「働いてさえいれば男性としての役割を果たしている」という価値観を見直すべき～田中俊之氏インタビュー～ - BLOGOS編集部

2022年3月30日 0時0分

※この記事は2015年10月07日にBLOGOSで公開されたものです

「平成２６年版男女共同参画白書」において、男性の幸福度が女性と比較して低かったことから、「男性の生きづらさ」にも注目が集まっている。「男性が生きづらさ」の背景にはどのような問題があるのだろうか。「男がつらいよ絶望の時代の希望の男性学」「＜40男＞はなぜ嫌われるか」などの著書があり、「男性学」の専門家である田中俊之氏に話を聞いた。

男性特有の問題を扱うのが「男性学」

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－「男性学」とは、そもそもどういう学問なのでしょうか。

田中俊之氏（以下、田中）：日本では1980年代後半ぐらいから研究が始まった、比較的新しい学問です。男性学は、当然、女性学とセットなっています。女性学は女性だからこそ抱えてしまう問題を扱う学問で、典型的な例としては、結婚や妊娠をきっかけにして仕事を辞めてしまうといった問題を扱っています。これと同様に、男性学は「男性が男性だからこそ抱えてしまう問題」にアプローチする学問です。

具体的には、働き過ぎの問題や自殺者数を男女で比較すると男性の方が圧倒的に多いといった問題があります。こうした男性が固有に抱えている問題を扱っている学問が「男性学」なのです。

－田中さんは著書の中で、近年日本において男性学が扱う男性特有の “生きづらさ”がクローズアップされてきた背景として、経済・社会情勢の変化により、かつてロールモデルとされていた男性像が崩れてきたことを指摘しています。

田中：高度経済成長期の家族モデルは、お父さんがメインで収入を得て、お母さんは働いていたとしてもパートぐらいという「男性稼ぎ手モデル」によって成立していたと考えられます。この「男性稼ぎ手モデル」は、今でも家族のイメージとしては根強く残っていますが、現実としては少し厳しくなってきています。「こうあるべきだ」というイメージと現実のギャップが広がることで、男性にとって生きづらい状況が生まれつつあるのではないでしょうか。

－現在、安倍政権で「女性の活躍推進」が議論されている一方で、いまだに「男性がバリバリ働いて女性は家庭を守るべきだ」という価値観は根強いものがあります。そうした状況の中で、男性学が提案しているような「イメージと現実のギャップが広がってきているので男性の働き方を見直そう！」という議論をするのは、かなりハードルが高いのではないでしょうか。

田中：その“ハードルの高さ”が、多くの人がまだ男性学という学問を知らない理由の一つだと思います。女性学が女性の生き方の見直しにつながっているように、男性学も男性の生き方の現状肯定をするものではありません。現状の問題を踏まえて、どう変えていくかということを考える学問です。しかし、現状では多くの男性がフルタイムで働いているという中心線は、なかなか揺るがない状況にあります。

例えば、「イクメン」を増やすことの必要性が叫ばれていますが、それは「フルタイムで仕事をした上で、家事・育児もやってくれる人」という意味だと思います。それでは、男性の生き方を変えると言っても現実的に難しい部分もあるでしょうし、男性学的な発想は広く浸透しにくいのではないでしょうか。

－過去に、かなり無理をして子育てと自身のキャリアを両立させた男性あるいは女性が「育休取るなんて甘えだ」と主張するような記事をビジネス誌などで見かけることがあります。このように、過去の価値観の中で成功した人から見ると、「働き方を見直そう！」といった議論は甘えだと見られやすい傾向があると思います。こうした断絶を埋めるのは非常に難しいと思うのですが、どのような方策があると思いますか。

田中：これは大変難しいところですが、やはり状況が違うということを理解してもらうしかないと思います。私は大学で、定年退職者向けの市民講座を担当することが多いのですが、受講者の多くが自分の子供達が大学を出たのに契約社員で働いている、あるいはフリーターになるという状況が理解できないのです。

彼らの時代は、大学進学する人の割合は10数％でしたから、大学を出るすなわちエリートでした。そのため、自分の息子・娘が大学を出たにもかかわらず、エリートになっていないという状況が不思議に思えるわけです。しかし、これは基本的には説明すれば分かることです。今や大学進学率は、5割を超えていて、「大卒＝エリート」という図式は成立しません。このことをデータで提示すれば、実は理解出来ない人はあまりいないのです。実際に私が講座でこの話をした時のリアクションは、「だから今の若い人はそういうことで悩んでいるのか」「自分の時代とは、そういう違いがあるんだ」といったものでした。

やはり皆さん自分が若い頃の価値観の正しさを疑うことが少ないのです。積極的に情報も集めないので、自分が生きてきた時代と現在の何が違うのかという判断基準をあまりもっていない。それでも、丁寧に説明すれば理解できない人は少ないと私は考えています。

－「大学に行って、エリートになった」という人に対して、「今はそうなれないんだよ」という話をしても「そんなはずはない。だって俺はなったから」となってしまうのではないでしょうか。自分の今までの人生を否定されているように感じてしまうケースもあるように思うのですが。

田中：私が体験した範囲では、今までそういったケースはありませんでした。反発があるとすれば、私は、どちらかと言うと、「働くということに価値を見出す過ぎること」を批判しているからだという部分もあると思います。

それよりも定年退職者の方の場合、「今することがない」「やることがない」ということのほうがよほど切羽詰った問題のように感じます。いままでの自分を否定されてもいいから、考え方を変えて、地域に居場所が出来たり、やることがあるのであればありがたいというスタンスなのでしょう。

そういう人達を見た上で、年配の方が「若いうちは働き過ぎぐらいじゃないとダメだ」などと主張している状況について考えてみると、昔と現在で異なるのは、仕事があるかないかだけではないかと感じたのです。「ワークライフバランスに気をつけましょう」「家庭のために」と言うと、「家族のため、子供のため、お母さんのため」という文脈になりがちです。しかし、男性学の立場からすると、「働き方を見直して仕事以外の価値観を大事にしよう」という主張は自分自身のためになるのではないか、と考えられます。

私は、30歳の頃から定年退職向けの講座を担当していたので、当時は講座の受講者とは最大50歳も年齢が離れていました。正直、「僕のような若造の話をちゃんと聞いてくれるのだろうか」という不安もあったのですが、多くの受講者は非常に切羽詰っていたのです。

教える人が誰だろうが、地域に友達が出来たり、“やること”さえ出来れば、なんでもいいと感じている人がたくさんいました。どうして彼らがそうなってしまったかといえば、それまでがあまりにも仕事中心だったからです。以前は、週休２日ですらない週休１日で、40年間フルタイムで働いてきた結果、定年したら「今やることがありません」となってしまう。どうしたらいいかも分からないので、30歳の人間が講師でも「こうしたらいいんですよ」と教えてくれれば、熱心に聴くという状況になるわけです。

－「男性の働き方の見直しが必要だ」という問題意識を社会制度に落としてくためには、年配の方の現状認識を変えていく必要があるので、そういう方々に現状を丁寧に説明していくことは重要ですね。

田中：現在、子育て世代の父親に関するインタビューをしているのですが、子育てが忙しい時期と、出世レースの答えが出るような30代～40代の時期が重なっているという悩みがよく出て来るんです。

家族全体を豊かにしようと思えば、自分がある程度出世コースに乗っていた方が有利ですが、そうして競争の中に巻き込まれていると、当然家族に対するケアが出来なくなってしまうという現実があります。こうした問題に対して、例えば、島耕作のような価値観を持つ人であれば、「家庭なんか顧みる必要がない」ということになるのでしょう。しかし、家族にも時間を配分したいに関わらず、出世レースに巻き込まれているというのは非常に苦しい状況だと思います。

一昔前であれば、男性は「働いてさえいれば自分は家庭での役割を十分果たしている」と言うことが出来ました。それが男性にとっての価値だと信じられていたから、「島耕作」的な価値観が通用したわけです。しかし、現代の男性が、どうして家庭にリソースを割かなければいけないのかと考えると、共働きでなければ家庭の維持が難しいという問題があるからです。

男性全体の給料の低下や雇用の不安定さという問題があることを無視することはできません。本人がやりたいという意志がある一方で、ある程度共働きをやらざるを得ないという状況もあるわけです。結局、評価をするのは上の世代の方なので、こうした状況をきちんと説明して理解していただくことが重要だと思います。

－仕事にフォーカスしすぎる人生だと、定年退職後は“生きづらさ”に拍車がかかる傾向にあるのでしょうか。

田中：それはどうしてもあると思います。受講者にインタビューをしていても、「仕事が生きがいだった」という人は、「定年後の人生なんて、『自分じゃなきゃダメ』ということがないから無価値だ」という話になりがちです。「無価値」と言いながらも、定年後の十数年を生きていかなければならない。

「仕事をしている期間だけ充実していればよい」というのも本人の価値観次第かもしれません。それ以外の価値観も提示しておいた上での選択であれば、それでも良い気もしますが、人生をトータルで見た時に、それで割が合うのかどうか分かりません。

また、基本男性は、これまで競争の中に投げ込まれるというのが不可避の状況になっているので、そこに疑問を呈す価値はあるかなと考えています。そもそも「男性がフルタイムで働く」というのは、ここ数十年間の社会の動かし方の中心だったと思います。「＜40男＞はなぜ嫌われるのか」という中高年向けの本を書いたのは、日本の企業の場合、遅い選抜とはいえ40歳ぐらいで出世レースが終わるからです。だからこそ、そこで立ち止まって自分のこれまでの生き方やこれからを考える機会が出て来るんじゃないかと考えたのです。

「AT限定はダサい」「お弁当は恥ずかしい」…変わる「男らしさ」

－田中さんは定年退職者向けの講座も担当される一方で、大学生に講義も行っていると思いますが、世代間で価値観の変化を感じることはありますか？

田中：やはりお金の使い方に対する意識がかなり変化しているように思います。私が大学生ぐらいの頃までは、男性がお金を使うのは、ある程度ステータスというようなムードがありました。

例えば、今の大学生の男子は、水筒やお弁当を持ってくることに対して抵抗がありません。私は、今年40歳ですが、自分が大学生の頃は、まだ「お弁当も買えないのか」「ジュースも買えないのか」と思われるのが恥ずかしいいう価値観があり、持っていけませんでした。つまり、私の頃は、いわゆる「古臭い男らしさ」がまだ残っていたように思います。ちなみに記者さんの免許はAT限定ですか？それともMT（マニュアル）ですか？

－ＭＴも運転できる免許です。

田中：そうですよね。でも今の大学生は、何のためらいもなくＡＴ限定を選んでいるのです。以前は、「男はＭＴ免許」が当たり前だったじゃないですか。

こうした根性論の世界というか、「それほど意味はないけど、男の意地としてやらなきゃいけない」みたいな風潮があったように思います。私自身が大学生の頃は「ＡＴ限定って女が取るもんでしょ」といったような空気感がありました。90年代後半ですから、当時からほとんどの車はＡＴ車です。にもかかわらず、「いざという時、トラック運転して」なんて言われるかもしれないと、ＭＴで免許を取りましたが、取得から20年、トラックを運転することなんてありませんから、使う機会がないわけです。そういう無価値なこだわりに関しては、かなり脱色されてきているように感じますし、それは、とても良いことだと思います。

変わらないのは「男がつらいよ」の中でも指摘した通り、恋愛や結婚において最終的に男性がリードして、女性がリードされるという図式です。例えば、大学生に調査をすると、告白は８割、プロポーズの９割は男性がするべきという回答になっています。つまり、「重要な決断は男がするものだ」とか、「女の子は男の子を頼って、男の子は女の子に頼られる存在だ」という意識は変わっていないのです。

この図式のままだと、仕事などにおいて一般的には女性のほうが優秀だという認知は進んでいても、「女性がサポート側」という印象は変わらないと思います。

バリバリ働く男がいてもいいし、主夫がいてもいい

－働き方などの対象の広い議論は、「いや俺（あるいは私）はうまくやっているし」といった個人の体験が語られる点に難しさがありますよね。

田中：「男と女」や「家族と教育」に関する議論は、自分自身が経験しているので、専門家の発言に対して、「自分の家は違う」とか「僕の通っていた学校は違う」というような意見が出てきがちなところに問題があると思います。

多分、家族社会学者やジェンダーの研究者に意見するのと同じ調子でiPS細胞を研究している山中教授に意見を言う人はいないでしょう。専門性の評価のされなさというのは、この議論を難しくしているところだと思います。

－ましてや男性学となると、誰もが“男としての自分の生き方”に一家言あるものですから、かなり難しいのではないかと思います。

田中：おっしゃるとおりで、「俺にも言いたいことがある」みたいな議論になってしまうと、様々な水準の議論が混ざってしまいます。建設的な議論をしていくためには、そこが非常に難しいところだと思います。

結局、今まで男性学という学問が無視されてきている現状があるので、そこに関心を持ってもらうためのプレゼンの仕方には工夫が必要だと考えています。いままでも、ジェンダー関係の学会などでは「こんなのおかしい」とか「それはとっくに終わっている議論だ」と言われていることは多くあるのですが、そうした認識が一般には広まった形跡が全然ないのです。私自身は本を出す機会にも恵まれたので、ジェンダー論の知見や意義をが適切に伝えていこうという使命感を持っています。

－専門家の中で、「これはおかしい」「これはこうあるべきだ」といった議論がなされていても、なかなか実際の価値観や社会制度に落ちていきません。

田中：少しずつ、浸透させていきたいなと思いますね。そうしないと、結局、男女関係の本で売れているのは、「話を聞かない男、地図が読めない女」のような、「男性はこうで、女性はこうだ」とか「男と女は違うから、こうすればいいですよ」みたいな本ばかりになってしまいます。こうした傾向の書籍は現在でもある程度ヒット作が出るんですよね。

「脳の構造が違う」といったようなエセ科学的なものを含めて、男と女を極端に違うことにしておきたいという話は、一般の人にとって受け入れやすいものなのでしょう。ただ、それではマズイと思うので、そこはなんとかしたいですよね。

－以前、甲子園に出場した野球部のマネージャーが部員のためにおにぎりを数万個握ったという話を美談風に紹介した報道がありました。これに対しては、「女性に家庭的な役割を押し付けている」といった批判が起きたのですが、その一方で、「合コンに行って奢らない男はあり得ない」というような議論は、いつまでも尽きない。メディアの取り上げ方にも問題があると思うのですが。

田中：非常に問題があると思います。性によって、ある特定の期待を押し付けるような言動は、どちらの性に対してもハラスメントに該当すると思います。「男がつらいよ」でも書いたのですが、「性別にとらわれない多様な生き方を実現しよう」というのが、女性学と男性学の共通の目的です。

つまり、バリバリ働く男の人がいてもいいけど、主夫がいてもいいでしょう。当然、女性でバリバリ働く人がいてもいいだろうし、今まで通り主婦をする人がいてもいいだろうということなんです。「特定の性別だからこうしなければならない」というステレオタイプに対しては、どちらの性に当てはめる場合でも、「それはおかしい」という異議申し立てをしないと、本来はいけないわけです。

そういうジェンダー論を学んだことがある人が誰でも共有しているようなことが、おそらく一般の人には、うまく伝わっていない現状があると思います。そうした状況に変化をもたらすことができればと考えています。