人型巨大ロボット「アーカックス」。全高は4.5メートルある(記者撮影 ©ツバメインダストリ)

「機動戦士ガンダム」や「ゲッターロボ」などに代表され、世界中で数多くの熱狂的なファンを有する日本のSFロボットアニメ。

大地や宇宙を縦横無尽に駆け巡り、ビームや剣などの武器や、ロケットパンチといった必殺技で敵と闘うロボに魅了された少年少女の中には、「いつか自分も操縦してみたい」と夢見た人も多いのではないだろうか。

そんなロマンが、とうとう現実になった。

ロボット開発を手がける東京都江戸川区のベンチャー企業「ツバメインダストリ株式会社」が8月、搭乗用の人型ロボット「アーカックス」を完成させ、国内での先行販売を始めたのだ。

価格は1台4億円で、限定5台の受注生産。胸部に設けられたコックピットに乗りこみ、全高4.5メートル、重さ3.5トンの巨体を意のままに操ることができる。さらに、人型の「ロボットモード」から走行用の「ビークルモード」への変形機構も搭載し、メカ好きの心をくすぐる。

アニメの世界が現実のものに

ネイビーを基調とした塗装の装甲に身を包んだ、台形型のゴツゴツとしたシルエット。

両腕の前面にむき出しとなっている黄色の動力パイプのようなパーツが、戦闘用ロボットを模した雰囲気を際立たせる。頭部には爛ンダム瓩謀仂譴垢訶╂力「ジオン公国軍」の主力モビルスーツ「ザク」を連想させるオレンジ色のモノアイ風ライトが、妖しく光る。


ビークルモードに変形(記者撮影 ©ツバメインダストリ)

8月19日、メディア向けの内覧会が開かれ、神奈川県横浜市の本牧埠頭にアーカックスが姿を現した。脚部に取り付けたタイヤ4輪を用いて走行した後、ウィーンという心地よい駆動音を響かせながら両腕や腰をなめらかに動かし、歌舞伎役者が見得を切るようなポーズまで取って見せた。

さらに前脚を前方に展開し、両腕を折りたたみ、目の部分にもバイザー様のカバーを降ろすことで、走行用のビークルモードへの変形も披露した。その間わずか15秒。通常時の最大速度は時速2キロだが、この状態では時速10キロまで速くなる。

SF世界から飛び出してきたような造形と動作が、非日常的な雰囲気を演出する。発表会場は何の変哲もない大型物流倉庫だったが、まるでロボットの秘密基地に迷い込んだようだった。

2本のジョイスティックとペダルを駆使し、デモンストレーションを担当した「パイロット」は、ツバメインダストリの石井啓範CTOだ。日立建機出身、横浜港で展示されている「動く原寸大ガンダム」の開発を主導したフリーエンジニアで、アーカックスの設計も担った。(石井さんのガンダム開発についての詳細はコチラ


コックピットから説明する石井啓範CTO(記者撮影 ©ツバメインダストリ)

動力にはEV向けのバッテリーを採用し、関節には産業用ロボット、フレームや操作系には建設機械の技術を活用した。内部のフレームは鉄やアルミ合金の金属製で、外装は繊維強化プラスチックを使用し、メカとしての質感維持と軽量化の両立に成功。胸部などに取り付けた計9台のカメラで、コックピット内に設けた4面モニターに外の様子を映し出す。

産業用ロボットや建設機械の安全規格に準じ、低重心で転倒しにくい構造にした。ハッチを開き、操縦席から舞い降りた石井さんは、「今度は人が乗って動かせる物にこだわりました。『カッコイイ』と言ってもらえるのが、いちばん嬉しいです」と笑顔を見せた。

SNSでスペシャリスト集める

アーカックスはツバメインダストリの吉田龍央CEOが企画し、構想に約3年、開発に約2年半をかけて完成にこぎ着けた。

祖父が鉄工所を営み、幼い頃からものづくりに親しんでいたという吉田さんは、明治大に在学していた2019年、電動義手などを製造する会社を起業。自らも開発者として事業に邁進する傍ら、かねて目標としていたガンダムのような巨大ロボットの製作に乗り出すことを決意した。


吉田龍央CEO。開発メンバーに共通するのは「ロマンを実現したい」という願いだという(記者撮影 ©ツバメインダストリ)

主にSNSを用いて仲間を探し、石井さんをはじめとして設計や映像などの各分野でのスペシャリストを9人集めた。開発メンバーに共通するのは、「ロマンを現実にしたい」という強烈な願いだという。吉田さんはこう語る。

「すべての産業は夢に対するロマンから始まりました。例えば航空機だって、宇宙開発だって最初はSF世界の話でした。それが今は実現している。搭乗型ロボットが日常的に活躍するような未来も、きっと訪れると思います。まずはエンタメの分野から入り、将来的には災害現場や宇宙空間でも使えるようなものを作りたい」

デザインを担当した堀田智紀さんも、そんな思いに共鳴した一人だ。普段は「AK_BAN」(アカバン)というハンドルネームで、フィクション作品向けのフリーメカデザイナーとして活躍している。オリジナルの人型ロボット兵器の絵をSNS上に投稿していたところ、吉田さんにスカウトされてチームに加わった。

これまでにフィギュアなどの立体物を手がけたことはあったが、猖槓瓩鮃佑┐襪里賄然ながら初めて。可動域などについて、設計担当の石井さんらと実現可能性を確認しながら、手探りでの造形が続いた。50回以上に及んだという修正作業の中でも、人型へのこだわりは捨てなかった。

「会議では『手は5本指でなくてもいいのでは』という意見も出ましたが、『そこは絶対に5本指!』と主張しました。実際に動かすものなので、置物っぽくならないように心がけました。完成したアーカックスはイメージ通りの完璧な出来映え。感動しました」(堀田さん)


デザインを担当した堀田智紀さんはSNSの投稿がきっかけで開発メンバーに加わった(記者撮影 ©ツバメインダストリ )

吉田さんが立てた事業計画を基に資金を募り、鳥取県で転職サービスや不動産売買のグループ企業を展開する「ヤマタホールディングス」などが出資した。産業機械向け精密機器大手のナブテスコからの技術支援も受けている。10月15日までスポンサー企業を募集しており、300万〜3000万円の協賛金を支払うことで、金額に応じた大きさの企業ロゴをアーカックスの外装に掲載することができる。

とはいえ、4億円もする「巨大なおもちゃ」が本当に売れるのか。吉田さんは「現時点での受注状況は明かせない」としつつ、「主なターゲットは海外の超富裕層。ハイパーカーやクルーザーを買うような人たちは、アーカックスにも興味を持つはず」と自信を見せる。

同社によると、1台100万ドル以上の超高性能車は世界で年間数千台が売れているものの、購入者のほとんどがナンバーを取得せずにガレージで眠らせているという。こうしたコレクション需要に割り込み、「自分専用ロボットの所有と搭乗」という近未来的な体験に価値を感じてもらおうという戦略を立てた。

受注生産のため、1〜1年半の納期を要するが、カラーリングやデザインの変更も顧客のリクエストに応じる方針。爛ンダム瓩謀仂譴垢襯─璽好僖ぅ蹈奪函屮轡礇◆廚自身の乗機を真っ赤に染め上げていたように、唯一無二の専用機を生み出せるのも魅力だ。

人型巨大ロボには日本文化が凝縮されている

吉田さんはこの事業に懸ける思いを、次のように語る。

「アーカックスにはさまざまな分野の工業技術が用いられているうえ、アニメや漫画の要素も取り入れていて、まさに日本文化が凝縮されています。一方、日本は元々ものづくりが得意な国なのに、今は衰退していると言われる。ユニークな商品を売り出すことで面白さを感じてもらい、その道に進むような子どもや学生を増やしたいです」


手は5本指に。「本物感」にこだわった(記者撮影 ©ツバメインダストリ)

今年10月には東京ビッグサイトで開かれる「ジャパンモビリティショー2023」に出展し、アーカックスを初めて一般向けにも公開する。一方、試乗会の予定は一切ない。「実際に買った人だけが乗れるというステータス感を大切にしたい」と石井さんは語る。

購入者は操縦のための訓練をマンツーマンで受けられ、修了すると同社公認の「パイロット・ライセンス」が授与されるという。

今後の展開にも余念がない。アニメ化やプラモデル化といったキャラクターの2次利用や、リース事業などでの収益化も視野に入れる。さらに「マクロス」や「アクエリオン」などの人気アニメシリーズで有名なデザイナー、河森正治さんとコラボレーションし、河森さんがデザインした機体の製品化プロジェクトが始動。11月ごろに詳細が発表される予定だ。

AR技術を利用して、人が乗ったアーカックス同士でフィールドを走り回り、サバイバルゲームのように模擬戦闘を楽しめるサービスの展開も構想している。熱きロマンチストたちの挑戦が、次はどんな夢を叶えてくれるのだろうか。

(石川 陽一 : 東洋経済 記者)