※この記事は2022年01月01日にBLOGOSで公開されたものです

ロンドンに新たなラーメン横丁が11月、オープン

「ワン・ツー・スリー、よいしょ!」

木槌を手にした3人が、「月桂冠」と書かれた大きな樽酒を開けた。樽のそばに陣取っていたカメラマンたちが一斉にフラッシュをたくと同時に、会場は大きな拍手に包まれた。

ここは日本ではない。ロンドンの繁華街レスタースクエアの先にあるラーメン店「パントン横丁」。そのオープン・イベントの一場面である。

お試しのラーメンを注文するために列に並んだ筆者は、東京醤油ラーメンを頼んでみた。

店員からアツアツのラーメンが入ったどんぶりを受け取り、テーブルに持ってきた。まずはスープを飲み、麺をすする。店内の昭和レトロな雰囲気に包まれ一瞬、ここがロンドンであることを忘れた。

1杯2000円のラーメンは珍しくないロンドン

日本でおなじみのラーメンがロンドンでブームになったのは、約10年前。今や「Ramen」は英語の辞書にも語彙として登録されている。

ただ、日本のラーメンとロンドンの「Ramen」で大きく違うのは値段だ。

日本ではラーメンというと、その種類はピンからキリまであるものの、「価格が安く、どこでも気軽に食べられる」という認識があるのではないだろうか。一方、ロンドンの「Ramen」は、日本円に換算すると一杯2000円前後が珍しくない。特に高級食材を使っているわけでもないのに、である。

例えば、日本でも人気の一風堂に関していえば、豚骨ラーメンが1杯800~1000円程度で食べられるが、(https://www.ippudo.com/news/210323_price/)ロンドンの一風堂の店舗では、2021年12月時点で同様とみられる商品が1杯13.5ポンド(2030円)からとなっている。

「ラーメン一杯で、2000円?」と日本の皆さんは驚かれるだろうが、ロンドンそしてイギリス国内ではこの価格帯が普通で、年を追うごとに人気を博してきた。

ちなみに、外食価格を日英で比較すると、日本から来た人はイギリスの外食費の高さに目を丸くするだろう。

レストランはその種類によって価格が大きく上下するものの、夜に外で食事をした場合、いわゆる主菜となるメインが11ポンドから20ポンド(1600円から3000円)の間になるのは、ごく普通だ。このほかに前菜やデザートなどをセットで注文するのが普通のため、ディナーで外食した場合平均で5000円ぐらいになっても決しておかしくはない。

イギリスでは、ラーメンはいわゆる「メイン」として位置づけられる。そのため日本円換算で約2000円になっても「高すぎる」と思う人は、イギリスではほんとどいないのである。

以前はパスタに慣れている客の舌に合う味だった?

ラーメン・ブームが発生する前から、和食を出すレストランではラーメンが提供されてきた。例えば、日本やアジア諸国の料理を出すレストランチェーン「Wagamama(わがまま)」(1992年、中国系イギリス人が創業)がその1つ。

店名に「わがまま」という日本語を使い、メニューにも和食が多いため、「Wagamama=和食レストラン」というイメージがある。イギリスに来て間もないころ、筆者は日本が懐かしくて、時々、行ったものである。

そこで、枝豆やラーメン、アサヒビールなどを頼んだが、Wagamamaのラーメンは、どうも自分が日本で食べてきたラーメンとは違うようだった。

ラーメンは「熱い」、「しょっぱい」はずである。しかし、Wagamamaのラーメンはスープがやや生ぬるく、それほどしょっぱくない。何度も注文して、そのたびにがっかりしてきたのだが、周囲を見ると、Wagamamaにはいつもたくさんのイギリス人の客が訪れ、楽しそうにラーメンをすすっていた。

日本流のラーメンを期待するとややがっかりだが、実は、Wagamamaのラーメンは、「スープ入りのパスタ」なのだとある時、気づいた。あくまで筆者の分析によるが、それほど熱すぎず、それほどしょっぱくもないラーメンは、スープにもパスタにも慣れているヨーロッパ人の客の舌に合う味なのである。

今やロンドンはラーメンの激戦区に

しかし、10年ほど前からいよいよ日本により近い味のラーメンが出されるようになってきたように思う。ロンドンのラーメン・ブームの到来である。

ブームのメインは豚骨ラーメンで、けん引役となったのが前述した九州・博多風豚骨ラーメンを出す「一風堂」や日本の食材や雑誌類を販売するジャパンセンターが運営する「昇竜」。ほかにも醤油、味噌、塩味を揃える「麺屋佐助」、オーストラリア人のオーナーシェフが作る独創的なラーメンが出る「ボーン・ダディーズ」など現在では多くのラーメン店が店舗を営業している。

ロンドンの繁華街ピカデリー・サーカスやソーホー付近がメッカとなり、チェーンの店舗がどんどん増えた。今やロンドンはラーメンの激戦区だ。豚骨ラーメン専門店「金田屋」は行列しないと入れないほどだ。

こんな激戦の地に、昨年来、参入したのが、すでに昇竜チェーンを成功させている、ジャパンセンターの「横丁」シリーズである。

ロンドンに日本の昭和レトロを感じさせる横丁が再現

ユニクロの大型店があるリージェント・ストリートから少し入った場所となるヘドン・ストリート。ここにオープンしたのが、「ヘドン横丁」。最新の店舗として、昨年11月末「パントン横丁」が開店した。「パントン」とはラーメン店があるパントン・ストリートから取ったものだ。ヘドン横丁よりも店舗内はかなり広い。横丁シリーズの本拠点の位置づけがあるのだろう。いわば「本店」ラーメン店のようだ。

横丁シリーズのラーメン店に入って驚くのが、「よくぞここまでやった」と思うほどの昭和レトロの雰囲気の再現だ。

入り口にはどちらの横丁の場合も、赤いラーメンの器に盛られた麺を箸がすくい上げる動作を繰り返す模型が置かれ、思わず見入ってしまう。

オープンイベントの日、パントン横丁に一歩足を踏み入れると、天井からぶら下がる提灯に「ラーメン」の文字。壁には着物姿の女優・松山容子がレトルト・カレーをご飯にかける「ボンカレー」の看板、大塚製薬のオロナイン軟膏を勧める、浪花千栄子の看板など、昭和時代を知る人には非常に懐かしい看板があちこちにある。

カウンター席には「呑み処」と黒字で書かれたのれんが置かれ、横には「生ビール」の提灯がある。

歩みを進めると、もう日本にはないだろうと思われる、赤い公衆電話もあった。上を見上げると、足袋の「フクスケ」を売る店、という看板が突き出ていた。

電圧計がまとめられた一角では、その1つに「われもの注意」という注意書きが貼られていた。昔の家によくあった、小ぶりの階段や丸い木の柱もあった。

テーブルにつくと、箸をまとめた入れ物がビスコの保存缶。とにかく、辺りを見回すと、昭和レトロのグッズでいっぱいなのである。

流れる音楽も懐かしい昭和の歌謡曲だ。美空ひばり、美川憲一、そしてサザンオールスターズ。サザンは今でも大人気だが、活動開始は1974年、デビューは78年だから、もう40年以上前なのだ。

なぜロンドンに横丁?発案者に聞いた

横丁シリーズはジャパンセンターの創業者徳峰国蔵氏が10年ほど前から構想を温めてきたものだった。「浅草の飲食街を再現したかった」との思いからだという。

内装のデザインはイギリスの会社が担当し、日本人ではないが「良く日本を知っている」人々だという。

昨年春以降、新型コロナウイルスの広がりで、イギリスの外食産業は打撃を受けた。徳光氏のビジネスも例外ではなかったという。

パントン横丁の開店は、「攻め」で進む同氏のビジネス方針の体現だった。

パントン横丁はヘンドン店よりもかなり広い。「ここに、ラーメン屋を開いてみたい人に機会を与えたい」という徳峰氏は、腕に自信のあるラーメン起業家のためにパントン店のスペースを空け、「期間限定のラーメン店」を営業してもらう予定だ。当初は新規の2店舗ほどになるという。

札幌、東京、博多…。ご当地ラーメンが続々と

昭和レトロの雰囲気だけではなく、全国各地、そして様々なアレンジのラーメンが楽しめることも横丁の売りだ。

札幌味噌ラーメン、東京醤油ラーメン、博多豚骨ラーメン、函館塩ラーメン、トマトソース仕立てのビーガン・ナポリタンラーメンなど。テーブルに置かれたメニューには、ラーメンの写真と発祥地域、発祥年、麺の太さ、スープの種類等が表記されており、ラーメンに詳しくない人にも何が入っているのかが分かりやすくなっている。

昭和を知る日本人にとっては大変懐かしいそして昭和を知らない若い日本人や外国人にとっては異空間かもしれない。そう感じさせてくれるのが、横丁店である。

取材後記

樽酒の鏡開きの後、いよいよ、イベントのクライマックスとなるラーメンの試食が始まり、食べている間に、日本の歌謡曲が流れてきた。

今時の日本で、このようなレトロチックなお店はいったいどれぐらい残っているのだろう。もしかしたら、ここまで昭和がぎゅっと集まった場所はほとんどないのかもしれない。そう思うと、ラーメンをすすりながら、なんだか涙が出てきた。かつて自分が生きてきた昭和。子供時代のいろいろな思い出。歌やボンカレーの広告が想起させる、家族や友人たちと過ごした時間。

そういうことが思い出されてきて、ふと自分が日本に、しかも過去の日本に戻った気がした。

ロンドンにあるラーメン屋の中で、筆者はまだ数か所しか行ったことがない。ほかにどんな味のラーメンが楽しまれているのか。これから探索していきたいと思っている。