シリコンバレーのフードテックベンチャー「Yo-kai Express」が首都高の芝浦パーキングエリアに設置するラーメン自販機(写真:Yo-kai Express)

「食べたいと思ったとき、それが深夜であってもすぐにおいしい食事が出てきてほしい」

夜になると手軽に食事できる場所が近くに見つかりにくい。お腹を空かせているとき、Yo-kai Expressの創業者でCEOのアンディー・リン氏が「温かい麺類が食べたい」と思ったのは、同氏が台湾出身だったこともあるだろう。

そんなお腹を空かせたリン氏が見つけたのが、日本に40年以上前からある麺類の自動販売機。みなさんもドライブインや高速のサービスエリア、あるいは学食などに置かれたうどんやラーメンの自動販売機といえば、ああアレか!とピンと来るに違いない。

あの自動販売機があれば、いつでも温かいうどんが食べられるのに――。
台湾からアメリカのカリフォルニア州立大学アーバイン校に留学したリン氏はスタートアップを起業するなどのキャリアを積む中で、深夜まで残業するときにおいしい夜食を食べる手段がないことから、熱々の食事を短時間で調理できる自動販売機を開発した。

日本の‟妖怪”が由来というYo-kai Expressがそれだ。すでにアメリカでは2019年12月から製品が出荷され、大企業のオフィス、空港、ホテル、病院、大学、ショッピングモールやスキー場など50カ所で20万食以上が販売されてきた。

しかし、彼が開発した自動調理機能は最新の高品質な冷凍技術と、既存の食ビジネスと結びつくことで新しい事業展開への可能性を拓くものになりそうだ。海外の日本食ブームとも相まって、日本食ブランドの海外展開を加速させる基盤になっていくかもしれない。

90秒で「おいしく熱々」な食事を提供

リン氏が重視したのは調理の速度だ。日本ではラーメンなど麺類からスタートさせるが、アメリカでは麺類のほか、丼もの、スイーツなど30種類以上のメニューを提供中。いずれも約90秒で食事が完成する。


4月6日都内で行われた発表会でのYo-kai Express CEOのアンディー・リン氏(写真:Yo-kai Express)

「お腹がすいた。あぁ、ラーメンを食べたい。そう思ったとき、その気持ちの熱が冷めないうちに出来上がることが重要」(リン氏)

急速冷凍の技術が発達した現代では、ラーメンや丼ものの味をほとんど落とすことなく冷凍保存、流通させることができる。しかし短時間で、しかもおいしさを損なわず、商品として提供できるレベルに仕上げることは難しい。

そこで最新の冷凍技術でおいしさを保った食材を、可能な限りおいしく、しかも素早く調理して提供する技術を開発した。ここで解凍ではなく‟調理”と表現したのは、加熱する中で料理が完成するように設計されているためだ。

具体的な手法は企業秘密とのことだが、調理に使うのは水だけ。

水を過熱水蒸気、水蒸気、お湯と、異なる温度帯で駆使することで、短時間にお店でのつくりたてに近い状態に解凍し、仕上げ調理を行う。


わかりやすいタッチパネルで操作。決済は現金以外に、大多数の非接触決済手法が使える(写真:Yo-kai Express)

日本では1台あたり50食までをストックできるモデルのみの提供で、メニューもラーメンのバリエーションのみだが、海外では丼ものやスープ類に加え、ムースやタルトなどのスイーツメニューも用意されている。

すでに東京駅、首都高の芝浦パーキングエリア、羽田空港にパイロット導入され、中でも芝浦パーキングエリアでの売り上げが好調。メンテナンスサービスはソフトバンクロジスティクスが提供する。

「一風堂ラーメン」の体験を無人で提供

日本での事業開始に際しては、グローバルに日本食ビジネスを展開している力の源ホールディングスとも協業、一風堂ブランドで知られる同社のラーメンを自販機で購入できるようになる。


容器は耐熱プラスティックだがアメリカでは植物由来の素材を採用。日本でも認可が下り次第切り替える(写真:Yo-kai Express)

ライセンス生産ではなく、力の源ホールディングス自身が急速冷凍処理し、調理プロセスの細かな調整や味の確認を行ったうえでの提供予定だ。メニュー開発を終え、量産体制を整える準備を進めているという。

実際に一風堂とんこつラーメンを食べてみてみると、本家がゴーサインを出しているだけのことはある。作りたての温度感。まさにお店で出てくるラーメンそのままというイメージで出てくる。

麺の硬さやスープの濃さなどのオーダーは現時点ではできないが、調理プロセスを調整することで麺の硬さを選ぶ機能も追加可能になっていくという。そうなれば、店舗での一風堂ラーメン体験そのものを無人拠点へと広げることが可能になる。

日本食は寿司や天ぷら、あるいは本格的な日本料理店など、グローバルに知られる高級料理だけでなく、ラーメン、カレー、うどん、弁当など、カジュアルな食ジャンルでも世界中で愛されている。

北米や欧州を初めて訪れたとき、現地でのラーメンなどの人気に驚く人も少なくない。それこそ行列ができるほどだ。

力の源ホールディングスはラーメン専門店の一風堂を15の国と地域に展開し、2022年3月の時点で海外店舗は133箇所にまで増えている。売上規模の面でも2020年実績で約4割(約97億円)を海外店舗が占める。

「一風堂の認知がすでに高いエリアでYo-kai Express向けにメニューを提供することで喜んでもらえると考えていますが、我々の使命は、ラーメンや日本食の魅力、文化を世界に広めていくことだと考えています。その手段の一つとしてYo-kai Expressに期待しています」(力の源ホールディングス広報の桑野洋氏)

と、すでにラーメンを製造するインフラを保有している地域での事業機会増加を見込んでいるが、単なるメニュー提供の先も見据えているという。

前述したように日本食ニーズは高いものの、味が良く品質の高い日本食を均質に顧客に届けるためには人材確保の壁がある。

適切な状態に調理された麺を適切な温度で提供する。さらには顧客の好みに合わせて調理オプションを選べる。従来ならば属人的だった技術をYo-kai Expressがカバーできるならば「ニーズと人材確保のギャップを埋められる」(桑野氏)と話した。

カジュアルな日本食ニーズがあるとわかっているものの、人材確保ができずに店舗をオープンできないといった制約、ギャップを埋めることができれば、一風堂だけではなく丼ものなど多様な食事も提供可能になる。

一風堂ブランドのラーメンを提供できる具体的な時期は未定とのことだが、すでに「凍らせた生卵を調理してオプション提供できないか」など、次に向けたアイデアも出始めており、着々とプランが進められている。

国内でもさまざまな展開オプション

Yo-kai Expressは自動販売機ごとの売上傾向、装置内の在庫数もオンラインで把握する機能もあるため流通最適化も容易だ。

それこそリン氏がインスパイアされたうどんの自動販売機などが置かれていた、高速道路のパーキングエリアや幹線道路沿いにあった無人自動販売機店舗、あるいは道の駅などでの展開が期待される。

また少量生産の実験的な製品、あるいはご当地の限定メニューなども組み込むことが容易だろう。


日本では4種類のラーメン(790円)から提供が始まっている。一風堂が販売を予定しているのは下段中央の「とんこつラーメン」と下段右端の「IPPUDOプラントベース(とんこつ風)」で価格は未定(写真:Yo-kai Express)

東京駅で試食した「IPPUDOプラントベース」は、一風堂の実店舗でも期間限定で数店舗のみで販売されていた実験的なメニューだ。完全植物由来のとんこつ風ラーメンで、麺にも卵を使っていないなど完全なヴィーガン料理になっている。

現在は実店舗での提供も終了している。そうした実験的なメニューも自動化することで幅広く展開できるのも自動販売機の利点と言えるだろう。近い将来、人材不足が深刻になるだろう地方での展開なども含め、国内でのさまざまな展開オプションも考えられる。

【2022年4月20日15時00分追記】 記事初出時、事実関係に誤りがあったため修正しました。

(本田 雅一 : ITジャーナリスト)