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サッカー選手は紳士だからすぐに倒れる！

「紳士協定」というものについて考えていました。すでに何十年にも渡り考えてきたテーマのような気がしますが、新しいきっかけを得たことで自分のなかで整理がついた気がしています。具体的に何かと言うと、サッカーにおける「相手が倒れているときにプレーを止めたり、ボールを出したりする紳士協定全般」についてです。

きっかけとなったのは先日のJ1リーグ、アビスパ福岡VS名古屋グランパス戦でのこと。この試合の前半21分、福岡のクルークスさんが負傷すると、名古屋側は一度プレーを切るためにボールを出しました。通例であればこのボールは福岡側のスローインによって名古屋に返され、「では改めてつづきを」となるところ。これがいわゆるサッカーにおける「紳士協定」です。

しかし、この試合ではスローインで投入されたボールを福岡のルキアンさんがかっさらい、そのまま持ち上がるとクロスを入れ、それをクルークスさんがゴールに蹴り込んでしまったのです。これはどういうことかと騒然とし、福岡側は監督指示によって相手方に1点を献上することを決めます。まったく無抵抗の福岡陣内を名古屋側が攻め上がり、「お詫び」の1点を決めることでようやく「では改めてつづきを」となったのです。

↓「紳士協定破り」の得点。


↓「紳士協定破りのお詫び」の得点。



ただ、ここに至るまでには伏線がありました。この試合の冒頭、名古屋側が攻め込んだ際に、福岡のGKとDFが味方同士で交錯して倒れるという出来事がありました。のちにこのGKは交代を余儀なくされるのですが、倒れた時点では主審が試合を止めることはなく「味方同士でぶつかるチョンボ」という扱いになり、その隙を突いて名古屋が先制点を挙げていたのです。

「倒れた選手がいたときにボールを出したり」「そのボールを返したり」するのが紳士協定であるならば、この状況で得点を挙げた名古屋もまた紳士協定破りではないのか？あるいは安全のために審判が速やかに止めるべきだったのではないのか？という考え方。紳士協定破りに及んだルキアンさんも、このような主張をのちにSNSで展開しています。意見はさまざまでしょうが、それもひとつの考え方だろうと思います。

↓「紳士協定破り」のようでもあり「チョンボしたほうが間抜け」とも言える得点。


いろいろ考えた結果、個人的には「どっちでも、どうでも、いい」と思います。いろいろな主張があるでしょうが、どの主張、どの判断も、それはそれでアリかなと思う範囲。この試合で起きた出来事のなかに「どうしても飲めない」というものはありません。

味方同士の交錯の時点で「主審が止めるべきだった」という意見も確かにそうだなと思いますが、同時に「味方同士で勝手にコケてるのは間抜けだからスルーでよい」とも思います。主審がどちらかの判断をすれば、どちらであってもそれでいいと思います。この試合では倒れた選手はスルーされ、得点が決まってプレーが止まったのちに救護が呼ばれましたが、それならそれでいいと思います。

「どっちでも、いい」を超えた判断の基準となるのはやはり「安全」でしょう。Jリーグの規則では「軽い負傷の場合はそのまま続行」「重い負傷の場合は試合を止める（頭部を強く打った場合など）」ことを主審が判断します。主審はしっかりと倒れた選手を見ながらコントロールしていますので、「軽い負傷」として流したのでしょう。結果的に、この選手は脳震盪の懸念もあって交代したものの、のちの報告では「何事もなく無事に過ごせている」ということでした。

より安全に寄った判断をするならば、頭部を打って倒れている時点で、たとえ本人が舌をペロンと出しながら「イテテ」と照れ笑いしている軽さであっても、「念のため止める」というのが現代的な判断かなと思います。ただ、間抜けが勝手にコケて、見た感じ軽傷なのであれば、止めなかったとしても「絶対にダメだ」とは思いません。「医療の専門家ではない主審にそんな判断をさせていいのか？」という疑問は残りますが、この試合において主審を非難するほどに「こうすべきだった」という意見は僕にはありません。

↓無事で何よりです！


「紳士協定破り」の2点目についてもそうです。通例で言えば、ボールを名古屋に返すものでしょう。ただ、それはルールで決めていることではありませんので、ボールを返さず攻め込んだとしても何の問題もありません。相手が攻めてくると察した時点で名古屋は全力で守備に掛かるべきでした。

あえて一番「ギリギリ迷うな」と思うのが、福岡側が献上した3点目です。これは明らかに相手を利する敗退行為です。勝利のために全力を尽くすのが前提のなか、図らずも「賭け」の対象にまでなっている試合において、わざと失点するというのはこれは大いに問題がある行為だろうと思います。

ただ、2点目の状況とセットにしたうえで、それを帳消しにするためということであるならば、ボールを出したり返したりする行為の延長線上として「それならそれで、いい」とギリギリ思える範囲です。時間を置かず、議論も起こらず、「2点目を帳消しにするため」と思って全体が納得しているのならばまぁいいかなと（※一部不満な人もいそうだが）。

結局は「現場の合議制」なのだと悟ったのです。サッカーというのは。

大枠としてのルールはある。ルールにそった判例もたくさんある。しかし、ルールで規定していないことや、毎回判断が違っていてもいいと思うことも、たくさんある。それはあえて手付かずのまま残し、現場現場で臨機応変に「合議制」で決めていこうじゃないか、というのがサッカーの哲学なんだと思うことにしたら、長年モヤモヤしていたものが気にならなくなりました。

正しい判断、ひとつの基準、そんなものはサッカーにはないのです。ファウルの基準ですらその日の主審のクセで決まるぐらいに曖昧で、「そういう曖昧な感じでいい」としているのがサッカーの文化。そのために試合ごとにいろいろ違うことが起きたりしますが、それも含めて楽しんでいるのがサッカーなのです。この試合に関して「あーだ、こーだ」言うのも、それぞれの立場で「あーだ、こーだ」言うところまでがサッカーなのです。正しさのために言っているのではなく、その場その場で自分の利益のために言っているだけなのです。誰もが、お互いに。

たとえば両チームともに「隙あらばぶっ殺してやる！」と思っているチーム同士の対戦なら、その合議の結果「ガンガン削っても流しましょう」という、その試合限りの基準が生まれる（※逆にそこでピーピー笛吹くと現場が荒れる）。逆に、安全第一・フェアプレーでいきましょうというチーム同士なら、軽い接触でもピピーッと止めて、のんびりゆっくりやりましょうというその試合限りの基準が生まれる。そういうものだったのです。

互いの意見が食い違えば、主審がそれを決め、食い違っているので主審に双方が意見を述べ、少しでも自分の思う基準に引き寄せようとする……ピッチ上での罵り合いなどもサッカーではよく見る光景ですが、あれは裁判で口頭弁論でもやっているんだと思って、「ふーん」と思っていればよかったのです。言うべきことを言い、その場の判断に従い、また文句を言う、それでよかった。

この試合を見る限り、両チームは基本的には紳士協定を是とするスタンスでしたが、たぶん1点目については「味方同士の交錯だし間抜けだったな」で大筋の意見が揃っていたのでしょう。大筋で意見が揃っているなかで、ひとりだけイキり立ってしまったのがルキアンさんだった。だから、紳士協定破りに味方はついてこず、ドン引きし、チーム内でも孤立することになってしまった。

それはそれで「正しいと言えば正しい」「ルール上は間違いではない」「どっちでも、いい」範囲の行動ですが、ルキアンさんに近い意見の人は合議の場にいなかったのです。そして観衆のなかにも多くはなかったのです。だからこんなに非難されることになった。なので「間違っている」とか「おかしい」とか非難するのではなく、「自分、浮いてるで」くらいの指摘をしてあげるのが適切なのだろうなと思います。別のチーム、別の試合なら、「よくやった！」「スカッとした！」と言われることもあったでしょうから。この試合では合議の結果そうなりませんでしたが。

↓ここは自己責任と同調圧力の国・日本なんで、まぁこうなるでしょうね！


間抜けには厳しく！他人には優しく！勝手な行動は許さない！

世のなかも総じてそんな感じですよね！



で、サッカーとはこうした現場現場で臨機応変な「合議制」によって成立するものなんだと悟ったら、いろいろなことがラクになりました。ホームアドバンテージとかいう地元チームがちょっと有利に判定されるインチキな仕組み、あれを僕はずっとインチキだと思って見て見ぬフリをしていたのですが、あれも世界中のサッカー選手たちが大筋で認めた結果、世界中で常に採用されているローカルルールみたいなものなのでしょう。「ホームアドバンテージありっすか？」「アリっす」という合議が、サイレントで常に行われていたのです。大富豪で「8切ありっすか？」「アリっす」ってやっている程度に、もはや改めて聞くまでもない感じで。

サッカー選手がすぐに倒れて演技するというアレもそうです。僕はアレを見るたびに「ボクサーで試合中に痛いから止めろなんていうバカはいない」とか「ラグビーで寝転がって休んでいる軟弱者はいない」とか冷めた目で見ていましたが、あれも「合議」の結果だったのです。ボールの奪い合いはしたい、蹴るのは本意ではないがどうしても蹴っちゃう、蹴られたら痛い、という状況を前に「痛くてもすぐさま立ち上がって勇敢に戦う」道と「痛いときはお互い休みませんか？」という道があり、世界中のサッカー選手たちの大筋の合意によって「痛いときは休みましょう」が採用されていたのです。

そういう意味では、紳士協定としてプレーを止めたりボールを出したり返したりすることに逆らうというのは、世界中のサッカー選手たちの合議による「痛いときは休みましょう」に反旗を翻すような、空気が読めない輩の浮いている行為なわけです。「始業時間にタイムカードを切ればOK」っていう空気の会社で、「は？席について仕事開始してなかったらアウトでしょ？」って正義面の輩がいたらウザイじゃないですか。どっちが正しいではなく、ウザイじゃないですか。

サッカー選手は「痛いときは休む」で意見が揃っている、優しい紳士たちなのです。

だから、すんごい過剰に痛がる輩がいても「まぁ、それぐらい痛いこともあるわな」と思って大筋でスルーしますし、多少インチキな休み方でピンチを防ごうとする輩がいても眉をひそめながら「やり過ぎだぞ」と文句を言うくらいでルールで封じようとまではしないのです。だって「痛いときは休みたい」から。一時の正しさのために「自分が痛いときにも無理して頑張らないといけないようになるのはイヤ」ですから。

まぁね、気持ちはわかりますよね。サッカーの本質と関係ないとこの痛さですもんね。ボクシングやラグビーは「ぶつかり合いこそが競技の本質」って感じですけど、サッカーでの蹴り合いは本質ではなくオマケのアクシデントですからね。バーゲン会場で洋服の取り合いをしているときに勢い余ってパンチされたみたいな話であって、そんなことされたらムッと来ますし、それを耐えてまでバーゲンする覚悟はないのと一緒。蹴るのはボールであって相手ではない。だから「蹴られたときは、無駄に痛いから休みたい」となるのは当たり前だったのです。

ならばもっと主審がピーピー笛を吹いて適切に止めてあげるほうがいいって話も出そうですが、休み時間をキッチリ決められるのはそれはそれでウザイじゃないですか。会社でトイレの時間を決められて「1時間あたり1回、5分ずつ」キッチリ休みをくれたらウザイですよね。「痛いときは休みたい」「ついでにときどき休みたい」「自由に休みたい」まで合議は行なわれているのでしょう。それでお互いに合意した結果が、ちょっと何かあると倒れて休む、あの感じなのです。あれは倒れている人だけでなく、倒れていない人も含めての「合意」による休憩だったのです。下手したら「せっかくの休み時間なのに、すぐに立とうとされるとムカつく」まであるんじゃないかとさえ思います。

今後はみなさまに置かれましても、自分の思う正しさとかは脇に捨てて、「この人たちは痛いのはイヤなんだなー」「ときどき休みたいんだなー」と思って見るようにしていただければスッキリするかと思います。そして、痛いの痛いのイヤイヤしている人たちのなかでひとりだけイキり立っている戦闘民族がいたら「自分、浮いてるで」くらいに教えてあげてほしいなと思います。なるほどね、それなら「お互いに攻めないということで」とボール持ったままワザと負けるみたいなトンチキな試合もしますわな。「アカギ」と「カイジ」と「天」と「マラドーナ」みたいなメンツが揃ったら、そりゃ「ダマされたほうが悪い」というインチキアリアリの試合もしますわな。インチキ込みで勝ったほうがカッコいいまでありますわな。たったひとつの正しいルールなどなく、現場で臨機応変、メンツ次第の合議制なのですから。

そう思ったら、ネイマールさんみたいに実力も人気もある選手が、イテテイテテで転げまわってくれるのは同じ選手としてはとってもありがたい話なんだなと思いました。ああいう実力者が「痛みに耐えて戦うべき！」「サッカー選手なら立て！」「情けないぞ貴様ら！」とか言い出したら、やりづらくってしゃーないですもんね。テキトーにサボリながら結果出す上司のほうが、コッチもやりやすいですもんね。

ネイマールさんは理想の上司。

すぐに倒れるのは優しさの証明。

痛くなくてもみんなのために倒れよう。

そういうことだったのです。

何十年来のカンチガイ、ようやく晴れました！

↓痛いときに痛いと言いやすくしてくれる、そんな紳士でした！


多少やり過ぎる嫌いはあったとしても！

総じて「痛いときは休もう」で同意見！

それが世界中の選手による合議の結果！

たまにそれに逆らう輩は「浮いている」！

このように理解できてスッキリしました！



すぐに立って戦う勇敢マッチョを見たい人は、ほかの競技を見るとよさそう！