東京・渋谷区内のガソリンスタンド。セルフ式でも180円を超えていた(8月30日時点、記者撮影)

8月30日、東京・渋谷区内のセルフ式ガソリンスタンドでは「レギュラーガソリン182円」の電光掲示板が一際目立つ。

この日、発表されたレギュラーガソリンの全国平均小売価格は1リットル当たり185.6円(8月28日時点)。15週連続の値上がりとなり、2008年8月に記録した185.1円を上回り過去最高値となった。東京は187.9円、沿岸部の製油所から遠く、輸送コストがかかる長野県では194円と、200円に迫る地域もある(4県で190円を突破、「ガソリン価格」ランキング)。

それでも、国の価格抑制策でガソリン価格は10円程度抑えられている。

補助金は石油元売り会社に支給

現在の補助制度では、基準価格168円を超える分の3割を補助。さらに193円を超えた部分の85%も補助するという2段構えになっている。補助金はガソリンスタンドではなく、石油元売り会社に支給される仕組みだ。補助金はガソリンだけでなく、軽油や灯油なども対象になっている。

「元売りが補助金で儲けているという指摘もあるが、補助金は全額卸売り価格に反映される。むしろ申請の事務手続きは膨大で、システム改修も行った。そこに対する支援はない」と石油業界関係者はぼやく。

資源エネルギー庁によれば、9月6日には補助金なしの予測価格は195.7円となるが、補助金支給で186円に抑えられるという。

ガソリンスタンドに給油に訪れた公務員の男性は、「政府が価格を下げてくれるのはとりあえずありがたい。ただ、税金で対応するわけだから、結局は国民負担となり、増税につながるかもしれない。複雑な気持ちだ」と話す。

別の会社員は、「ガソリン価格が抑えられると運送業者なども助かる。巡り巡って車を使わない消費者にも恩恵は及ぶので、(財政支出があっても)結果オーライではないか」と言う。

8月30日夕方には岸田文雄首相が、9月末で終了するはずだったガソリン補助金を年末まで延長すると表明した。補助率をかさ上げする新たな補助制度を9月7日から立ち上げ、10月には175円程度に価格を抑え込むという。

これに先立って自民党から首相に出された緊急提言では「国民が負担減の効果を実感できる水準」にすること、「その後も原油価格の動向をふまえ機動的な対応を行う」ことを求めており、補助金のさらなる延長が早くも取り沙汰される。

給油業者でつくる全国石油商業組合連合会(全石連)の森洋会長は、「6月から激変緩和事業(補助金)の出口戦略が始まり、補助金が段階的に引き下げられてきた中で、組合員からは消費者の家計への影響を危惧する声が出ていた。とりわけ北日本地域の消費者からは、灯油価格が上昇していくことに強い危機感を訴える声が多く寄せられていた。補助金制度が年末まで延長・拡充されることには安堵している」と話す。

補助金の効果が現れるには数週間程度かかる

ただ、各ガソリンスタンドは新補助制度導入前の高い価格で在庫を抱えることから、かさ上げされた補助金の効果が出てくるまでにはタイムラグがある。森会長は、「在庫が切り替わるタイミングはSSごとに異なるので、新しい補助金の効果が現れるには数週間程度かかる」と注意を促す。

今回の補助金制度延長について、緊急提言を議論した8月29日の自民党政務調査会の全体会合では、「国民に見えやすい形にすることが重要」「(より価格の高い)ハイオクを指標にしたほうが効果的」などの意見も出たという。制度延長の背景には、支持率低迷にあえぐ岸田政権への焦りも見え隠れする。

野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストは、「日本の消費は比較的安定していて、4〜6月期のGDPは6%成長(年率換算)だ。ほかの主要国よりも圧倒的に経済がいい中で、他国が打ち切っている(燃料税引き下げなどの)対策を続けることに、政治以外の根拠はない」と指摘する。


ガソリン価格はそもそも、原油仕入れコストに元売りの精製・輸送販売コストや利益(マージン)、ガソリン税(揮発油税・地方揮発油税:本則28.7円、特例25.1円)、石油税(2.8円)が加わった卸売価格に、小売店(ガソリンスタンド)のマージンが乗り、そこに消費税がかかる仕組みになっている。

現在原油の仕入れコストは全体の4割程度を占め、国際的な原油価格や為替にガソリン価格は大きく左右される。

2022年1月から導入された補助金は、2022年6月のピーク時には41.9円の価格抑制効果を発揮し、補助金なしで215.8円になる価格は173.9円に抑えられた。当時は1バレル120ドル(WTI原油先物)を超える原油高で、補助金政策はそれなりの効果を発揮した。

原油価格が1バレル70ドル前後で落ち着いていた2023年6月から政府は補助金を段階的に縮小してきたが、7月以降原油価格は再び上昇し現在1バレル80ドル台、2022年6月に1ドル130円台だった為替は、足元で145円程度と円安が進行している。補助金縮小と同時にガソリン価格は目に見えて上昇を続けている。


木内氏は、「(政府は)段階的に補助金を縮小することでガソリン価格はじわじわ上がっていくことを国民はわかっていると思っていたのだろう。過去の推移や効果が十分伝わっていない中で、足元で価格が上昇した現象だけがクローズアップされ、予定通りやったこと(補助金縮小)がサプライズになってしまった」と指摘する。

それでも2022年のピークからガソリン価格は相当下がっており、補助金は予定通り打ち切るべきだったと木内氏は強調する。

「今回のタイミングで政策の衣替えをすべきだった」

木内氏が考える補助金延長の弊害は3つある。まず、補助金制度延長で、これまで6.2兆円が計上された予算がさらに拡大する恐れがあることだ。「出口」が見えなくなり、財政負担がどこまで広がるのか見通せない。結局、税金や国債発行で賄うので、最終的に国民の負担増になる。

2つ目の弊害は、脱炭素社会への転換にブレーキをかけることだ。ガソリン価格を統制すれば、ガソリンの購入を控えたり、EV(電気自動車)に買い替えたり、公共交通機関を利用したりする行動を抑制してしまうことになる。

3つ目は、市場のメカニズムを歪めていることだ。補助金制度は、小売価格を直接コントロールせず、元売りに対して支給する仕組みのため、小売り段階の価格設定によっては正常な競争をゆがめてしまう恐れも出てくる。

「そもそも税金で多くの人からお金を集め、多くの人にお金を配るような政策は付加価値があまりない。所得制限を設け、地方で車を使う人、零細企業や漁業者など、本当に困っている人に給付金などの形で支給するほうが政策としての価値は高い。今回のタイミングで政策の衣替えをすべきだった」と木内氏は言う。

補助金延長とは別に、「トリガー条項発動でガソリン価格を抑制するべきだ」との意見も根強い。トリガー条項とは、ガソリン価格が3カ月連続で160円を超えた場合、特例(暫定)部分の25.1円を減税する措置(3カ月連続で130円を下回れば税率は元に戻る)。

2010年の民主党政権下で租税特別措置法が改正されて設けられた制度だ。ただ、2011年の東日本大震災で復興財源確保のため、トリガー条項は凍結され現在に至っている。トリガー条項の凍結解除はもともと2021年秋の衆院選で国民民主党が公約に盛り込んだもので、2022年3月には政府・与党も前向きに検討していた。

しかし、ガソリン税をめぐっては、過去に「ねじれ国会」が原因で1カ月だけ暫定税率が失効し、税率が短期間に目まぐるしく変わったことで消費者、ガソリンスタンドで大混乱が起きた。ある自民党関係者は、「灯油や重油などが対象にならないし、とくに地方の税収を失うことにもなる。そもそも野党の案には乗れない」と話す。

国は財源をみすみす手放さない

一方、ガソリン税に消費税が上乗せされている「二重課税」「特例税率」に対して、元売りの業界団体である石油連盟や日本自動車連盟(JAF)は是正や廃止を求め続けている。

1989年に消費税が導入された際、二重課税にならないよう諸税との調整が行われたが、石油関連の税金は道路特定財源として使途が決まっていることを理由に、ガソリン税などを含む販売価格に消費税が上乗せされることになった。2009年に道路特定財源が廃止され、石油諸税は一般財源化されたが、調整措置はとられていない。

だが、現在ガソリン税は2兆3000億円を超える税収になっており(2022年度)、国はこの財源をみすみす手放す気配はない。

結局、繰り越し予算を財源にガソリン補助金は延長されることになった。業界からは、「補助金延長の是非を言う立場にはないが、出口ではソフトランディングさせてほしい」(石油連盟)、「SS店頭などで混乱が発生しないよう緩やかに補助金を縮減していくなど、適切な対応をお願いしたい」(全石連)との声が相次ぐ。

ガソリン補助金の延長で、政府は「出口戦略」という難題を抱えてしまった。

(森 創一郎 : 東洋経済 記者)