乾貴士が加入して以降、清水エスパルスは3勝2分けと好調だ

 途中交代を命じられた際、監督やその周囲に暴言を吐き、謹慎の身となり、その後はチームに合流することなくそのまま退団。セレッソ大阪と乾貴士の間に生じた軋轢について詳しく知る身ではないが、この手の騒動は最近、あまり聞かなくなっていた。

 ロマーリオがバルセロナの練習に来なくなったと思ったら、そのままブラジルに帰国。フラメンゴに電撃的に入団したのは1995年だが、当時、ものすごく驚かされたというわけではなかった。南米系の奔放な選手が、規律を重視する欧州のクラブとそりが合わずに帰国するケースは、よくある話だった。

 古きよき時代を連想させる古典的な選手。乾貴士は、最近お目にかかれなくなった希少な価値を持つ選手だと思う。現在34歳。大人げないと言うべきか、少年ぽいと言うべきか、扱いが難しいその精神性に加え、その特異さは、技術面に目を凝らしても際立つのである。

 ひと言でいえば、ドリブルが得意なテクニシャンだ。しかし、よくも悪くも安心して見ていられない不安定さ、意外性を最大の持ち味にする。淡泊なプレーを見せて落胆させられることもあれば、こちらの期待値を遙かに上回るスーパープレーで歓喜させることもある。

 清水エスパルスの一員として、初めてピッチに立ったのは7月31日。ホームで行なわれたサガン鳥栖戦だった。左ウイング後藤優介と交代で、同ポジションに投入されたのは後半18分。27分間という出場時間のなかで、こちらの目を惹きつけるプレーを披露したのはわずか1度にすぎなかった。

 しかし、その1度が鮮烈だった。76分、右SB片山瑛一が蹴った50メートルを超えようかという対角線キックを、右足のアウトでピタリと止めたのである。

 瞬間、想起したのは小野伸二だ。軽業師的な魅力を備えた選手という点で両者は一致するが、小野は乾ほどすばしっこくない。乾のほうが、軽さが際立つのだ。目を洗われるような高級感溢れるトラップとはこのことで、スタジアムを訪れた地元ファンに向けた挨拶代わりのようなプレーでもあった。

京都戦のスーパーゴールにセネガル戦を想起

 8月14日、ガンバ大阪とのアウェー戦でも、乾は白崎凌兵が逆サイドから蹴った長い対角線パスを、絵になるアクションで鮮やかに止めている。いざシュートという段でミートせず、淡泊な印象を与える結果になったが、右から来たボールに対応する巧さを、この試合でも見せつけることになった。

 懐かしい気がした。ともすると忘れがちになっていた4年半前の記憶が蘇ることになった。2018年ロシアW杯。乾はそこで2ゴール1アシストの大活躍を演じた。日本をベスト8の目前まで押し上げた最大の功労者であるという事実を思い出すことになった。

 8月27日に行なわれた京都サンガ戦で、筆者と思いを共有する人の数は一気に膨らんだのではないだろうか。サッカーファンの多くが4年半前のセネガル戦、ベルギー戦を想起したに違いない。

 対京都戦。0−0で迎えた後半23分のプレーである。

 清水は過去3戦に2勝1分けの成績を収め、一時期、最下位にまで後退した順位を11位(勝ち点28)まで上げていた。とはいえ自動降格ラインまでは6ポイント差。依然として降格候補であることは事実だった。対する京都は14位(勝ち点26)。この一戦はつまり、降格候補からの脱出をかけた戦いだった。そこで清水は試合を優勢に進めながらもてこずっていた。

 立田悠悟が左足で蹴ったロングキックが、前線にポジションを取っていた片山瑛一に収まった、その時だった。その下で構えるカルリーニョス・ジュニオを経由し、左サイドに張る乾に浮き球で送られてきた。

 そのツーバウンド目だった。その上がり際をインフロントとインステップの中間で、かぶせるようにハーフボレーで叩くと、次の瞬間、シュートはゴール右上隅に吸い込まれていた。美しい軌道を描いたスーパーゴールだった。

 頭をよぎったのはエカテリンブルクで行なわれた2018年ロシアW杯のセネガル戦だ。日本はセネガルに先制されたが、前半34分、乾が同点弾を決め、その時、試合は1−1で推移していた。乾の先制弾、さらに言えば、続くベルギー戦で挙げた試合を2−0とするゴールも、インフロントで巻くように蹴ったシュートだった。だが、京都戦のゴールと瓜ふたつだったのは、セネガル戦で後半19分に放ったバーとポストの角を直撃したシュートになる。

代わる日本代表選手は確かにいるが...

 決まっていれば、セネガルに勝てていたかもしれない。当時のノートに筆者はそう記していた。日本はこの後、セネガルにゴールを許し1−2とされるが、後半33分、乾のマイナスの折り返しを本田圭佑が押し込み、2−2で引き分けた。

 この大会で演じた大迫勇也の活躍は、いまだによく論じられる。カタールW杯のメンバーに選ばれる可能性がある大迫に対し、乾はその可能性がほぼゼロ。乾が演じた4年前の活躍はともすると忘れられがちだ。

 大迫が1ゴールだったのに対し、乾は2ゴール。アシストも決めている。バーとポストの角を直撃した惜しい一撃も放っているというのに、である。カタールW杯が近づいたタイミングで清水に移籍した乾の、4年半前を彷彿とさせるシュートやトラップを目の当たりにすると、思わず判官贔屓をしたくなるのである。

 大迫に代わる選手は相変わらずいないが、乾に代わる選手は確かに存在する。日本はいまやウイング天国。4年前の日本より、ウイングの層は何倍も厚くなっている。34歳の乾はお呼びでない状態にある。森保一監督に至っては、就任しておよそ半年後、早々と彼に見切りをつけていた。

 だが、長めの対角線パスが左ウイングの乾の足元に収まった時、何かが起きそうな予感はいまだにする。そしてそこは早くも清水の生命線になりかけている。

 カタールW杯の足音とともに終盤を迎えるJリーグで、前回W杯の功労者としてのプライドを、キレキレのプレーに乗せて、いかんなく発揮してほしいものである。