余ったコスメをさまざまな色材に生まれ変わらせる事業が、注目を集めています(写真:モーンガータ)

コロナ禍が明け、脱マスク生活が訪れたことで、日常的にメイクする生活が戻ってきた。古いコスメを処分して、新しいものを買い足した人も多いだろう。

これらの捨てられてしまうコスメを、さまざまな色材に生まれ変わらせる事業をおこなっているのが、化粧品会社の研究員だった田中寿典さんが立ち上げた「モーンガータ」だ。起業から4年。今では、絵の具や印刷用インク、さらにはこの夏の青森ねぶた祭りの「山車」の赤色の着色にまで使われている──“コスメ色材”の可能性に迫る。

使い切れずに捨てる人が8割超

洋服と同様、季節や流行に合わせて変えるメイク。

とくにアイシャドウは、メーカーから毎シーズン発売される何色も入ったかわいいパレットや、自分の好みや流行色を単色で買い足していき、その日の気分や服、出かける場所に合わせて思い思いに使い分ける人が多い。


コスメを使いきれずに捨てている人は86.3%にもおよぶ(写真:モーンガータ)

当然、よく使う色、あまり使わない色などが出てくるため、全部使い切ることは難しく、古くなって処分……となることも少なくない。

モーンガータが独自で行った「余ったコスメに対する認識調査」によると、使い切れずに捨てる人は86.3%、余らないように使い切る人は9.7%、別の方法で使い切る人は4.0%と、メイクとして使い切っている人は1割にも満たないそうだ。

化粧品業界は、プラスチックボトルの削減や再利用、サステイナブルな原料の使用や動物実験の廃止など、地球にやさしい取り組みには積極的だ。また、女性の働き方改革や、ジェンダーレス商品の開発など、多様性の観点でも先進的な事例を数多く輩出している。

しかし、モーンガータ代表の田中寿典さんによると「回収〜再利用で主流なのは、スキンケアの容器。メイク用品はネジやミラーが付いていて、回収しても意外にリサイクルしにくい。また、一般ユーザーから出る使い切れなかったコスメのほかにも、化粧品企業からは開発途中で試験用のものなど、どうしても廃棄するものも出てしまう」と言う。

開発のきっかけは?

「研究員として、自分で作ったものが捨てられることの悲しさや、自身が開発途上で捨ててきた化粧品の中身の多さにもったいなさを感じた。何かできないかと思っていたとき、姉が化粧品を使って絵を描いていた。アイライナーや口紅はそのまま描くことができるが、アイシャドウは扱いが難しかった。それで、画材として利用できるようにするにはどうすればいいかを考え始めた」(田中さん)

それこそ、アイシャドウは色数も多く、最もお絵かきに適したコスメのような気がするが、「水に強いウォータープルーフタイプでなくても、アイシャドウは汗で流れたり、崩れたりしないように粉体粒子が油でコーティングされている」(田中さん)ため、水彩絵の具のように使うことができない。

化粧品会社に在職中からどうやれば粉状コスメを色材化できるか、処方の構想を練り、2019年9月に姉弟で起業。そして、2020年1月に誕生したのが、アイシャドウを色材に変える「magic water」だ。

これは、化粧品を水彩絵の具化するための希釈液で、手持ちのアイシャドウやチークなどの粉末状の化粧品に馴染ませると、コーティングされている油が除去され、代わりに水になじみやすい成分でコーティングされる。

界面活性剤フリーで、すべて化粧品原料から構成されているため安全性上のリスクが限りなく低く、乾いた後は、あらためてコスメとしても利用可能だ。

「そもそも工業用と化粧品用品で原料のグレードが違う。化粧品は薬機法に基づき、医薬部外品原料規格として厳重に管理された、不純物の少ない原料を使用している。magic waterも化粧品のOEM企業に委託製造しているので、化粧品と同等の安全性を担保できている」(田中さん)という。そのため、再度コスメとして顔に使っても大丈夫というわけだ。

もう使わないと思ってmagic waterで絵の具にした後、「この色、やっぱりかわいいかも」と再度使い出す人もいるそうで、改めて自分のコスメを見直す機会の創出にもつながっているという。

モーンガータでは、コスメを色材としたオリジナル創作活動を「SminkArk(スミンクアート)」と名づけた。しかし、いよいよこれからというときに、新型コロナウイルス禍に見舞われた。ニッチでもない、完全な新規事業。そのうえ、未曾有のコロナ禍といきなり厳しい船出となったが、メディアで取り上げられたことをきっかけにコロナ禍が追い風に変わった。


コロナ禍に、お母さんのコスメを使って子どもとお絵かきする需要を開拓した(写真:モーンガータ)

「コロナ禍で女性が化粧をしなくなった。かつ、おうち時間が増えたお母さんたちが、子どもと一緒に家でできることを躍起になって探していた。そのタイミングでメディアに取り上げられたことで、親子需要を開拓した」(田中さん)のだ。

家で余った自分のコスメを、キラキラした画材に変える。しかも、肌についても大丈夫なので、子どもにも安心して遊ばせられることがウケた。実際、創業から2年間は親子需要がプロダクト売り上げの55%を占めていたという。

その後、イベントが徐々に解禁されていくと、さまざまな催しからお呼びがかかるようになった。「サステイナブル、コスメ、地域、教育、画材などいろいろな切り口がある」(田中さん)ため、とにかく需要の間口が幅広く、行政、教育機関、百貨店、キッザニアなどとのコラボ企画が多数生まれた。


筆の柄の部分に、粉末状コスメを絵の具に変える「magic water」が入っているので、簡単に絵の具化できる(写真:モーンガータ)

例えば、2022年10月に小田急百貨店町田店で実施されたコスメ下取りキャンペーンでは、回収したコスメを2023年2月のバレンタイン企画でメッセージカードの色材として加工し活用。さらに、同年のゴールデンウィークには、10月に回収したコスメを使った絵の具でオリジナルキーホルダーを作るワークショップを開催した。

メーカーとの交渉は難航

とはいえ、アートやホビークラフト系用途だけでは市場規模は小さい。使われなくなったコスメの有効活用を考えると需要の底上げが必要であり、汎用性のある技術への応用が急務だった。


「SminkArtときめくペイント」。化粧品メーカーから提供された廃棄予定のコスメから作られているため、今後同じ色はできないという(写真:モーンガータ)

「日本の化粧品メーカーは、法律や業界基準に加え、各社自社基準を設けて、地道に企業努力してプロダクトを生み出している。廃棄に対しても、開発、製造の過程で、極力ロスが出ないように最適化したうえで、それでも廃棄が出てしまう」(田中さん)ため、それらを活用したいと、起業直後からメーカーに話を持ちかけていた。

しかし、交渉は難航したという。理由はメーカーとしてわざわざ廃棄していることを世の中に知らしめる必要がないこと、何より、コスメには各社のノウハウが凝縮されているためだ。

「日本の化粧品メーカーの品質管理はすごい。メイクのはやりはどんどん移り変わるが、発色などはもちろんのこと、安全面を第一に考えて、安全性など担保されたものを世に出している。それが各社のノウハウだ。

廃棄するものとはいえ、機器を使って分析するとどのような成分や配合なのかわかる。容器に詰め替えると転売することも可能なため、廃棄予定の化粧品の中身(化粧品バルク)の譲渡についても慎重な姿勢だった」(田中さん)

そんな中、最初に賛同してくれたのが、大手化粧品メーカーのコーセーだ。そこから信頼と実績を重ね、現在は、化粧品メーカーやOEMメーカーなど12社と取り引きがあるという。

メーカーから有価物として買い上げた粉末状コスメは、magic waterを混ぜてペースト状にしてから、一枚の板状に乾燥させる。それを粉砕して、再度粉にする。こうすることで、水になじみやすくなる。

「モーンガータが提供するのは、『コト消費』のための半製品状態のもの」(田中さん)というように、加工後、再度粉にすることで、絵の具としてだけではなく、キャンドルやジェルネイル、アクセサリーなど、いろんな雑貨に混ぜ込めるものになる。

「化粧品の輝きは独特。本来、化粧品の原料や技術を工業用の色材に使おうと思うと、コストがかかりすぎる」(田中さん)ものを安価に利用できるのは、大きなメリットだ。

印刷用インキも開発した

半製品状態のため、可能性はさらに広がり、凸版印刷と共同開発した印刷用インキ「ecosme ink」も開発した。コーセーでは自社のコスメ色材を、メゾンコーセーのギフトボックスのデザイン印刷に使用している。他社でも、ショッパーに利用するなど、活用の機会は広がってきた。


「ecosme ink®」を使用して印刷したパッケージの例(ⒸTOPPAN INC.)

一方で、デメリットもある。それは、同じ色を継続して作ることができないことだ。工業製品なら、固定色を継続して作ることができるが、コスメはシーズンごとに流行色が違う。同じピンクでも濃淡、ラメ感など同じものはない。

「その分、毎回一期一会の色がある。消費者も同じものを持ちたいという意識よりも、自分のオリジナリティー、ストーリー性を感じられるほうがいいという時代になってきた。そんな価値観の変遷を受け、パッケージの色が少し違ってもとくに気にしないなど、メーカー側の意識も変わってきている」(田中さん)

今後は、什器やディスプレイ用の樹脂板・紙再生板なども開発しているといい、他業種からの引き合いもあるという。

まさに、SDGsの最先端を行く取り組みをおこなっている田中さんだが、「廃棄ゼロ」を掲げているわけではない。

「リサイクルやアップサイクルを展開する事業者がよく『廃棄ゼロを達成し、ゆくゆくは僕らみたいな存在がなくなることを祈っている』という考え方を持っていることに少し違和感を感じる。廃棄ゼロは目指すべきだけど、消費社会からの脱却は現実的ではない。

それよりも、生産して生み出されたものを使い切れないのであれば、別の形で100%有効活用していきませんか?という考え方のほうがポジティブだと思う」と田中さん。

すでに生み出されたものがあるなら、新しい楽しみに提供し、楽しんだ結果の連続で、次につなげていく。手元に残っているコスメが、これからどんな形に変わっていくか、これからの可能性に思いを馳せてみたい。

(吉田 理栄子 : ライター/エディター)