・モード・ネットワーク(Default Mode Network=DMN)という神経回路が活発化し、むしろ脳が疲れやすくなると考えられています。

DMNは自動車でいうアイドリングにたとえられていて、完全にエンジンが切れているわけではなくいつでも動き出す準備ができている状態。エンジンはかかったままなので、DMNが活性化しているときは、脳の60〜80%のエネルギーが使用されているともいわれています。

DMNが活性化していると、一切稼働していないときよりも脳が迅速に反応できるため、危機管理や新しいアイデアを生み出すのには効果的だと考えられています。

また、DMNは体のリラックスや記憶の整理にも効果があるため、必ずしも悪いものとはいえません。しかし、その分脳のエネルギーは使われているので、「体は休まっているけれど脳の疲れは取れない」という状態に陥りやすいのです。

心と体の休息のタイミングを意識的に切り替える

みなさんも、休日に何もせずゴロゴロと過ごしていたのに、何となく疲れが取れた感覚がしない、という経験はありませんか? これは何もせずにいることでDMNが活性化し、脳が疲労して疲れも取れない、という現象が起こっていると考えられます。


また、DMNが活性化していると、さまざまなアイデアが入ってくる反面、余計な情報が生み出されるリスクもあります。何もしないでいると、どうでもいいことを考えてしまったり、不安が強まったりすることもあるでしょう。これもまさにDMNの弊害といえます。

特に嫌なことが起こった後やストレスがたまっているときには、DMNによってマイナスの思考が強まる可能性が高くなります。そんなときは、ぼーっとするよりも何かに集中する時間を確保するようにしましょう。

そのため私も精神科の診察のときには、うつ病で休職が必要な人にも家でぼーっとしたりゴロゴロしたりするのではなく、空き時間は散歩や軽い作業など何か集中できることに充てるよう指導しています。

DMNは悪者ではないのでゼロにする必要はありません。ただ、知らないうちに疲れをためてしまわないよう、今は何かに集中するとき、今は体を休めてあげるとき、など心と体の休息のタイミングを意識的に切り替えられるようになりましょう。

(メンタルドクターSidow : 精神科専門医)