待機児童数が減少に転じる中、保育園のM&Aが活発化しています。その背景にある気になる事情とはーー?(写真::KazuA / PIXTA)

9月1日、こども家庭庁は2023年4月1日時点の待機児童数について発表した。全国の待機児童は2680人で、前年と比べ264人減った。調査開始以来、5年連続で最小となり、約86.7%の市区町村(1510自治体)で待機児童がなくなった。

待機児童が50人以上の自治体は6自治体まで減少した。こども家庭庁は、保育の受け皿拡大と就学前人口の減少などの要因で減少した地域がある一方で、保育需要の偏りや保育士が確保できずに利用定員が減ったことで待機児童が増加した地域もあるとしている。

安倍晋三政権で2013年に待機児童対策が国の目玉政策となってから、10年が経った。受け皿整備は進み、約82万人分の預け先が増加。認可保育園を中心とした保育施設は2015年の2万8783カ所から2023年に3万9589カ所まで増えた。

働く親にとっては保育園が増えることで就業継続が可能になるメリットがある一方で、この間、不適切保育や保育事故が目立つようになった。さらには保育士数を水増しすることによる運営費の不正受給問題まで起こっており、待機児童解消を素直に喜べない現実もある。

腕に歯型が残っていても、担任からの報告はなし

「子どもが保育園に入って仕事が続けられてよかったけれど、毎日、保育園でどう過ごしているか心配でしかたないのです」

都内の認可保育園に2歳の娘を預ける飯田香さん(仮名、38歳)は、子どもが登園してからお迎えに行くまでの間、保育園でケガでもしてはいないかと気が気でない。

お迎えに行って担任にその日の様子を聞くと「今日も元気でした!」で終わり。保育園に対する要望や質問など何を聞いても「園長に確認します」と言うばかりで、答えられる保育士がいない。保育士がすぐ辞めて入れ替わり、5年以上働いている保育士がいない状態だ。

飯田さんの娘は、他の園児からのかみつき、ひっかき傷をしょっちゅう作っている。腕にくっきりとした歯型が残っていても担任からの報告はなく、園児同士のトラブルがあったのか経緯を聞くと「見ていませんでした」。対応策を考える様子もないという。

同じ保育園の3歳児クラスの子の保護者は、「先生が子どもを整列させようとして無理やり腕を引っ張り、子どもの肩が脱臼した」という。4歳児クラスの子の保護者からは「先生の指示通りに動かない子が『赤ちゃんクラスに戻りなさい』と言われて、無理やり抱きかかえられて乳児クラスに連れていかれた。それを嫌がった子どもが保育士の腕から落ちて身体を強く打ってしまった」と聞かされた。

園内ではそうした話題に事欠かず、娘は日々、登園を嫌がっている。飯田さんは「せっかく入った保育園だけど、子どもの安全を考えたら転園を考えたほうがいいかもしれない」と、悩んでいる。

増加する、認可保育園での事故

どの保育園もこうした問題含みというわけではなく、適切に運営されている園は多い。ただ、認可保育園での事故は実際に増加しており、どこの園でも安心できるかというとそうではなさそうだ。

内閣府の「教育・保育施設等における事故報告集計」を見ると、認可保育園で起こった「死亡及び負傷等の事故」は2015年の344件から2021年は1191件へと3倍以上に増えている。2021年は骨折が最多の937件で、意識不明の事故が8件、やけどが2件、その他(指の切断、唇、歯の裂傷等)が242件、死亡事故は2件だった。

ただ、この事故報告集計は、「治癒に要する期間が30日以上の負傷や疾病を伴う重篤な事故」の場合に報告義務があることから、前述の飯田さんの保育園で起こったようなケースは含まれていない。

こうした背景に、筆者は待機児童解消のための保育園急増があると考えている。

安倍政権が待機児童対策を国の目玉政策にした2013年以降、「保育の受け皿整備を株式会社に担ってもらう」という方針が打ち出された。その結果、営利企業による保育園が急増。営利企業の認可保育園は2014年の723カ所から2021年は3151カ所に増えている。

ただ、志をもって保育を始めた事業者ばかりではなく、なかには時流に乗って”保育は儲かる”と参入した事業者も存在するのが現実だ。それは社会福祉法人も同じ。取材をする中で、利益重視で事業拡大を目指す社会福祉法人も現れており、それはこの10年の大きな特徴だと考えている。

複数の社会福祉法人の保育園の園長らが「法人の本部は利益重視。保育士の待遇が良いとも言えません。保育の内容の素晴らしさというより、各園の黒字額を競わされるようになりました」と疑問視する。そうした園では共通して「保育士の離職が多いことで保育士が育たず、子どもの安全が守られるか心配だ」という声も聞かれる。

急ピッチに保育園が作られたことで保育士不足に拍車がかかり、人材育成も追いつかないなど、保育の質の低下を心配する声があるなかで、保育業界は新たな局面を迎えている。ここにきて待機児童が減り始め、出生数が急速に減少するなど需要と供給のバランスが崩れ始める中、保育事業からの撤退が始まったのだ。保育業界ではかつて考えられなかったM&A(企業の買収・合併)も活発化している。

大手各社はM&Aを行う経営方針を打ち出しており、最近では保育大手で「グローバルキッズ」保育園など188カ所を展開するグローバルキッズCOMPANYが2023年7月、同社がグループで運営する大阪市にある認可保育園5カ所を社会福祉法人に譲渡すると公表。続く8月には東京都が独自に認める「認証保育園」6カ所を他社に譲渡すると公表した。

同社は事業譲渡についてプレスリリースし、その理由を「保育需要の見込みを見極め、運営上の収支も検証した結果、首都圏で中長期的に堅調な運営(収支)が見込まれる保育所等に経営資源を集中する」としている。

こうした保育園のM&Aは、数年前から起こり始めている。ある保育運営会社大手の幹部は「毎日のように保育園を買わないかという営業の連絡がくる」と話す。ある地方の社会福祉法人には「保育園を売らないか」と営業の電話が連日かかってくるという。

不採算部門からの撤退は、一般の企業にとっては当然のこと。しかし、保育の世界でM&Aが起こるとは多くの業界関係者にとって想定外の出来事で、現場が混乱しているケースは少なくない。

保育士の人員体制は変わらずギリギリ

M&Aによって運営会社が変わった保育園のある園長は、こう話す。

「以前の経営者は現場に必要な経費を入れてくれず、園長である私が自腹を切って玩具や消耗品を揃えていました。人員配置にまったく余裕がなく、保育士が研修に出ることもできない状態で、長時間労働が恒常化していました。

M&Aで経営者が変わって改善されると期待しましたが、残念ながら保育士の人員体制は変わらずギリギリ。保育園が定員割れすれば現場の責任が問われ、賞与の査定を下げると言われました。良い保育ができるよう現場は善意で頑張っていますが、それも限界で次々に保育士が辞めていきます」

他のM&Aで保育園が譲渡されたケースでは、継続して同じ保育園で働く場合は園長職でさえ契約社員になるという労働条件の切り下げを提案されたため、園長をはじめ保育士の多くが退職したという。

保育を得意とするある経営コンサルタントは「待機児童が減るということは、ビジネスとしては先行きが見えなくなったことを意味します。売却益が出るうちに売り逃げしたい経営者が日々、相談にやってくる」と明かす。

筆者のこれまでの取材や調査から、“保育は儲かる”といわんばかりに参入した事業者は保育士の賃金を低く抑え、配置基準ギリギリでしか雇わないことで人件費を削減。経営者だけが多額の報酬を得るケースが散見された。経営者が運営費の私的流用を行っている実態もあり、これまで行政による監査でいくつもの会計不正が見つかっている。

認可保育園など公に認められる保育事業は、運営費の大半を人件費が占める。行政から支払われる運営費のうち基本的な人件費分だけでも8割を占める。そのなかで利益を残そうとすれば、人件費を削るしかない。

1990年代までは認可保育園の設置・運営は自治体か社会福祉法人にしか認められていなかったが、2000年に営利企業や宗教法人などへの参入が認められた。それと同時に、運営費の使途制限の規制緩和が行われ、本来は人件費に使う分が他に流用できるようになる「委託費の弾力運用」が認められた。

国は保育に必要な経費として人件費、事業費、管理費を見積もり、自治体を通して運営費の「委託費」が各認可保育園に支払われている。かつて「人件費は人件費に使う」という厳しい使途制限があったが、2000年に大幅緩和。一定の条件の下で、人件費、事業費、管理費の相互流用はもちろん、同一法人が運営する他の保育園や介護施設にも流用できるようになった。

ある程度の経営の自由度は必要だが、現在、委託費の年間収入のうち4分の1もの額を流用することが可能になっていることから、多額の人件費分が人件費以外に流用される実態がある。十分に人件費がかけられず、少ない人手で低賃金となれば保育士はバーンアウトしかねず、良い保育の実現には限界が生じる。

そうしたなか、人事院勧告で2023年の公務員の給与が引き上げられることになり、民間の認可保育園で働く保育士の給与も上がる予定だ。保育士の処遇改善につながるが、留意すべきは、「委託費の弾力運用」の構造を残したままでは、経営者にとって流用できる人件費の金額が増えることにもなる。

そもそも保育園は児童福祉法に基づいて設置・運営されており、保育園や幼稚園などの運営費だけでも年間に約1兆5000億円もの税金が投入されている。そして、国の「保育所保育指針」では、保育園の役割をこう定めている。

「保育所とは保育を必要とする子どもの保育を行い、その健全な心身の発達を図ることを目的とする児童福祉施設であり、入所する子どもの最善の利益を考慮し、その福祉を積極的に増進することに最もふさわしい生活の場でなければならない」

必要な保育士の人数が確保できず、相次ぐ不正

子どもの最善の利益を守るのは保育士であるが、必要な保育士の人数が確保できず、保育園側が虚偽の名簿を自治体に提出するという不正が相次いで起こっている。保育大手のグローバルキッズは本部関与の下、5年弱にわたり名簿偽造などによって運営費などを不正受給したことが昨年の夏に明るみになった。同社によれば、その金額の合計は約2200万円となった。特別指導検査を行った東京都の検査資料には「重大かつ悪質」と記されている。

今年8月には東京都目黒区の私立認可保育園「ピュアリー目黒南保育園」(運営は川崎市にあるフェイスフルラバーズ社)でも、保育士数の水増しなどによって3年間で約5500万円の不正受給を行っていたことを目黒区が公表したばかり。同社傘下の保育園がある川崎市も指導検査を行っている最中だ。

待機児童の増減に注目が集まるが、多額の税金を投入して保育園が運営される意味を考え、保育の質や保育園の運営事業者の質にも目を向けていかなければならないだろう。

(小林 美希 : ジャーナリスト)