米国にとって悩みの種だった宇宙軍の存続は、2021年の時点では不透明だった。トランプ政権時代に発足して嘲笑の的になっていた宇宙軍についてはバイデン大統領の対応が一部で注目されていたが、どうやらまだ機能しているようだ。

「ドラマ「スペース・フォース」に見る米国の(本物の)宇宙軍の向かうべき道筋」の写真・リンク付きの記事はこちら

スター・トレックに酷似したロゴと腑抜けた名前のせいで世間からいまだに厳しい目を向けられている6つ目となる米国の武官組織は、その正当性と目的を見つけることに苦戦している。

Netflixのコメディドラマ「スペース・フォース」のプロットも、そんな現実の宇宙軍と同じ軌道を描いている。トランプがつくった組織をあざ笑うかのように20年から配信が始まったこの番組に、新しいシーズンが追加されたのだ。

本シリーズは名前の由来となった本物の米軍と同様に、いまアイデンティティクライシスに陥っている。あくまで番組のネタとしてだ。一気に広まったミームを風刺していたはずの番組は、いまや最高指令やミッションを探している。四六時中ツイートしている大統領のジョークが受けなくなったとはいえ、「スペース・フォース」は宇宙軍が歩む可能性がある道を指し示している。

[編註:ここから先にネタバレを含むのでご注意ください]

反面教師としてのドラマ

米国、中国、ロシアの3カ国が宇宙での軍事拡張のリスクとそれによる影響に焦点を当てている描写がいい例だ。

番組のシーズン1を例に挙げよう。中国の宇宙船が米国の人工衛星に電力を供給する唯一の手段であるソーラーパネルを切断してしまう事件が起きる。そこでマーク・ネアード(番組の原案者でもあるスティーヴ・カレル)は、チンパンジーを宇宙へ派遣して修復を試みた。この事件のあと、月面にいる中国と米国の宇宙飛行士たちによる小競り合いへと発展していく。

シーズン2の終わりには、「Blue Öyster Cult」という名の人工衛星がロシア人のハッカー集団によって制御不能となる。そして大気圏へ突入してしまい、一時は墜落の恐れもあった。

これに対して、19年の設立当初からジョン・“ジェイ”・レイモンドによって率いられている実際の宇宙軍では、まだそういった事件は起きていない。だが、宇宙での軍拡競争は激化し、着実に危機は迫っている。

米国、ロシア、中国3カ国は対衛星ミサイルの試験をすでに終えており、対衛星用の高エネルギーレーザーの研究開発を進めている。国交関係は悪化する可能性を常にはらんでいることから、米宇宙軍のレイモンドはドラマでネアードがとった行動をひとつも実行してはならない。

米宇宙軍の目的は宇宙戦争を始めることではなく、戦争が起きたときへの備えである。もちろん準備することはよいことだが、相手の国からすると攻勢をかけているように受け止められかねない。

このため、戦争の抑止や防衛を目的とした軍拡は危険である。それどころか、良心的な指針となって報復戦争ではなく科学を最優先し、倫理に重きを置いているエイドリアン・マロリー(ジョン・マルコヴィッチ)のような人が現実の宇宙軍に所属していればいいのだ。

また、このドラマには宇宙外交に対して一石を投じるシーンもあった。新しいシーズンの3話目でネアードは、中国の宇宙軍と堅苦しい食事会を開催する。このシリーズでよく見受けられる職場をベースとしたストーリーラインに、人間関係を織り込むシーンだ。シーズン1で典型的な悪役として描かれていた中国の宇宙軍代表たちに、キャラをつけたものとなっている。

「これは政治的な取引ではなく、わたしたちが日ごろ経験する家族や友人との交友といったものです」と、チャン博士を演じシーズン2からは脚本も担当しているジミー・O・ヤンは語る。「そうすることで、敵対関係にあったとしても同じ人間だということを理解するきっかけにつながります」

ドラマの世界でも現実世界でも、宇宙軍はときに空軍や米航空宇宙局(NASA)と共同で研究や訓練、技術開発をするが、組織ごとに掲げる目標の相違によって衝突している。

「スペース・フォース」では、「ガーディアン」たちが月や火星でのミッションに参加した際に、宇宙船を外部汚染から防衛したり、地球の近くを通過する隕石を追跡したり、過去にはNASAが手がけていた領域に手を出し、衝突しているさまを描いていた。

安全確保のためのルール制定が急務

それでは、どうすれば宇宙軍が掲げている宇宙へのアクセスの自由、そして安全と国益を守るというミッションを実現できるのだろうか。

ハイテク化した宇宙船が打ち上げられると、必然的に宇宙の交通量と標的が増えていく。政府機関や民間企業が「ブーツ・オン・ザ・ムーン(月面への上陸)」という目標に向かって急ぎ足になっているいま、宇宙の安全を守るためのハードルは高くなる一方だ。

人類にとって小さな一歩となるのが宇宙でのルールを制定することか、少なくとも行動規範を設けることだろう。これによって致命的な誤解が起きる可能性を下げ、武器の試験やサイバー攻撃の抑止力としていく必要がある。

こうした動きが長らく制定されないなか、宇宙軍を含む米軍は行動規範の策定に前向きな姿勢だ。ドラマでのマロリー博士の言葉を借りるなら、「宇宙は謎の世界であるべきだ。戦って死ぬ場所ではない」といったところだろう。

(WIRED US/Translation by Naoya Raita)

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