日本経済の復活には何が必要なのか。経営コンサルタントの鈴木貴博さんは「仮想空間で暮らす『メタバース経済』の未来が現実味を帯びてきているが、私はちっともワクワクしない。日本が進むべき道は、現実世界の生活を充実させる『モビリティ経済』ではないか」という――。

※本稿は、鈴木貴博『日本経済 復活の書』(PHPビジネス新書)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/Kinwun
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Kinwun

■仮想空間でまわす経済は、日本の強みを発揮できる

今、世界が「メタバース」に注目しています。

メタバースというのは現実世界とは別の生活を送ることができる仮想空間のことです。自分とは違う人格やキャラとして、この世界とはまるで違う空想世界で暮らす世界。そこでリアル社会とは別の友人がたくさんでき、おそらく敵もたくさんいて、現実世界よりもずっとエキサイティングな日々を送ることができる。そのような仮想空間のことです。

メタバースが今、話題になっている理由は、技術が追いついてきたことに加えて、現実にメタバースが世界のあちこちにでき始めていることです。たとえば任天堂の「あつまれ どうぶつの森」は日本で一番有名なメタバースです。

これまでの累計販売本数は3000万本を超え、結構な数の日本人がコロナ禍でも「あつまれ どうぶつの森」の世界で平穏に生活をしています。

アメリカの巨大IT企業は皆、このメタバースに注目しています。中でもフェイスブックは近年、社名をメタ・プラットフォームズに変更してその事業基盤をインスタグラムやフェイスブックといったSNSからメタバースに移行しようと計画しています。

高度なCG技術を持ち、マリオやポケモン、ハローキティなど強力なIP(知的財産)を持つ日本は、このメタバースと相性がいいと言えます。

メタバースが広がるのに合わせて日本経済をメタバース側で拡大させていくというのは、いかにも日本の強みを生かせそうな国家戦略です。企業でいえばソニーグループや任天堂、集英社やKADOKAWA、エイベックスやLDHなど、時流に乗れそうな顔触れも具体的にイメージできるでしょう。

■このまま「メタバース大国論」に突き進んでいいのか

それはそれで一つの未来ではあるのですが、ここで原点に立ち戻って、メタバース大国になることが日本にとって本当に良いのかを考えてみたいと思います。

メタバース大国戦略は確かに時流に合っています。

メタバース大国論は少子高齢化、かつ脱炭素の低エネルギー社会に向いています。とにかく国民全員が皆、一日をスマホの中で過ごすように仕向けていけばいい。ないしはVRゴーグルだけを見ながら過ごすのかもしれませんが、とにかく仕事も遊びも家に閉じこもって行うようになる。それでみんながお金を使ってくれるのであれば、メタバース経済は未来的なエコ経済かもしれません。

しかし私にはどうもメタバース経済は面白くない。なんというかわくわくしないのです。

そこでメタバース経済の対立軸となる真逆の成長戦略を考えてみます。それは日々大量の商材が日本のインフラである道路網を移動し、たくさんの人々が毎日リアルに外出し、さまざまな場所に自在に顔を出して活動するという「モビリティ経済」です。

■20年後のモビリティはどうなっているのか

2022年、ホンダとソニーが未来の自動車を作るために手を組みました。2040年までには今とは違う未来的な自動車社会が出現し、自分で運転しなくてもいいロボカーやロボタクシーが無数に走る未来がやってくると想定してみましょう。

その未来では外出の概念が今とはがらりと変わるようになります。

あの耳障りがいいホンダのエンジン音は2040年の未来には過去のものになっています。なにしろガソリン車はこの時代、禁止されているのです。むしろ未来のEV車の車内はソニーのノイズキャンセリング技術によって静謐(せいひつ)な空間になっているでしょう。

ロボカーの場合、手にするのはハンドルではなく自動車内部に無数に設置された有機ELパネル。スマホならぬスマカーで、パネルはエンタメコンテンツを観るだけのものではなくスケジュールやメールを確認したり、SNSを超えて誰かとつながるためのコネクテッドデバイスにもなっているはずです。

■「モビリティ経済」に進んだ日本人の1日のシナリオ

2040年のある日の私のスケジュールを想像してみましょう。

19時に西麻布の交差点に到着。車を降りる前に「今晩会えるかもしれない他の人のリスト」を車の中でチェックします。GPS情報やスケジュール、SNS上の距離などを人工知能が考えた上で「ひょっとしてこの人にも今晩会いたくないですか?」というリストが予測順に並びます。そのうち何人か、会ってもいいなと思う人にチェックをした上で、映画『キル・ビル』で有名になった居酒屋・権八に出かけます。

串焼きを食べながら友人と談笑しているとスマホに新しいスケジュールが着信します。AI秘書機能による自動スケジュール調整で、この後、21時に骨董(こっとう)通りのバーでとある企業の経営者と合流して非公式にコンサルティング、それが終わった23時には六本木のものまねエンターテイメントハウスに移動して高校時代の同級生と再会。こうした夜の冒険をしこたま楽しんだら帰宅して明日に備えます。

その間の移動はすべてスマートカーに乗りパネルを触って音楽をかけ、検索したり情報発信したりコーヒーを飲んだり買い物したりとそこそこ忙しい。とはいえ2020年と比べれば移動が楽な上に、夜のスケジュールも昼間の仕事と同じくらい高い密度でこなすことができ、しかも予定外の人に会うチャンスが日々増える未来がやってきます。

■「友達のいない50代」が幸せになれる世界

このモビリティ社会のシナリオについて、別の角度から別の説明をしたいと思います。

「50代以降では友達のいない日本人が過半数だ」という調査があります。確かに私も若い頃は積極的にいろいろなところに顔を出したものですが、歳をとるにつれてつきあいも面倒くさくなってきます。

この歳になって今さら、「なんか新しいこと始めようよ。俺たち2人なら何かできそうじゃん」と誰かに誘われても引いてしまう自分が容易に想像できます。

でも、ただ会いたい人なら500人ぐらいいるのも事実です。小学校のときの親友とか、幼馴染の女の子とか、大学のときのバイト仲間とか、社会人のときによく通っていたお店のマスターとか、同じビジネス案件にかつて敵として関わっていた知人とか。

私の場合、そういった人たちの多くとはたぶんもう二度と会うことなく死んでいくのだと思います。別に友情が復活したり、恋愛が芽生えたり、新しいチャレンジが始まったりはしなくていいのですが、1週間に1人のペースで10年かけて500人とただ話をしてみたいとは思うのです。

■「空想に没入するよりもずっといい」と言い切れるワケ

技術的にはSNS上の関係性とGPSの位置情報とスケジュールとで、今よりもスマートにそのようなマッチングができるはず。

人生100年の時代です。ロボカーの出現する未来にそうやっていろいろなところにリアルに連れていってもらえて過去の友人たちに会えるなら、メタバースに没入するよりもずっと人生の後半戦は豊かになる。このようなリアルSNSはロボカーのキラーコンテンツになると思うのです。

写真=iStock.com/Blue Planet Studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Blue Planet Studio

モビリティ経済とは人と物が今よりもとにかくたくさん動くような未来を設計することだと定義しましょう。当然のことながらモビリティ経済が発展すれば、リアル経済が成長します。

日本人全体が人と会う機会が増えることで飲食店が繁盛して回転率が上がるだけでなく、ファッションにもお金を使うようになるでしょうし、女性の場合コスメや美容家電、スパやエステの消費も増加します。それなりに話題も必要でしょうから情報消費やリアルなレジャー消費も増えることになる。

こうして考えるとモビリティ社会の発展は日本経済にはプラスになることばかりです。

私個人の記憶で言えば、これは1980年代後半のバブルの頃の再来です。それもはじけることがなく楽しい日々が長く続く未来のバブル。みんなが着飾って、みんながお金を使って、それでいてみんなにお金が回ってくる経済です。

■どちらを選ぶかで、未来は180度変わる

メタバース経済の未来とモビリティ経済の未来は一見、論理的にはその両方が狙えそうですが、現実の経済ではどちらかが選択される二者択一の側面が強いという話をしたいと思います。

そして、どちらを選ぶかで未来が大きく変わります。

そもそもの前提として今、大半の国民はスマホが触りたくて仕方ありません。なぜ自動車が売れないのか。その理由は時間があれば自動車よりもスマホを触りたいから。スマホとクルマは競合商品なのです。

モビリティ経済には現実のリソースの制約も問題になります。

物流が増えれば経済が発展するのですが、その物流は人員の観点から成長のボトルネックになっています。運送会社はどこも人手が足らず、宅配クライシスを回避するためには物が動かない未来を作りたいという圧力が存在します。

さらに国際的な政治環境もスマホ有利に働いています。

2020年代に入ってからの状況を振り返れば、コロナ禍で「不要不急の外出は控えるように」と言われ、ロシアのウクライナ侵攻による原油高では「なるべく電気を使わないように節約しよう」と政治家が呼びかけているのが実情です。

ひょっとするとこれから先についても「ゼロカーボンの目標を達成するには、このままの状況がずっと続いたほうが都合がいいんじゃないか」みたいなことを永田町と霞が関で偉い人たちが話し合っているかもしれません。

つまりこのままいけば、未来はメタバースに向かう可能性のほうが高いのです。

■「2つに1つ」大事なのはときめくかどうか

モビリティ経済を発展させるためにはエネルギーの問題を解決し、自動車をスマホよりも魅力的なコネクテッドガジェットに進化させる必要がある。そのための戦略投資が不十分ならばモビリティ経済は立ち上がりません。発展には選択と集中が重要です。

鈴木貴博『日本経済 復活の書』(PHPビジネス新書)

さて、これは戦略策定の専門家としての私の意見ですが、二つの戦略があってそれぞれがありうる戦略だった場合、選択と集中の判断基準として二つの案のうち「ときめくほう」を選ぶことをお勧めします。

こんまりさんの影響で「ときめくかどうか」は物を捨てるときの判断基準だと私たちは思いがちなのですが、実は未来を選ぶときの基準としてもときめくかどうかは重要です。

エネルギーの節約を気候変動対策の大前提だと考えたら、未来はメタバース経済選択の一択になってしまいます。スマホにときめく人はそれでもいいかもしれませんが、個人的に私は反対です。

私には、モビリティ経済のほうがだんぜんときめきます。いつも誰かに会いにいきたいし、どこかに出かけて買い物したいし、週末は3泊ぐらい旅をしたいのです。日本の未来は制約条件で選ぶのではなく、ときめくかどうかで選んだほうがずっといいのです。

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鈴木 貴博(すずき・たかひろ)
経営コンサルタント
1962年生まれ、愛知県出身。東京大卒。ボストン コンサルティング グループなどを経て、2003年に百年コンサルティングを創業。著書に『日本経済 予言の書 2020年代、不安な未来の読み解き方』など。
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(経営コンサルタント 鈴木 貴博)