歯列矯正、エラボトックス、埋没二重、小鼻縮小、二重全切開など、整形手術に400万円かけてきた真波さん(編集部撮影)

外見によって人の価値をはかるべきではない――。「ルッキズム」とは容姿の美醜による差別の意味でしばしば使われるが、それでも自分の基準で「美しくありたい」と思う人は多くいる。自らの外見を変えることによって、その人たちが手にしたいものは何なのか。「美しくありたい」の背景にあるものを追う。

「みんなの末っ子」として愛されてきた

春の雨がアスファルトを叩く渋谷センター街。

煌々と輝くカラオケボックスの一室に、黒のセットアップを纏った金髪の女性が駆け込んできた。葉月真波さん(仮名、25歳)。約束に遅れたことを詫びたはずみに、ショートヘアから雨の雫がきらっと跳ねる。その顔に“整形美人”のイメージはない。彼女はネバーランドに住むあの少年のような、不思議な雰囲気を漂わせていた。


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「私、小学生くらいまでは自分のことをめっちゃ可愛いと思ってたんですよ。“可愛い、可愛い”って言われて育ったので。顔面に関しての自己肯定感は、かなり高かったと思います。それが、中高生になって容姿のことを考えはじめて、まわりのモテる子と比べると“なんか違う”と思うようになりました。さんざん言われてきた“可愛い”も言われなくなったし、きわめつけは進学のために上京したとき。東京にはあまりにも可愛い子が多くて、衝撃を受けました」

真波さんは高校卒業までのどかな地方都市で暮らしていた。近所づきあいでは最年少だったので、“みんなの末っ子”としてたっぷり愛されてきたという。自尊心も順風満帆に育てられた。ところが、おだやかだった海は“都会の美女”という嵐に見舞われる。揺るぎなく“可愛い”を指していたコンパスの針が、ぐるぐると回りはじめた。

「もともとエラが気になってはいたんです。高校生のころは“すごいエラ張ってるね”っていじられることも多くて。でも、そのときはふざけキャラだったので自分でプリクラに“エラ”って書いて笑ったりしてたんですが……“やっぱり、エラをなくしたほうがいいのかな”と思って、エラボトックスをしました」

おそるおそるエラ(咬筋)の張りを抑制するボトックス注射を受けたところ、劇的な効果が現れたという。

流れるように二重の埋没手術を受けた

あんなに存在感のあったエラが、奥ゆかしく収まっている――。

真波さんは目を瞠った。ただ、ボトックスは徐々に効果が薄れるので、継続して注射を打たなくてはならない。半年後、2回目の施術に訪れた彼女に、ドクターがさらりと言った。

「ほかに気になってるところはない? 今ならモニターで安く二重整形ができるよ」

まるで「ご一緒にポテトはいかがですか?」とでも言うような気軽さで、彼は二重整形を勧めてきた。当時大学2年で一重まぶたも気にしていた真波さんは、「それならば」と応じることにした。

だが、このときこそ高揚と沈鬱がせめぎあう“整形”という大海原に彼女が漕ぎ出した瞬間だった。

「二重整形って本当に変わるんです。今までアイプチやアイテープでがんばっていたのは何だったの!? と思うくらいに。感動して、そこからメスを入れる整形にもズブズブはまっていきました。ちなみに今までやったものがこれです」

真波さんが見せてくれた“美容整形履歴”には、2015年5月の歯列矯正(非抜歯)を筆頭に、エラボトックス、埋没二重、小鼻縮小、額ボトックス、涙袋ヒアルロン酸、Vライン形成(斜骨切り法)、脂肪移植(額、鼻筋、鼻翼基部、頬、こめかみ)、目尻切開、グラマラス形成、鼻尖形成、鼻翼軟骨移植、ボブリフト、二重全切開などなど、これまで受けてきた施術の日付と内容が詳細に記されていた。これだけの整形にかかった費用は、400万円にも及ぶ。

“履歴”のほか、“やりたい施術”として上顎前突矯正、鼻プロテーゼ、目頭切開などもリストアップされていた。

気になっていたエラを治し、二重まぶたも得たならば、もう心はおだやかに凪ぎそうなもの。けれどそうならなかったのは、手痛い失恋を引きずっていたせいもあるという。

「私は小学生のころ毛深くて、好きな男の子に“お前って眉毛めっちゃ濃いよな。男みたい!”って言われたことがあったんです。すごいショックでしたね」

それが、容姿について人の言葉で刺された最初の痛みだった。

真波さんはそれから「私の顔、何か言われたらどうしよう?」と身構えるようになったという。高校生のときは神尾楓珠さんのような美しい彼氏がいたが、やがて別れを切り出され、その理由を「自分の顔が彼と釣り合わなかったせいだ」と勝手に結論づけて苦しんだ。彼が好きだった桜井日奈子さんと自分の顔を比べては、「彼女と私じゃ全然違う」と鏡を伏せた。

さらに、整形前にガールズバーの面接を受けた際、店長に「ガールズバーはもっときれいな子がやるものだから、君は風俗のほうが向いてるよ」と、けんもほろろな対応をされたことも響いたという。真波さんはコンプレックスに牙をむかれ、「私の顔、そんなにレベルが低いんだ」と悔しさに胸を灼かれた。

こうした経験と、整形の効果を実感したこともあり、「もっと可愛くなりたい! 可愛ければつらい目に遭うこともないはず」という思いが、さらなる整形へと彼女を駆り立てた。

元彼の「前のほうが可愛かったよ!」

真波さんはボトックスをやめて本格的な手術を受け、すっきりしたフェイスラインを手に入れた。スマートな鼻梁、ぱっちりした瞳もわがものにしたその顔は、どことなくモデルの岡崎紗絵さんを思わせる。美しく生まれ変わった彼女は、満を持して因縁の元彼“神尾くん”と再会を果たした。

「ドヤ顔で“整形したんだ!”って言ったら、“なんで!? 前のほうがよかったじゃん。前のほうが可愛かったよ!”って言われたんです」

立ちすくむような無力感に襲われたと、真波さんは言う。

「うわ〜! ってなりました。一体、誰のために整形したと思ってるの!? って。また会えたとき、“可愛い”って言われるためだったのに、そんなふうに言われたら“じゃあ私、何に悩んでたの?”って、パニックになってしまって。

ただ、そのおかげで整形とか顔に執着していたひとつの要素は、切り離せたんです。“お前のためじゃねえし!”って。“誰かに認めてもらうための整形”に区切りをつけて、イニシアチブを取り返せたというか。それからは“自分のための整形”に励むようになりました」

好きだった少年、ガールズバーの店主、そして未練のあった元彼。誰かが書いた“地図”を破り捨てた真波さんは、自らの手で進路を取り、整形海の奥へ奥へと進んでいった。

今はSNSで整形アカウントを運営し、自分の体験を披露したり、容姿の悩みを抱える人の相談に乗ったりしている。恋愛も順調で新しい彼と暮らしているが、「整形をやめるつもりはない」という。

「彼はもう整形しないでほしいって言ってます。整形をしてから付き合い出したので、実は……と伝えたら“ええっ!”みたいな感じでしたけど。そのときはまだ二重とか小鼻縮小くらいだったので、驚きはされたけど“まあいいんじゃない”という反応でしたね」

真波さんの“整形活動”をゆったり受け止めていた彼だが、付き合って3カ月ほど経ったとき「骨を切るわ」と伝えた際はさすがに“引いていた”という。骨を切ってまで整形することのリスクや費用を心配してのことだが、「俺にお金の工面はできないからね。俺に迷惑がかからなくて、後悔しないんだったらいいと思うよ」とのスタンスで容認してくれた。

最近の真波さんは何も言わずにクリニックに行き、包帯ぐるぐるの姿で帰ってくるので、彼は「いつまでやるの?」と呆れているという。

「親にもらった身体に傷をつけるな」という日本

真波さんの彼はかなり理解があると言えるが、すべての男性が恋人の整形に対して寛容だとは限らない。

「大学生のころ、課題論文で美容整形について取り上げたことがあるんです。テーマは“日本で美容整形に偏見が持たれる理由とは?”。日本と韓国の美意識の違いとか、両国の整形というものに対する考え方の違いについて掘り下げました。たとえば、日本の昔ながらの考え方では、“自分の身体に傷をつけてはいけない”、“親にもらった身体を大切にしなくてはいけない”という強い思いがあって、オリジナルを次代に継いでいくことが親孝行とされる傾向があります。

これに対し韓国では、自分の姿をより魅力的にして良い人と縁付き、子孫を繁栄させるという考えがありました。そうやって家系を途絶えさせないことが韓国にとっては親への恩返しなんです。同じ恩返しでも、親に喜ばれることの価値観が違うんですね。だから、日本では恋人が整形で美しくなっても、“騙してる”って言われたり、厳しい目で見る人が多いのかもしれません」

「騙してる」とは、整形した人が浴びせられがちな言葉だ。「そう言われたらそうかもしれないけど」と前置いたうえで、真波さんは切り返した。

「私自身、自分がこれだけ容姿にこだわったり、整形に対して貪欲だったり、外見に気を遣っているから、そこに一切気を遣わない人に対してはちょっとモヤッとするところがあるんです。よくない気持ちなんですけど。“ちょっとくらい気を遣ったらどうなの!?”と思ってしまう……。

あとは、自分より全然可愛くない女の子がいて、でもその子が幸せそうだったりしたら、“(可愛くないのに)何がこの子をそうさせるんだろう?”って自分との違いをすごく考えてしまいますね。馬鹿にするというよりうらやましくて、“すごっ!”と思うんです。私も、可愛くなくても不安にならず、幸せでいられる気持ちを持てるようになりたかったなって」

「顔がよくて困ることはない」という残酷な事実

容姿がよければ幸せで、そうでなければ不幸せ。ルールが単純なら目標を定めやすいし、諦めもつきやすい。真波さんは元彼に振られたことも、「本当は短絡的なことじゃないってわかっていました。でもそうじゃないと納得いかないというか、それ以外で振られた理由と向き合うのがこわかった」と分析している。

それでも、美しくあることで自らを傷つけるものを退け、精神的な安寧を得られるなら叶えられる美はひとつ残らずに手にしようと、彼女は整形という宝島で冒険を続ける。幾度となく整形を繰り返してたどりついたのは、「顔がよくて困ることはない」という絶対的な真理だ。

「私はインスタやTikTokが爆発的に流行って、世の中が“顔の世界”になっていく最中に整形と出会いました。でも、今十代の子たちは精神的にもっと大変だと思います。学校でもSNSでも“顔面至上主義”で、電車に乗れば中高生向けの美容医療の広告があったりするし。なので、そうした現状のなか“人は顔じゃないよ!”っていうのはちょっときれいごとかなと。問題が叫ばれているルッキズムについては、“自分はどう向き合うか”が重要で、社会的に“顔がよくて困ることはない”という残酷な事実はしっかり受け止めておくべきだと思います。だから整形をしろというわけではありませんが、本当に美しくなって困ることって、何ひとつないんですよ」

“事実”を受け入れ、心の赴くまま美を求める真波さんには、どこか凜々しささえ感じられた。

ところで、ココ・シャネルの名言に「20歳の顔は自然からの贈り物、30歳の顔はあなたの人生、50歳の顔はあなたの功績」というものがある。

25歳の真波さんは、今まさに“人生の顔づくり”の直中にいる。

華やいだ笑顔に、自信が見える。

30歳になったとき、そして50歳になったとき、彼女はどんな“顔”で微笑んでいるのだろうか。

(みきーる : 文筆家、女子マインド学研究家)