水平に滑空、着陸できるスペースシャトル。なぜ滑走路から離陸しないのでしょうか(写真:T.N.PICgo/PIXTA)

1996年宇宙飛行士候補に選出され、国際宇宙ステーション(ISS)で日本人初の船外活動を行うなどさまざまなミッションを遂行してきた野口聡一宇宙飛行士。宇宙滞在期間は344日を超えており、2020年にはクルードラゴン宇宙船に搭乗し「3種類の宇宙帰還を果たした世界初の宇宙飛行士」として、ギネス世界記録に認定されました。

そんな野口宇宙飛行士が、「子どもも大人も知っておきたい、驚くべき宇宙の世界」について紹介したのが著書『宇宙飛行士だから知っている すばらしき宇宙の図鑑』です。

宇宙についてさまざまな角度から解説した本書から、知られざる「ロケットの燃料」について綴ったパートを一部抜粋・加筆してお届けします。

水平に滑空、着陸できるスペースシャトル

1981年から飛行を始め、2011年まで宇宙へ宇宙飛行士や人工衛星を送り、国際宇宙ステーション建設のために活躍したのが、アメリカNASAの再使用型宇宙機「スペースシャトル」です。私が初めて搭乗した宇宙機はスペースシャトル ディスカバリー号でした。

スペースシャトルの写真で印象的なのは、翼を持つ飛行機のような外観の「オービタ」と呼ばれる部分ですね。最大で7人が搭乗することができ、飛行機のような形をしていていて、地球に帰還するときには滑走路を使って水平に戻ってくることができます。水平に滑空、着陸できるわけですから、地上や海上に落ちるカプセル型の宇宙船よりも宇宙飛行士の負担が軽いとされています。

スペースシャトルのような翼を持ち、滑空できる形状の機体を「リフティングボディ(揚力飛行体)」といいます。1957年にNASAのアルフレッド・J・エッガーズ博士は、機体の先端の形状を完全なシンメトリーでなくすることで機体が揚力を生み出し、滑空して戻ってくることができる宇宙機の形状を提唱しました。

この理論を基に1960年代から1970年代にかけてNASAと空軍はさまざまなリフティングボディの航空機を試作、飛行試験を行っています。同時代のアポロ宇宙船はカプセル型の司令船が大西洋に着水する帰還方法でしたが、リフティングボディの性能を認めたNASAは続くスペースシャトルをみなさんがご存知の翼を持つ形状に設計したのです。

スペースシャトルは、滑走路があれば着陸することができるため、出発地であるフロリダ州のケネディ宇宙センター以外にも、カリフォルニア州のエドワーズ空軍基地に戻ってくることができます。2000年のディスカバリー号のミッションでは、ケネディ宇宙センターが帰還時に24日間も強風が続いたため、エドワーズ空軍基地に着陸して地球に帰還したということがありました。

スペースシャトルがカリフォルニア州に帰還すると、新たなミッションのためにフロリダ州に戻るために、特別仕様のボーイング747型航空機の背にスペースシャトルを載せて空輸する必要があります。

親亀の背中に子亀が乗るようなユーモラスな、それでいて勇壮な飛行ですが、なぜスペースシャトルは滑走路から離陸しないのでしょうか? 飛べるはずのスペースシャトルを空輸するのはなんだか効率が悪いようにも思えますし、もし可能ならば、宇宙船はどれも飛行機型にして、宇宙に行くときも宇宙飛行士に負担をかけないほうがよいように思えます。

ロケットは9割が推進剤

ロケットが地上から宇宙へ飛び立つには、大量の推進剤を短時間で燃焼して秒速約8km(時速2万8000kmにもなります)の宇宙速度に達する必要があります。

大きな質量を持ち上げ、加速する力(推力)は、エンジンから噴射される燃焼ガスの量が多いほど、また噴射されるガスの速度が速いほど大きくなります。多くの燃焼ガスを噴射するためには大量の推進剤が必要になるわけですから、一般的な衛星打ち上げロケットは打ち上げ前の重量の90%以上を推進剤が占めています。

巨大なロケットは、実は飲料のアルミ缶のようなもの。機体は限界まで軽さと丈夫さのバランスを追求して作られていて、スペースXが「ファルコン1」という最初のロケットを開発していたころ、飛行機での輸送中に急激な気圧差で機体がへこんでしまったというエピソードもあるほどです。

一方でスペースシャトルのオービタは私たち宇宙飛行士が搭乗する船室や大きな貨物室を持っていて、通常のロケットのように燃料をたくさん積むことができません。

そこで、スペースシャトルの打ち上げ時には、全長37.2mのオービタよりもさらに大きな全長56.2mの外部燃料タンクと、補助ロケットの固体ロケット・ブースタの3つを組み合わせます。

巨大な外部燃料タンクいっぱいに往路の燃料を積み、さらに固体ロケット・ブースタを加えることで初めて、スペースシャトルは宇宙速度に到達できるのです。この状態では飛行機のように水平に滑空して速度を出すことはできないので、スペースシャトルが滑走路を使用したのは帰還のときだけということになるのです。

今も活躍を続けるスペースシャトルのメインエンジン

スペースシャトルは2011年に引退し、オービタが滑空して宇宙から戻ってくる光景はもう見られません。ですが、スペースシャトルのヘリテージであるメインエンジン(SSME)は、実は2022年に再び活躍を始めています。


次世代の宇宙探査計画「アルテミス」計画の最初の宇宙船「オリオン」が11月から12月までに無事に月を周回飛行して地球に帰還しました。このオリオン宇宙船を搭載した新型ロケット「SLS」のメインエンジンRS-25は、SSMEを改修して再利用しているのです。

最大で2020トンにもなるスペースシャトルの飛行を成功させたエンジンですから、パワーと性能は実証済み。

オリオン宇宙船はカプセル型で大西洋に着水する方式ですから、RS-25エンジンが運ぶ宇宙船が滑走路に帰ってくることはもうありませんが、宇宙飛行士を飛翔させる役割は今でも果たしているということになります。

(野口 聡一 : 宇宙飛行士)