スペイン「フリーゲージ列車」どんな仕組みなのか
「タルゴ」車両の独特な車輪部分(筆者撮影)
西九州新幹線が開業した9月23日、9000kmあまり離れたドイツの首都・ベルリンでは世界最大の鉄道業界の見本市「イノトランス2022」が開催されていた。西九州新幹線といえば、当初は新幹線と在来線を直通できる「フリーゲージトレイン」を走らせる計画だったものの実現せず、結局「対面乗り換え方式」により運行が始まったわけだが、世界には「高速で走るフリーゲージ車両」を世に出しているメーカーもある。
筆者はイノトランスの会場で「高速フリーゲージ車両の造り手」に直接話を聞くことができた。彼らは日本の実態をどうみているのだろうか。
「フリーゲージ車両の雄」タルゴ
本来なら2018年、2020年、2022年……と偶数年に開かれるこの見本市、2020年はコロナ禍のあおりで中止。4年ぶりの開催となった今回は、世界中からの出展者や参観者で大いににぎわった。
イノトランスの特徴は、車両メーカーが実車を持ち込んで陳列することだ。今年は環境問題への意識の高まりの中、とくに燃料電池を使った車両の展示が目立った。
そんな中、各メーカーの車両がずらりと並ぶ「メインステージ」からやや離れた一角にちょっと変わった展示があった。古くからいわば「フリーゲージ車両メーカーの雄」として知られるスペインのタルゴ(Talgo)が、車輪部分をむき出しにした試作車両を公開していた。
タルゴの車両は、連結部に配置した車輪が左右で独立しており、車軸でつながっていない。一般的に鉄道車両は台車の上に車体を載せているが、タルゴ車両は車体全体を台車の“厚さ”の分低くして低重心化でき、安定したカーブの走行などに効果がある。
左右の車輪が車軸でつながっていないのがタルゴ車両の特徴だ(筆者撮影)
その「左右の車輪が車軸でつながっていない」という仕組みを応用して、異なる2つの軌間で走れる「フリーゲージ車両」を実用化したわけだ。
そもそもタルゴが「軌間可変車両」、いわゆるフリーゲージ車両を造ってきたのは、スペインとポルトガルの線路幅(軌間)の問題がある。両国は「イベリアゲージ」と呼ばれる1668mm軌間を採用しており、ほかの欧州諸国の標準軌(1435mm)には直接乗り入れができない。それではスペインと欧州各国との行き来が不便だとして、古くから軌間可変車両の開発が進められた。その後、スペインも高速鉄道は標準軌で整備されることになり、両軌間の直通ができないとより不便となる背景も生まれた。
狭い軌間は難しい?
最初の軌間可変車両は1968年に登場。その後さまざまな改良が加えられ、同社エンジニアの説明によると「現在では営業運転で時速330km走行可能な技術レベルに到達している」という。
タルゴは標準軌(1435mm)、イベリアゲージ(1668mm)、ロシアゲージ(1520mm)の3つの軌間のうち、2つに対応できる組み合わせのものを生産している。軌間変換の際は、自動変換装置が取り付けられた建物に時速15kmで進入。ストッパーが外れて、車輪の変換装置(異なる軌間のレールがつながっている)に列車が入ると車輪が横に移動し軌間を変換。終了するとストッパーが再びかかって作業終了となる。この間、人の手はまったく不要だ。
もともとはスペインーフランス国境を越える直通列車用に登場した軌間可変式のタルゴは、今ではスペイン国内でも高速列車専用線と在来線の直通用に使われている。
ただ、今回タルゴがイノトランスで展示していたのは軌間可変式の車両ではなく、ドイツの標準軌向けの車両だった。
タルゴがイノトランスで展示したドイツ向けの車両。軌間可変式ではない(筆者撮影)
ドイツ鉄道(DB)は、同社が誇る高速列車ICE(インターシティ・エクスプレス)の新規車両として、ホームとのステップがないことを売りにしたタルゴ製車両を「ICE L」の名で導入を決定。ベルリン―アムステルダム間を皮切りに、いずれリゾート向けの臨時列車に使う予定だという。
機関車1両+17両の客車で1組の編成とし、全部で23編成を導入する。ICEはかねてドイツの車両メーカー・シーメンスの牙城だっただけに、他国製車両の採用も興味深いポイントだ。
タルゴ社は軌間可変式ではない車両を持ち込んだわけだが、イノトランス展示に当たり行き先表示板に「マドリード―ベルリン間のICE」とこっそり表示。いずれ、軌間可変式高速車両で本国スペインからドイツに入ろうとする意欲を感じずにはいられなかった。
ICE Lに表示された「マドリード―ベルリン」の行き先表示(筆者撮影)
ただ、タルゴといえばやはり軌間可変車両が有名だ。そこで、「日本では、狭軌と標準軌との変換が可能な車両の開発で頭を悩ませている」とタルゴの展示ブースで説明に当たっていたスペイン人エンジニアに話すと、「我が社では、狭軌から標準軌への変換車両は造ったことがない。しかし、相談してくれたら喜んで我が社のエンジニアが解決に当たるに違いない」と“お誘い”の言葉をかけてくれた。
ただ、メーターゲージ(1000mm)や、日本の狭軌(1067mm)といった狭い軌間では、変換機構やトラクションモーター、ブレーキのための車輪間のスペースに制限もあり、実用化が難しいとされる。今のところ、標準軌よりもさらに広い軌間に変換する車両しか造ったことがないタルゴにとって「標準軌―狭軌直通」の車両を造るのはかなり挑戦的と言える。
日本向けもできる?
しかし、長年の軌間可変車両生産の歴史を誇る同社の経験を考えると、時速300km超のソリューションをなんらかの形で提示するというのも夢物語ではない。海外への輸出経験も豊富なタルゴは、やはり軌間が異なるロシア向けに西欧乗り入れ用の長距離列車車両を納入していたりもする。
タルゴがドイツ向けに製造したICE L。床面が低いのがわかる(筆者撮影)
今回の西九州新幹線の開通では、博多―長崎間をつなぐに当たり「リレーかもめ」から「かもめ」へ、武雄温泉駅で対面乗り換えという方式が採用されたが、新幹線ができたことで「同じ車両に乗ったまま目的地まで移動したいという要望」はさらに高まることだろう。
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(さかい もとみ : 在英ジャーナリスト)