「カゴメ オムライススタジアム 2023」でグランプリを獲得した「ビーフバーグ オムライス」税込み3000円(筆者撮影)

オムライスとひと口に言っても、薄焼き卵でご飯を包む昔ながらのオムライスやふわとろの卵をご飯の上にのせたふわとろオムライス、ご飯の上にのるオムレツをナイフで切るたんぽぽオムライスなどさまざま。

オムライスに使うご飯もケチャップライスやバターライスなど千差万別。ソースにいたっては店の数だけあると言ってもよい。それだけオムライスは老若男女問わず愛されているということだろう。

「オムライスのプロ」と名乗ってSNSに動画をアップ

今年5月にカゴメが開催した日本一食べたくなるオムライス決定戦「カゴメ オムライススタジアム 2023」に日本全国から123軒がエントリー。書類選考からはじまり、全国9エリアの代表店を決定するエリア大会、ベスト3を決めるウェブ投票、そして決勝大会へと勝ち進み、グランプリに輝いた店が愛知県にある。

徳川家康の生誕地として今注目を集めている岡崎市の閑静な住宅街にある「とろ〜り卵のオムライス さん太」がそれだ。


「とろ〜り卵のオムライス さん太」外観。JR東海道本線岡崎駅から車で10分と、交通の便はよいとは言えないが、全国から客が訪れる(筆者撮影)

オープンしたのは28年前。3年前に創業者である父親から店を任され、厨房で腕を振るっているのは、店主の神谷敢太さんだ。もともと店で働く気はなく、父親からも店を継いでほしいとは言われなかったという。

「高校卒業後、自動車部品の会社で営業職として働いていました。このままサラリーマンを続けるよりもオムライス屋ならトップを獲れる可能性があると思い、20歳のときに店で見習いからスタートしました」(神谷さん)

オムライスについて学び、作り続けているうちに、オムライスの画力の強さでもっと集客できるのではないかと考えた。2020年6月から「オムライスのプロ」と名乗ってTikTokやインスタ、YouTubeなどのSNSに動画を投稿しはじめた。すると、その目論見どおり動画はバズり、フォロワーがどんどん増えていった。

8月28日現在はTikTokが420万、インスタ22万4000(店のアカウント含む)、YouTube25万9000、LINE5万、スレッズ3万、Twitter(現X)1万9000で総フォロワー数は計478万2000にものぼるというから、神谷さんは料理人であると同時にインフルエンサーでもある。


「とろ〜り卵のオムライス さん太」の店主、神谷敢太さん(筆者撮影)

動画に数多く登場するのは、店の名物である「ぱっかーんオムライス」。ケチャップライスの上にのる大きなオムレツにナイフを入れるアレだ。「カゴメ オムライススタジアム 2023」では、ケチャップライスとオムレツの間にビーフハンバーグをサンドした「ビーフバーグオムライス」で勝負を挑み、グランプリに輝いたのである。

「オムレツには卵3個を使っています。ナイフを入れると、自然に開くように火加減やタイミング、スピードなどを考慮して仕上げています。これが意外と難しいんですよ」(神谷さん)

1カ月以上待っても食べたい“飲めるオムライス”

話を聞いているうちに是非ともグランプリに輝いたオムライスを食べてみたくなった。そこで「ビーフバーグオムライス」を作っていただくことに。

ケチャップライスに使用するケチャップは自家製。市販のものは甘みが強いため、トマトをペースト状にして作っているという。トマトそのものの自然な甘みを生かした味わいは、最後まで飽きがくることなく美味しく食べられる。

あっという間に完成して、目の前でナイフを入れてもらうことに。オムレツにスッとナイフを走らせると、ふわっと開いてハンバーグとケチャップライスを覆い隠す。


スタッフが客の目の前でオムレツにナイフを入れてくれる(筆者撮影)

この様を目の当たりにすると、つい、スマホのカメラを向けたくなる。それは筆者だけではなく、大半の客が撮影するという。それがSNSで拡散されて、また集客につながるのだ。

「では、最後にソースをかけます。ウチのオムライスは“飲めるオムライス”ですから、たっぷりとかかっているのが特徴です」(神谷さん)


トロトロの卵が開いたら、その上からたっぷりのソースをかける(筆者撮影)

ソースはトマトと牛肉をじっくりと煮込んだトマトデミソース。“飲めるオムライス”という意味が今ひとつわからなかったが、食べてみて納得した。サラッと口当たりの軽いソースをたっぷりとかけることで、トロトロの卵とハンバーグ、ケチャップライスの味が1つにまとまるのである。しかも、ソースの量が多いのでリゾットに近い形になる。それが“飲めるオムライス”である。

ちなみにこの「ビーフバーグオムライス」は、サラダとさつまいもとチーズのコロッケ「さつコロ」、ソフトドリンク、ミニデザートが付いて3000円(税込み)。オムライスにしてはかなり強気の価格設定だと思うが、予約は1カ月以上先まで埋まり、フリーで行っても1時間以上も待たねばならないほどの人気ぶり。

店を訪れる客は、美味しいオムライスもさることながら、インフルエンサーである神谷さんに会いたいという気持ちも強いのだろう。つまり、ファンによる聖地巡礼のようなものだ。

「SNSのフォロワー数が増えたおかげで単価を上げることができたんです。今、夜は動画制作をしているので、平日はランチしか営業していませんが、売り上げは店を継ぐ前の3倍になりました」(神谷さん)

オムライスの美味しさと作る楽しさを世界に伝えたい

昨年2月、神谷さんはオムライスのレシピ本を出版した。その名も「世界一おいしい バズる!オムライスレシピ」。卵やフライパンの選び方やプロ級に卵を仕上げるテクニック、美味しいソースやケチャップライス、バターライスの作り方など、オムライスに特化したレシピ本である。

さらに、今年5月には神谷さんが監修したオムライス専用フライパン「オムプロパン」を発売し、1カ月で500個も売れた。


神谷さんが監修したオムライス専用のフライパン「オムプロパン」8900円(左)とレシピ本「世界一おいしい バズる!オムライスレシピ」1540円(筆者撮影)

「誰でも簡単に美味しいオムライスを作ることができるフライパンができないかと思って2年ほど前からいろんな会社に問い合わせていました。しかし、ことごとく断られてしまい、断念しかけたときにSNSを通じて知り合った方の紹介で実現しました」(神谷さん)

通常のフライパンの場合、直火が当たる底の部分と縁の部分とでは温度が異なるため、オムレツを作ったり、卵でご飯を包んだりするのはかなり難しい。しかし、オムプロパンは、底と縁の温度を均一に近づけるように素材や厚み、カーブが緻密に計算されていて、料理の素人でも簡単に作ることができるという。

「SNSで海外からの問い合わせも数多くいただいています。オムライスの美味しさやオムライスを作る楽しさを世界に伝えることが私の使命だと思っています」(神谷さん)

たしかにオムライスは、とくにオムレツが豪快にのる神谷さんが作る「ぱっかーんオムライス」は、日本のみならず、海外でもウケそうである。筆者が6年前に訪れた台湾ではトロトロの親子丼の店に長蛇の列ができていた。今後も神谷さんの活躍に注目していきたい。

(永谷 正樹 : フードライター、フォトグラファー)