※この記事は2015年10月17日にBLOGOSで公開されたものです

　世田谷区の区長である保坂展人氏のツイートを見ていたら、面白い記事を見つけた。
　オランダで行われている、老人ホームに若い人が一緒に暮らすプロジェクトの話である。若者は決められた時間、老人とコミュニケーションをとる代わりに、家賃無料で生活をすることができるというものだ。
　そして、日本などでも一人暮らしなどをしている高齢者と、若者を共同計画させようというプロジェクトが動いているという。世田谷区でも、同居の仕組みをより整備していこうとしているという。(*1)

　いやぁ。すばらしい。これはまさに安倍政権が掲げる「一億総活躍」の具体例ですよ。
　本来、日本国憲法に定められた国民の権利である生存権。これが想定している「衣食住」のうちの「住」の権利を国民が得ることに対して、老人介護という、今後日本が高齢化社会に突き進む中で問題になってくる部分を「義務」として負担してもらう。
　まさに、活躍ありきで、それに対して後から権利を付与するという、まさに安倍自民党が目指すべき道を、元社民党の議員であった保坂展人世田谷区長が、極めて具体的に指し示しているのですから、これは実に素晴らしいです。

　嫌味はここまでにして。
　さて、これは明らかな「徴用」だ。
　つまり、公的な都合を解消するために、公が個に対してプライベートの部分まで踏み込んで、必要以上の義務を課しているということである。 　よく似た言葉に「徴兵」があるが、徴兵は徴用の１つの形に過ぎない。
　徴兵に対してリベラルな人たちが反対するというのは、公の側が個人の自由意志を義務をもって縛り付けることに対して批判をしているのである。もっとも、最近の自称リベラルな方々はどうも「戦争に行くのが嫌だ」「人を殺すのが嫌だ」という、つまらない理由で反対しているようだけれども。

　本来、生存権に基づき、人が住居を得る権利は保障されている。そこには当然、課せられる義務などない。人権は自然権であり、生まれながらに付与されている。
　しかし、権利の前に義務があるのが当たり前だと主張する政治家が、そうだそうだと支持を受けてしまうような、人権意識の低い日本社会の風潮では、こうした「徴用」が「個人の権利の侵害」という本来の文脈で批判されるどころか、むしろ貧しい人たちを助けるより良い福祉を行政が提供しているかのように受け取られてしまう。

　オランダのように老人ホームであれば、まだ多くの人がいることから、関係性も濃密ではなく、共同生活の体を守ることができるのかもしれない。
　しかし、その家が高齢者個人の持ち物であり、そこに若者が同居するとしたら、そこ発生するのは「家族」の嫌な部分だけを濃縮した地獄のような空間であろうことは想像に難くない。
　つまり、若者が高齢者介護を担わされる代わりに、居住の権利を得るということは、行政から権利を付帯された高齢者を長とする擬似家族の従属者として、家族としての義務を強要されることに他ならないのである。

　もちろん、実際の家族として扱ってくれるような善良な高齢者に当たる若者もいるだろう。しかし、一方で若者を小間使いのように勘違いする高齢者も多いに違いない。更には、保坂氏の記事のイメージ写真のような男性高齢者と若い女性の組み合わせでは、セクハラ……いや、性的関係の強要と言ったほうがいいだろう。そうしたことが発生する可能性は決して低くない。
　そしてこうした問題が起きた時に、高齢者に罪の意識はほとんど無いであろう。

　家賃すら払えない貧乏な若者など、高齢者にとってはアカの他人だし、見下すべき対象だ。むしろ「若い時の苦労は買ってでもしろ」と言われるように、若者に苦労をさせることが人生の先輩である高齢者の勤めであると考えている人も少なくない。
　行政の側も、問題を起こすのは一部の悪質な高齢者だとして、責任を逃れるだろう。そして世間も「家に住まわせてもらっているのだから我慢しろ」というご立派な意見が噴出するに違いあるまい。

　しかし本当は、若者が貧乏なのは国や行政の再分配が失敗しているからである。また、高齢者の介護が足りないのも再分配の失敗である。そして高齢者と若い人がコミュニケーションをとれないのは、成人が仕事以外でコミュニケーションを取る場が不足しているからで、それは「労働の時短」や「職住近接」といった方策をもって解消するしかないのである。
　それができないからといって、立場の弱い人達に責任を押し付けるなど、行政の恥というほかはない。
　一億総活躍を目指すこれからの日本は、いかに行政が役割を果たさず、「活躍」という耳障りのいい言葉をもって、個人に責任を押し付けていくかという、実に世知辛い社会となっていくことであろう。


*1：「高齢者の孤独」を癒す「学生・若者とのホームシェア」の可能性は（ハフィントンポスト）http://www.huffingtonpost.jp/nobuto-hosaka/home-share_b_8283440.html