職場内恋愛で結婚した夫婦。そのきっかけとは?(イラスト:堀江篤史)

職場内結婚が少なくなったと指摘されて久しい。正社員の減少、セクハラ予防などに加えて、オンラインによるコミュニケーションが増えたことが、職場内での人間関係をますます希薄にしているのが原因では、と筆者は思っていた。

しかし、オンライン化によって個別の会話量を劇的に増やし、職場内結婚に発展したカップルもいる。それぞれシステムエンジニアの門脇修さん(仮名、40歳)と美里さん(仮名、31歳)だ。

4年前に結婚した2人の間にはすでに0歳児と2歳児の娘がいる。Zoomでのインタビューを申し込んだところ、<21時〜23時の間であれば平日・休日夫婦共にいつでも大丈夫です>との返信があった。共働きで子育て中の夫婦にとって、子どもを寝かしつけてからが自分たちの貴重な自由時間なのだろう。

文化系芸人のような夫と、ニコニコしている妻

画面の向こう側にいる修さんは彫りが深めの顔立ちで、穏やかだけどこだわりは強そう。文化系の若手お笑い芸人のような雰囲気である。その隣には小柄な美里さんがニコニコしながら座っている。

取材に応募してくれたのは美里さんで、「緊張しい」の夫のために事前に質問事項を送ってほしいとの連絡が来ていた。おっとりしている兄としっかり者の妹のような組み合わせである。

大手IT企業で働く修さんは、大学を卒業して入社して現在に至る生え抜き社員。独身寮などで一人暮らしをしながら恋人ができることも少なくなかったと振り返る。

「社会人になってから最初にできた彼女は3歳年上でした。そろそろ結婚を考えていたようですが、僕にはまだその気持ちはなくて……。1年弱で別れたと記憶しています。マッチングアプリなどは一般的ではなかった時代なので合コンなどをしていました。結婚への意識が少しずつ高まったものの、まだ自由に遊びたい気持ちと他の人の人生を抱えることに自信がなく、彼女ができても次に踏み出せなかったのが正直なところです」

真面目な修さんはインタビュー項目への回答を準備してくれたらしい。「仕事の実力はまだまだで、貯金もあまりなかった」という当時の状況と心境を時系列で丁寧に話してくれる。

「30歳前後で、周りが変わりました。今までチャラチャラ遊んでいた友だちが急に結婚すると言い出したり。飲み会も減ってしまったのでアプリで会った女性とお付き合いしたこともありますが、結婚の決め手がますますわからなくなっていました。年齢とともに理想が上がってしまい、『一緒にいて楽しいだけで結婚しちゃダメなんだろうな』と思い始め……。まさに混迷期です」

自信はないけれど理想は高い。いろいろ考えるけれど、リスクを負った行動には踏み切れない――。ちゃんと稼ぎながらも晩婚になりやすい高学歴男性の典型例である。

同僚として美里さんと出会う

新たな出会いを探すことすら面倒だと感じていた頃、あるプロジェクトの同僚として美里さんと知り合った。なお、美里さんは中小IT企業からの派遣という形で修さんの会社の案件に参加。修さんがプロジェクト内小チームのリーダーで、美里さんは開発担当者という役割だった。

「3カ月間ぐらいのプロジェクトでしたが、当初から『かわいいな。ハキハキした明るい人だな』とは感じていました。とはいえ、そのときの僕はすでに35歳。見た目と雰囲気ぐらいでは心が動く年齢ではありません。結婚に関してはあきらめかけていました」

そんな修さんをしびれさせる出来事があった。美里さんに作成を依頼した仕様書が想定とは「だいぶ違う」成果物となって上がってきたことだ。

「僕の指示はほぼ無視した内容でした(笑)。でも、意図はちゃんとくんでくれて、よりいいものになっていたのです。大いに感心しました」

趣味でも仕事でも「自分の想像を超えてくるもの」が好きだという修さん。映画作品などでも「こうなるのかな?」という予想を「そういう展開か! すごーい!!」と感動すると好きになっているらしい。言葉遣いも含めて、女子力が高めの男性である。

職場恋愛は嫌だった美里さんだが…

一方の美里さんは結婚願望は薄かったものの25歳ぐらいから「子どもが欲しい」という気持ちが急に高まったと振り返る。同い年の恋人からは「結婚は30歳まで待ってほしい」と言われ、即座に別れを決意。決断力に長けた女性だ。なお、職場恋愛は嫌だったと語る。

「同じチーム内の男女が付き合ったり別れたりに巻き込まれたことがあるからです。仕事は大事なので、恋愛関係での面倒は避けたいと思っていました」

この理由で修さんからのアプローチも最初は断ったという美里さん。ただし、「お試しでもいいから」と粘る修さんに好意を覚えていたのは否めない。一緒に仕事をしていただけでなく、オンラインゲームをしながら会話を重ねていたからだ。

「Nintendo Switch『スプラトゥーン2』というゲームです。私は1もやったことはなかったのですが、友だちに勧められて気になっていました」

スプラトゥーンの先輩でもあった修さんはこのチャンスを見逃さず、他の同僚も誘って4人でチームを作り、見知らぬチームとのオンラインでの対戦を楽しんだ。ボイスチャットでおしゃべりしながら戦うことが普通らしい。

「オンラインだから、男女を意識しすぎずに夫(修さん)と交流できたのは確かです。翌日が休みであれば、残業後の深夜でもゲームをしながら話すこともありました」

2人の出会いの場でもあったプロジェクトの終了後、修さんと美里さんは2人きりで飲みに行った。何事もなく解散して、それぞれの家に帰ってからも一緒に『スプラトゥーン2』を楽しみ、終わってからもボイスチャットで雑談。そのときに美里さんが「お勧めのマッチングアプリを教えてほしい」と言い出した。結婚に向けた出会いを求めていたものの、アプリには危険も多いと聞いたことがあるからだ。

すでに美里さんへの気持ちが高まっていた修さんは美里さんが結婚相手に求める条件を聞いた。親とは同居しないこと、非喫煙者であること、などの一般的なものだった。修さんはすかさず立候補。その熱意に押された美里さんは、交際について職場の人には言わないことを条件に「お試しの交際」を受け入れる。

お試し期間は3カ月ほどだった。その間にお互いの根本的な価値観についてチェックをし合い、問題なければ結婚する。ズルズルと付き合ったりはしない。すべて美里さん主導でチェック作業を進めた。美里さんには「子どもは2人以上欲しい」の他、親との関係性で譲れない希望があった。

「私の親はある宗教の信者です。私自身はあまり熱心に信仰しておらず、自分の配偶者や子どもに入信してほしいとも思いません。でも、信仰を理由に親と縁を切りたいとも思っていないので、夫になる人にはそつなく受け流してほしいと望んでいました」

何でも対等に話し合える。この人なら大丈夫と思った

美里さんがチェック項目をエクセルに書き出してきたことに驚いた修さん。でも、いずれも大切な項目であり、美里さんは自分の価値観を一方的に押し付けているわけでもない。修さんは自分自身も結婚相手に対等でオープンな話し合いを求めていると気づいた。

「共同生活にはいろいろ問題が起きるはずで、そのときに冷静に話せることが大事だからです。彼女の仕事の様子を見ていて、この人なら大丈夫だろうとは思っていました」


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何でも話し合う習慣は、実際の結婚生活でも役立っている。例えば、食後の後片付け。料理は美里さんが作るので、食器を洗って片付けることは修さんが担当している。しかし、「机の上はすぐに片付けたい」美里さんに対して、修さんはそれほど気にならず、少し食休みをしてから家事をしたい。

修さんが立ち上がる前に美里さんが片付けることが続き、「嫌な気持ちになっていた」と語る美里さん。それを蓄積することなく話し合ったところ、修さんは片付け作業を美里さんにやらせようと思っているわけではないことが理解できた。

「だんだん折り合いがつくようになりました。私は机の上が片付いていなくも前ほど気にならなくなったし、夫のほうは片付けを少し早めにやってくれるようになったと思います」

修さんは育児休暇を合計2年間取得。2人の娘たちに服を着せたり寝かしつけたりするのはお手の物だ。

「子どもの成長を見るのは感動と驚きに満ちあふれた日々です。僕がリビングで寝ていると、近寄ってよじ登ってくるのも面白い。2人とも圧倒的に可愛い存在です」

美里さんは結婚後に大手のITコンサルティング会社への転職を果たす。在宅勤務だが、業務量は多いので家事や育児は修さんとほぼ半々。そのやり方や負担割合に関して「ケンカっぽく」なることもあるが、解決するまで話し合うスタンスは変わっていない。

「妻のほうが口が立つので、僕は終始押され気味ですけど……」

そうボヤく修さんだが、ゲーム仲間でもある美里さんとの友情は続いている。現在は『ファイナルファンタジー16』をそれぞれプレイしているらしい。

「周囲が既婚者になって会える友だちが減っていたので、ゲームで一緒に盛り上がれる存在がそばにいるのは幸せです」

職場や趣味の集まりではもともと共通点があり、時間をかけてお互いを知ることができる。親との関係性や子どもが欲しいかどうかなどの見えにくい部分は、交際中に確認すればよい。いつまでも兄妹のような友だちのような雰囲気の修さんと美里さんの話を聞きながら、会社や社会人サークルなどのコミュニティーを共有することの効用を感じた。

本連載に登場してくださる、ご夫婦のうちどちらかが35歳以上で結婚した「晩婚さん」を募集しております(ご結婚5年目ぐらいまで)。事実婚や同性婚の方も歓迎いたします。お申込みはこちらのフォームよりお願いします。

(大宮 冬洋 : ライター)