本田武史が語る「羽生結弦がプロのスケーターになることの意味」とは
本田武史が語る羽生結弦(前)
66年ぶりの五輪連覇を含めて、フィギュアスケートの世界に数々の金字塔を打ち立ててきた羽生結弦さんが、競技生活に別れを告げてプロスケーターになると宣言してからおよそ2カ月。プロスケーターとしてどのような活動をしていくのかを模索しながらも、公開練習をYouTubeでライブ配信したり、テレビ番組のチャリティー企画のスペシャルアイスショーでプロ転向後初となる演技を披露したりと、早くも積極的なチャレンジを始めている。
プロスケーター"1年生"となった羽生さんについて、今後への期待を込めて、先輩プロスケーターであり、長年、競技者としての羽生選手を見続けてきた本田武史さんに、あらためて語ってもらった。
羽生結弦選手の7月19日の決意表明会見で印象に残ったのは、いろいろなメディアが取り上げていましたが、やはり「引退」という言葉を使わなかったことです。会見のなかで、平昌五輪から北京五輪までの4年間、「いつプロに転向しようか、ずっと悩みながら滑っていた」というような言葉がありました。やはり悩みがある状態で練習に取り組むというのはものすごく大変だったと思います。
ソチ五輪で金メダリストになって、次の平昌五輪で2連覇したあとは、やはりその先の目標というのはなかなか作りにくかったのかもしれません。これまでも、オリンピックで活躍した選手が、それを機に引退する姿を数多く見てきました。ですが、羽生選手は2022年の北京五輪まで競技を続けた。4回転アクセルという大技に挑戦するという目標があったからこそ、競技へのモチベーションを保っていけたのかなと思います。
「ファンタジーオンアイス2022」名古屋公演に出演した時の羽生結弦
僕個人の意見ですけど、27歳の彼はまだ世界選手権で表彰台に立てると思っているので、現役を続けてほしいなというところはあります。それでも、プロ転向を決断したのは、ルールに縛られないなかで、フィギュアスケートを楽しみながら追求したいという気持ちが強くなったからではないかと思います。
実際、僕自身が26歳でプロになってからまず思ったことは、競技会では味わえなかったスケートの楽しさが、アイスショーなどに出演した時にストレートに伝わってきたことです。ルールの縛りもなく、自分が目指すスケーティングだったり、見せ方だったりを自由自在にやっていけるので、スケートを始めたころの「スケートって楽しいな」とか「スケートが好きだな」という一番最初の原点にまた戻れたことは、すごく新鮮でした。
当時は、北米やヨーロッパではすごい数のアイスショーツアーがあったんです。1カ月間とか2カ月間、出演スケーターがバスに乗っていろいろなところに行って全30公演とか、そんなことをやっていました。僕もドイツツアーに行ったり、カナダのオンタリオ州をバスで回るツアーにも参加したりしましたが、そう考えると、世界的にはアイススケートのショーがずいぶん減ってしまったのかなと思います。
幸い日本には現在、「プリンスアイスワールド」や「ファンタジーオンアイス」「フレンズオンアイス」などがあって、アイスショーは十分、興行として成り立っていますが、そういったショーに参加するとともに、今後は、羽生選手がプロとしてやっていくなかで、何らかのアイスショーを彼が独自に作り上げていくだろうなと考えられます。
そういう新たな形のアイスショーがどんどん盛んになってくれば、今までフィギュアスケートを生で見ることができなかった人たちも見るきっかけになって、それで「スケートをやってみたいな」と思う子たちが育ってくるはずです。やりたいという子が出てくれれば、また次の世代にいい選手たちが育ってくるのかなと思います。
現状、フィギュアスケートはどちらかというと「する競技」ではなく、「見る競技」になってしまい、競技人口もリンクも減ってきています。17年間、プロスケーターとしてアイスショーに出ていますが、フィギュアスケートを取り巻く環境が悪化していることを僕自身もすごく実感しています。
プロ活動でちょっと違う演技が見られるさらに今後は、プロ活動をしていくなかで、インストラクター役をやりたいとなって、他の選手を指導する機会も出てくるのではないかと思います。これまで羽生選手が経験してきたことは、これからの選手たちにとってすごく有益なものですし、その経験を伝えてあげることは、現役選手たちにとってすごくリアリティがあるし、何より心に響くと思います。
羽生選手はまた、「まだ4回転アクセルを挑戦していきたいです」とも言っています。これは、難しいことに挑戦しながら、やりたいことをやっていくというのが彼のこれからのプロスケーターのスタイルになっていくということなのかなと思います。
アイスショーでは、順位も関係なく、スピンのレベルも関係なく、ジャンプの回転不足も関係なく、思いきり、思うがままに滑ってほしいです。これからはジャッジではなく、会場全体のお客さんに向けた演技に変わるので、またそこはちょっと違うスケートができるのではないかなと思います。
アイスショーに出る楽しさというのは、ふだんソロで滑っているオリンピアンや現役選手たちを含めて、オープニングやフィナーレでみんな一緒に滑ったり、グループナンバーで共演したりして、個々の演技だけではなくて、グループ演技を作り上げて披露することです。ショー全体を出演スケーター全員で作り上げるという楽しさは、常に競争をしなければならない競技会にはない魅力かなと思います。
幕が開いた瞬間に、連続公演などの疲れや緊張を一瞬で忘れてしまうというのが、アイスショーの醍醐味だと思っています。僕の経験上でもそう言えるのですが、そうやってスケートを長く滑り続けるというのがすごく大事なことだと感じます。
(つづく)
Profile
本田武史(ほんだ・たけし)
1981年3月23日、福島県生まれ。現役時代は全日本選手権優勝6回。長野五輪、ソルトレークシティー五輪出場。2002年、03年世界選手権3位。現在はアイスショーで華麗な演技を披露するかたわら、コーチ、解説者として活動する。