軒並みPBR1倍割れの大手テレビ局各社。資本効率改善とテレビ広告収入依存からの脱却に向けて試行錯誤が続く(右上・右下写真:尾形文繁、左下・中央下写真:今井康一、左上写真:記者撮影)

「貴社は(中略)保有する資産の価値より時価総額が低いことで皆さまの事業の価値がマイナス評価されている典型例となっております」――。

5月半ば、TBSホールディングス(以下、TBS)の取締役会宛てに、一通の「提言書」が届いた。差出人は、シンガポールに拠点を置く資産運用会社、ひびき・パース・アドバイザーズだ。

提言書は、TBSの資本効率の低さを問題視し、その状況を「『当然』のごとく受け入れ」ているような会社の姿勢も指弾している。実際、TBSのPBR(株価純資産倍率)は9月1日時点で0.51倍と、東京証券取引所が改善要請の目安とする1倍を大きく割った水準にある。

東京エレクトロン株の「還元要請」も

資本効率の改善に向けてTBSが進めてきたのが、政策保有株の売却と、その売却資金を元手にしたM&Aだ。中期経営計画では、2021〜2023年度の3年間で1400億円の成長投資を掲げ、放送外のさまざまな領域に積極的な投資を行っている。

直近では、6月29日に大手学習塾「スクールIE」を運営するやる気スイッチグループを買収。同日には動画配信大手、U-NEXTの持ち分法適用会社化も発表した。2件のM&Aにより、500億円超の資金を投じた計算になる(詳細はこちら)。

実はTBSに「物言い」をつけた株主は、ひびき・パース・アドバイザーズが初めてではない。2018年にはイギリスの投資会社であるアセット・バリュー・インベスターズが、TBSが保有する東京エレクトロン株の40%を株主に還元するよう求める株主提案を行った。

半導体製造装置大手の東京エレクトロンは、1963年にTBSの100%出資子会社として設立された。その後は業種が異なることなどを理由に、大半の株式を売却してきた経緯がある。この数年の間にも追加売却を進め、2023年3月末時点でのTBSの保有比率は3.5%にまで下がっている。

ところが昨今の半導体ブームを追い風に、同社株の資産価値は大きく上昇。TBSはもともと政策保有株を多く抱えるが、同社の保有する投資有価証券5724億円のうち、4割強が東京エレクトロンの株式だ(2023年3月末時点)。こうした純資産の拡大が、PBRの押し下げ要因にもなっている。

資本効率の問題はTBSに限った話ではない。主要な民間テレビ局のPBRは軒並み低水準で、最も高いテレビ東京ホールディングスでも、東証が問題視する「1倍割れ」の状況だ。


テレビ広告費が減少傾向にある中、どのテレビ局も主力事業の低迷が続く。中でもフジ・メディア・ホールディングスは2024年3月期第1四半期決算で、中核子会社のフジテレビが赤字に転落し、本業ではない不動産事業の利益でカバーする構造となっている。

収益力の低下に加えて、大量の政策保有株を抱えることや、放送設備をはじめとした不動産資産が大きいといったテレビ局固有の事情も、資本効率の低さの背景にある。また、外資規制による外国人投資家の株式保有制限も、株価が割安になりやすい要因と見られている。

こうした状況下で、テレビ局に対する株主の圧力は高まるいっぽうだ。

アメリカの投資ファンドのRMBキャピタルは、2020年にテレビ朝日ホールディングスに対して株主提案を行い、自己株買いの実施を要請。2022年には香港の投資会社、リム・アドバイザーズがテレビ東京ホールディングスに対する株主提案で、政策保有株売却による資本効率の改善を求めた。

会社を買ったはいいが…

「ほとんどの局が放送外収入拡大のためのM&Aを模索しているが、大きな一手を打てていない」。あるテレビ局の幹部はそう吐露する。キー局の中でかろうじて先行しているのが、日本テレビホールディングスだという。

日本テレビは2014年にフィットネスクラブ「ティップネス」を243億円で買収。2017年にはアンパンマンこどもミュージアムを運営するACMを、2022年にはイベントの特殊内装・造形等を手がけるムラヤマホールディングスを、それぞれ子会社化した。

テレビ視聴率の低下に歯止めがかからない以上、今後は冒頭のTBSも含めて、他局でも同様の動きが加速すると見られる。しかし問題は、放送外領域での積極的なM&Aが本当に企業価値向上に寄与するのか、だ。

例えば日本テレビが買収したティップネスは、コロナ禍の2020年度に65億円の営業赤字に転落し、収益性低下に伴い多大な減損損失を計上。2022年度も営業赤字から脱していない。その他の買収会社も含め、現状はM&Aの成果が収益に結び付いているとは言いがたい。

近年は、人気が根強いアニメへの投資も活発だ。この分野では、長い間アニメに投資を続け、「NARUTO」などの人気作品を持つテレビ東京が先行する。ただ、最近になって投資を拡大したテレビ局では、うまくいっていないケースも散見される。

TBSが2017年に買収したアニメスタジオ「Seven Arcs」もその1つ。2022年1月にも、同社に対して25億円の追加投資を発表している。

あるアニメ業界関係者によれば、TBSはこの25億円を活用して2年間のうちに、京都アニメーションやufotableに匹敵する制作スタジオにしようと考えていた。しかし、人気作『魔法少女リリカルなのは』(2004)などに関与したSeven Arcsの主力制作陣のほとんどはすでに会社に残っておらず、目標と実態の乖離に現場では困惑が広まっていたという。

コンテンツ・IP領域では、会社そのものよりもスキルや才能を持った人材に価値があり、人材の引き抜きも激しい。会社を買収しても、要となる人材が流出してしまうリスクも付きまとうため、同領域でのM&Aには慎重さが求められる。

「数を打ちながら勝ち筋を見つける」

東証がPBRの改善要請を出したこともあり、テレビ局に対する株主らの視線は今後いっそう厳しさを増すと予想される。

前述の通り、テレビ局はその事業特性上、大規模な放送設備を保有するなどといった固有の事情も抱える。株主提案や東証の改善要請に従って、資本効率ばかりを重視するわけにはいかないのも悩ましいところだ。

TBSの佐々木卓社長は「僕らはCMがなくても(報道を)続ける必要があり、停電になっても対応できる設備を確保するにはキャッシュも必要だ」と語る。こうした前提は他業界とは異なるため、株主にも理解してもらいたいという。

それでも、テレビ以外の新たな収益源の確保が待ったなしの課題であることは間違いない。TBSで戦略投資事業を指揮し、6月にやる気スイッチグループ副社長に就任した片岡正光氏は「今の時代は何がうまくいくかわからないので、数を打つことも重要。うまくいかないことを許容しつつ、(M&Aなどを通じて)新しい勝ち筋を見つけていく必要がある」と話す。

テレビ広告収入依存からの脱却と資本効率改善という、2つの難題をどう乗り越えるのか。現状はまだ、どのテレビ局も明確な解を見いだせていない。

(郄岡 健太 : 東洋経済 記者)