学童野球は競技人口が減っている(写真:筆者撮影)

今年6月、全国の軟式野球リーグ、チームを統括する全日本軟式野球連盟(全軟連)が、都道府県支部理事長に向けて「学童チームへの保護者参加についての考え方」という通知を出した。

この通知は「学童(小学生)野球」の競技人口の減少の一因に「保護者の負担」の問題があるとして、学童野球チームの「父母会運営」の基本的な運営の見直しを求めたものだ。

・父母会の設置や保護者のサポートを求めることは「任意」として強制や同調圧力がないように配慮する。

・父母がサポートできないために選手がやめることになった場合は、他の保護者の負担が増えないようにチームや父母会の運営を見直すこと。

とし、それぞれの家庭の事情や子どものスポーツへのかかわり方に違いがあることを理解したうえで、これまでの「当たり前」を見直し、伝統的な決まり事であっても、時代の変化や新しい意見を取り入れていくべきだ、としている。

大幅に減少した学童野球の競技人口

学童野球は、競技人口が激減している。


2009年には全国で18万0058人いた選手数が、昨年は11万0756人と38.5%も減少している。

多くのチームが廃止に追い込まれ、市町村によっては少年野球チームが1つもないところも出てきている。

その背景には「少子化」があるのは間違いないが、2009年の小学生(6〜11歳)人口は749万人、2022年は615万人だから17.9%の減少にすぎない。野球競技人口の方が倍以上の速いペースで減少していることになる。


画像はイメージ(写真:筆者撮影)

野球が選択されなくなった原因の1つとして「保護者の負担の大きさ」を指摘する声が上がっている。

1つは経済負担の問題。近年、野球用具は高価なものになっている。少年野球の競技人口が激減しているうえに、かつては少年野球の数倍あったと推測される「野球遊び」のためにグラブやバットを買う子どもが、ほぼいなくなった。マーケットが縮小した分、用具の単価が上がっているのだ。

さらに、安全性を考えて、少年野球であっても野球用具の規格は厳格になった。かつてに比べて、つくりは頑丈になったが、その分コストも上がっている。

総務省の調査によれば2015年1月に平均で9954円だった軟式グローブは今年6月の最新統計では1万3529円と36%も値上がりしている。また子どもであってもお茶や水ではなく、スポーツドリンクやプロテインなどを摂取することも多くなっている。

親が「お茶当番」として駆り出される

2つ目は、親の「お世話」負担の問題だ。多くの少年野球チームは、原則「ボランティア」だ。監督など指導者は交通費などの経費以外のお金は受け取っていない。その代わりに親が監督や選手の「世話」をしている。

練習や試合がある日は、親が「お茶当番」として駆り出される。多くのチームでは監督の食事の世話もする。中には「監督の好み」の申し送りがされ「サンドイッチの切り方」や「おにぎりに入れる具」まで決まっていたりする。グラウンドの整備を親がすることも多い。

試合などの「遠征」に親が車を出すのは「当たり前」だ。家族のレジャーのために買ったミニバンがもっぱら「選手送迎車」になっていることも珍しくない。


画像はイメージ(写真:筆者撮影)

また試合後に監督やコーチの慰労会を催すこともあった。こちらはコロナ禍以降減っているようだが。さらに野球の経験があるなしにかかわらず、父親がコーチに駆り出されることもある。特に若い父親は断り切れない。

こうした中で持ち上がっているのが「親の負担の不公平」の問題だ。わが子に野球をさせるうえでは肩身の狭い思いをさせたくない。用具類は無理をしてでもそろえるが、共働き世帯が一般的になった昨今、親が子どもの練習や試合に付き合うことが実質的に不可能な家庭も多い。

一方で「一家を挙げての野球好き」の家庭では、総出で練習や試合に付き添うこともある。熱心な家庭からすれば「仕事」を理由に、チームへの協力を拒む家庭には不満が募る。

「チームを移りたい」という相談が増えてきた

全軟連の小林三郎専務理事は、通知を出した経緯をこう語った。


全軟連の小林三郎専務理事(写真:筆者撮影)

「少し前から『今、所属しているチームでは半ば強制的に親が駆り出される。可能であれば、もう少し緩いやり方をしているチームがあるので、そちらに移りたい』という相談が、都道府県支部に来ていました。

でも今の制度だと『チーム登録=選手登録』で、年度内にチームを代わることは認められない。もちろん引っ越しとか、パワハラ、暴言などがあった場合は認められることはありますが、監督の指導方針が合わないみたいなのは特別の理由にはならない。しかしそういう相談案件が、本当に増えてきました。

最近の親御さんは、いろんな仕事を持っておられるんですね。だから練習や試合に子どもを送迎したり、監督の身の回りの世話をしたり、これまでならごく普通にやってきたことが、今は難しくなった。新しく子どもをチームに入れた親御さんから『入ってみたらこんなことやらされた、こんなつもりじゃなかった』という声が出るようになったんです」

「一方で、子どもの野球に関わるのが大好きで、どんどん協力する親御さんもいる。熱心な親御さんに合わせたら、残りの人は付き合っていられなくなります。特に、土日の過ごし方ですね。親御さんの中には、土日が休みでも自分たちのレギュレーションで決まったことがやりたい、だから子どもの試合や練習には行けないんだという方もいる。

子どもの野球中心に回っているご家庭もいるけど、現実的には子どもの野球もいろいろある生活の1つだというご家庭の方が多いんです。だから通知にも書きましたが『親が協力して当たり前』という時代じゃないと。それをしっかり話し合ってほしいということです。

今では、ある家の親御さんは『すべてのことができます』、ある家は『これ以上はちょっと無理です』となるのが、当然の話だと。そういう中で、たくさん協力している家の子が試合にたくさん出るというのもよくないし、どちらかが不公平感を持ってしまうのがよくないですよ、ということです」

「それから、子どもをチームに入れる親御さんも、このチームのやり方はどうなのか、事前によく説明を聞いてくださいよ、と言っています。今言ったように、一度入ってしまえば、年度内にチームを代わるのは難しいですから。

最近は、ご家庭の負担を軽くする代わりに、月々何千円と言う運営費をとるチームも出ています。その代わりにチームのスタッフだけで全部やると。そういうチームは親御さんは一切ノータッチなので、関わりたい親御さんは寂しいかもしれません。またご家庭の負担も大きくなりますが、それも1つの選択肢かもしれません」

「改革に着手するのは難しい」

岡山県で少年野球チーム倉敷ジュニアリバティーズGM兼任監督を務めるとともに、山陽フロンティアリーグを主催する後藤尚毅氏は、今回の通知についてこう語る。

「時代の変化と個々の家庭のニーズの多様化に目を向けない限り少年スポーツとして野球を選択する家庭はどんどん減少していくと思います。しかし、既存チームの多くはこの通知の意図を汲んで改革に着手するのは難しいのではないでしょうか。

多くの学童チームは理念や運営方針に基づき選手が集っているわけではなく、〇〇小、〇〇学区の子どもたちが集まる地域のチームです。そして、毎年、高学年の保護者の方々が中心となって運営されている場合がほとんどなので、一貫した運営理念や方針などを構築し持続していくことは非常に困難な状況にあります。代が変われば方針が変わることなども当たり前です。

ですから、伝統あるチームで改革を進めたいと頑張る指導者が出てきても、来年には次の監督によって元通りの旧体制になったりもするので、新たなチャレンジはそもそも生まれにくい環境です」

「また、各地域で行われる全軟連の大規模なトーナメント大会を運営するには保護者のコミットメントが不可欠です。チームの役員のお父さんやお母さんが事前に会議に参加したり、当日朝早く集まって準備をしたりしてくれないと、何会場もあるトーナメント大会は運営ができない構造になっています。そうでないと成り立たない仕組みです。

仮に、この通知にあるように、全軟連が全国の学童野球に本気でイノベーションを起こすつもりがあるのなら、大会運営のあり方を検討したり、多様な方針のチームが存在しうるような環境整備にも取り組むべきです。すでに全軟連には所属せず、このような改革を進めている進歩的なチームが全国に存在しています。そんなチームとの連携を進めていくことも必要だと思います」

「この程度では変化は望めない」

前橋中央硬式野球倶楽部で小中学生を指導して、軟式も含めた少年野球の事情に通じている春原太一代表理事は次のように語る。

「通知を出さなければならないところまで放置してきたにもかかわらず、この程度では変化は望めないと思いました。学童野球をはじめ中学クラブチームなどは支部運営から大会運営までが、すべてボランティアで保護者を含めて多くの方に関わってもらわないと回らないのが現実です。ここが協力ありきの雰囲気を生んできたのだと思います。

チーム運営もボランティアが原則のチームほど、上記のような当番が回ってくるのだから普段から手伝わなければならないような雰囲気となると感じています」

「一般的な学童チームは、保護者は自分の子どもを預ける間だけ、代表や指導者が変わらずにチーム運営に関わります。保護者は言いたいこともいっぱいあるけど、やりたくないこともいっぱいあるけど和を乱したくない、人間関係を拗らせたくない。自分の子どもがいる期間だけやりやすければいい、終われば一緒に卒業できる、そんな立場の人が運営や指導に当たるわけです。

ただ、少年野球のこうした風潮に『問題がある』ということをあえて明文化して示したことは前進であるとは思います。全軟連はよほどの危機感を抱いたのだと思いますが、根はもっともっと深いところにあることをちゃんとリサーチして考えていくべきだと思います」

全軟連の小林三郎専務理事の真剣な口ぶりからは、今回の「通知」が、少年野球改革の端緒であることが見て取れた。とかく日本の野球界は「腰の重さ」が問題になるが、全軟連には少年野球人口の回復のためにも、機構改革も含めた二の矢、三の矢を期待したいところだ。

(広尾 晃 : ライター)