(写真:buritora/PIXTA)

夏休みが明け、お子さんの様子に変わりはありませんか? 休み前に抱えていた問題が未解決な場合、登校に前向きになれません。また生活リズムの変化に伴い身体や精神の状態が不安定になりがちです。

子どものSOSは明確な言葉で伝えられるとは限りません。食欲不振、寝不足、腹痛、頭痛などを通じて間接的に発せられることがあります。長年養護教諭(保健室の先生)をされ、現在、千葉大学教育学部に所属する工藤宣子准教授によると、身体の痛みを訴えて保健室に来た子どもの様子から、背後にある心の痛みに気づくことが多々あったそうです。また、何気ない会話をしに保健室に来たという子どもが発していた違和感から、「悩みを相談したい」という本当の目的に気づくこともあったそうです。

暗黙知を見える化

こうした暗黙知を見える化できないものかと共同で研究したところ、工藤准教授の見立てと、筆者の専門的知見である表情分析からの考察に多くの共通項が見出されました。

本稿は、表情分析の視点から、特別な訓練を積まなくても、子どもの声なき声に気づくためのポイントを3つの表情に絞って紹介したいと思います。

最初の表情は、こちらです。


(写真提供:空気を読むを科学する研究所)

上の歯で下唇を噛んでいるのがわかります。どんなときにこの表情をするでしょうか。

例えば、朝ごはんを食べながら、今日の予定を聞いているときに見られるかもしれません。もしくは、夕方、学校での出来事について話しているとき、または夕食後にゴロゴロしている子どもに「もう宿題終わったの?」と尋ねたときに見られるかもしれません。

下唇を噛む表情に込められた心理

この表情は、感情に波が起きているときに生じます。この表情に伴って、手で顔をさわったり、顎をさすったり、手をすり合わせたりする動きも見られることがあるため、目につきやすいでしょう。

専門的には、マニピュレーターと呼びます。身体の一部で他の部分をさわったり、さすったりする動きをいい、これを表情で行うとき、歯で唇や頬を噛んだり、唇をすり合わせたりします。こうすることで、感情の波をなだめることができるのです。

マニピュレーターが生じていることに気づけば、感情に波が起きていることがわかります。具体的にどんな感情かはわからないものの、安定しておらず、何らかの感情が揺れ動いています。

今日の予定を聞いているときなら、好きな給食が楽しみでウズウズしている? あるいは、不得意な科目の授業があって悲しさが押し寄せている? 学校での出来事について話しているときなら、友達とトラブルがあって嫌なことを思い出している? 夕食後、「まだ宿題終わっていない」と言い出せず、ウジウジしている? こうした可能性があります。

マニピュレーターを見たら、一緒に感情をなだめてあげましょう。子どもの背中をさすったり、手をマッサージしたりしながら、子どもの気持ちに安心感を生み出せるようにしてみてください。落ち着くことで、具体的な言葉が出てくるかもしれません。

次の表情は、こちらです。


(写真提供:空気を読むを科学する研究所)

唇を一文字に結んでいるのがわかります(下を向いているのは、実験撮影時、手元の資料に目を落とすため生じた動きで、感情とは関係ありません)。どんなときにこの表情をするでしょうか。

一文字に唇を結び、押し黙っているのはなぜか?

よくあるのは、勉強中。あるいは、会話中、押し黙ったとき、質問に答えるまでの間などです。

この表情は、熟考です。正確には、認知的に負担を抱えているときの表情です。認知的負担とは、普通に考えている状態よりも、もっと考えているとき、いわば、頭がいっぱいいっぱいのときの状態をいいます。

勉強中、「この問題、どう解くのかな」と思い、熟考。普通は、眉が引き下げられ眉間にしわが寄ります。考えても考えても解けない。こうなると認知的に負担を抱える状態になり、唇を一文字に結ぶ表情として生じます。

勉強中、熟考を見たらヒントを出してあげるとよいかもしれません。会話中、押し黙りながら、熟考しているのを見たら、こちらも話すのを止め、様子をみてください。

単にこちらの話についていけていないだけなら、話すスピードを緩める、丁寧に説明し直す、「何かわからないことある?」と質問してみる。「今日、L君と何して遊んだの?」という質問に熟考しているのを見たら、L君との間に何かあったのかもしれません。L君との関係を気にしてみてもよいかもしれません。

3つめの表情は、こちらです。


(写真提供:空気を読むを科学する研究所)

鼻にしわが寄せられているのがわかります。これは、嫌悪表情です。どんなときに嫌悪表情をするでしょうか。

もちろん、嫌なときです。

「学校の成績はどう?」

「ちゃんと宿題出しているの?」

「好き嫌いしないで何でも食べなさい」

など、親に干渉されることを嫌がる子どもはいますが、過度な干渉でなければ、上記のような言葉に子どもが嫌悪表情を見せてもそれほど気にすることはないでしょう。

ポジティブな言葉と同時に出てきたら注意

問題は、言葉と表情が合っていないときや、何でもない話で嫌悪表情が見られるときです。

言葉と表情が合っていないとは、言葉では「楽しい」「嬉しい」のようにポジティブな言葉を発しているにもかかわらず、表情は嫌悪というネガティブを生じさせているときです。自分の気持ちとは裏腹なことを言葉にしているわけですので、注意する必要があります。

例えば、中学を受験する子が、「勉強は楽しい」と言いつつも、嫌悪表情を見せたら、本心では辛いのかもしれません。辛いけど耐えられるならば、よいかもしれませんが、あまりに嫌悪表情が生じるようでしたら、子どもの心を守るために、受験校の見直し、受験そのものの中止が必要かもしれません。

何でもない話での嫌悪表情とは、例えば、子どもが、L君、M君、Iちゃんと遊んだ話をしているとき、L君の話のときだけ嫌悪表情が見られるようなときです。L君との間に嫌悪を抱く出来事があるのかもしれません。

さて、冒頭で書いたように「訓練なしでも、子どもにちゃんと向き合い、子どもの顔を見さえすれば気づくことのできる」表情として、マニピュレーター、熟考、嫌悪を紹介しました。それぞれの表情の特徴と意味を理解することは大切ですが、何より大切なのは、この括弧の部分です。

国立青少年教育振興機構による「インターネット社会の親子関係に関する意識調査報告書−日本・米国・中国・韓国の比較−」によれば、「私が、親と話そうとするとき、親は『時間がない』、『いま忙しい』などと言う」の設問に対し、「よくある」「たまにある」と回答した小学生の割合は、44.1%。中学生の割合は、36.5%。

これらの数値から、お子さんに向き合う余裕がない、少なくない数の親御さんの様子がうかがえます。朝、バタバタして難しいようでしたら、夕食時やお風呂上がりのリラックス時、あるいは、休日など、心にゆとりがあるタイミングを利用し、お子さんとじっくり向き合ってみてはいかがでしょうか。

スマホを見ながら子どもと会話?

また、「親は携帯電話やスマートフォンを使用しながら私と話す」という設問に対し、「よくある」「たまにある」と回答した小学生の割合は、47.4%。中学生の割合は、47.5%。これらの数値から、少なくない数の親御さんが、会話中にお子さんの顔を見ていない可能性がうかがえます。

子どもの疑問に答えるために、スマートフォンで検索しながら会話をすることもあると思いますが、お子さんとの会話と全く関係ないことを検索しながらお子さんとの会話もする。これもまたよくあると思います。

「子どもの顔をちゃんと見て会話していなかったかも」と思われた方は、本稿で紹介した、マニピュレーター、熟考、嫌悪表情を意識してみてください。検索しても出てこない唯一無二の情報が、お子さんの表情の中にあるのですから。

参考文献
工藤宣子, 清水建二. 表情分析に関する研修受講が学生の健康観察能力に与える影響の検討ー養護教諭志望学生の微表情検知テスト結果の分析からー. 学校保健研究 一般社団法人日本学校保健学会 第65回学術大会講演集. 2018. 60. Supp1. 113
工藤宣子. 養護教諭志望学生の健康観察スキル向上に関わるテキスト作成の試み. 千葉大学教育学部研究紀要. 2021. 69. 249-257
国立青少年教育振興機構青少年教育研究センター. インターネット社会の親子関係に関する意識調査報告書−日本・米国・中国・韓国の比較−. 国立青少年教育振興機構青少年教育研究センター. 2018.

(清水 建二 : 株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役)