航空機の技術とメカニズムの裏側 第310回 米海軍が導入した “魔法の絨毯”とは?
今回は2022年の第1回目ということで、普段のテーマからは外して、新年に相応しい……かどうかは分からないが、ちょっと毛色の違った話題を取り上げてみたい。お題は “魔法の絨毯” である。といっても字義通りの絨毯ではないのだが、名前は “MAGIC CARPET” という。
空母への着艦は難しい
今年、映画『トップガン・マーヴェリック』の公開が予定されている。いうまでもなく、主役は米海軍の戦闘機操縦士だ(ちなみに、米海軍では操縦士のことを、パイロットではなくエヴィエーターと呼ぶ)。米海軍の戦闘機操縦士たるもの、空母からの発着艦ができなければ仕事にならない。
ところが、その空母からの発着艦、とりわけ着艦は、一筋縄ではいかない難しい仕事だ。空母の飛行甲板に上がると、異口同音に「でかい!」「広い!」という声があがる。しかし、そこに発着艦する機体を操縦する立場からみると、よく海外の小説などで書かれているように「切手のように狭いところ」と映るらしい。
おまけに、第2次世界大戦の頃の空母なら、着艦進入する経路は艦の首尾線と同一方向だったから、真後ろから艦と同じ針路で進入すれば降りられた。しかし、今の空母は着艦用のエリアがアングルド・デッキ(斜め飛行甲板)になっているから、艦の真後ろからではなく、右斜め後方から斜めに進入しなければならない。
しかも、艦はひとつところにとどまっているのではなく、走っている。だから、遠方に見える艦の艦尾をめがけて進入しても、そこに到達する頃には、艦は先の方に移動してしまっている。艦の未来位置に向けて、しかも斜めに進入しなければならない(!)。そして、相手はフネだから、安定しているとは限らない。海洋状況次第では揺れながら走っている。そこに、自機を正確に導いて降ろさなければならない。
だから、正しい針路に乗って着艦進入できるように、艦の側にはLSO(Landing Signal Officer)と呼ばれる人が陣取っていて、無線で指示を出すようにしている。また、夜間や多少の視界不良時でも確実に着艦できるように、進入する機体を追跡するレーダー、あるいは電波を出して誘導するシステムが用意されている。
最近では、JPALS(Joint Precision Approach and Landing System)という新顔ができた。これは、艦と機体の双方でGPS(Global Positioning System)受信機を使って位置を正確に測り、その情報を無線データ通信で交換しながら、正しい針路に載せるようにするシステム。
ただ、いずれをとっても「正しい進入コースに乗っているかどうかを教えてくれるシステム」であって、そこに機体を乗せるのは操縦士の仕事。だから、特に条件が悪いときには、どうしても操縦士の負担が増えてしまう。
MAGIC CARPETが何をするか
そこで、米海軍が開発に乗り出したのが「MAGIC CARPET(Maritime Augmented Guidance with Integrated Controls for Carrier Approach and Recovery Precision Enabling Technologies)」。えらく長い頭文字略語だが、要は「空母への精確な着艦進入を可能にするための、誘導・制御技術」ぐらいの意味になる。
その正体は、フライ・バイ・ワイヤ(FBW)操縦システムを備えた機体で動作させる、飛行制御コンピュータのソフトウェア(FCC OFP : Flight Control Computer Operational Flight Program)だ。MAGIC CARPETはFBWを備えた機体でなければ使えないので、導入対象はF/A-18E/Fスーパーホーネット、EA-18Gグラウラー電子戦機、そしてF-35CライトニングIIの3機種。
MAGIC CARPETは、機体を適切な進入経路に乗せ続ける仕事と、そこで適切な姿勢を保つ仕事をやってくれる。また、前述したように空母は動いているが、その空母の動きを計算して、機体の着艦地点がどの辺になるかも予測してくれる。すると、着艦進入時の機体制御が容易になり、操縦士は重要な操縦操作に専念できるようになる、と説明されている。
米海軍がこのシステムの開発に乗り出したのは、2010年代に入ってかららしい。実際に試験を開始して、名前が公知のものになったのは2015年春頃の話。まずシミュレータを用いた試験を実施してから、実機による試験に駒を進めた。
2015年4月に実施した試験では、まずMAGIC CARPETが動作していない状態で着艦を実施、次に動作した状態で着艦を実施して、比較を行った。その後、2016年10月にボーイング社に対して、導入のために必要となる機体改修の契約を発注した。
このMAGIC CARPETの導入により、新たな着艦進入誘導モードとしてPLM(Precision Landing Mode)が実現可能となった。米海軍の航空システム軍団(NAVAIR : Naval Air Systems Command)がいうには、片方のエンジンが停止した状態でも、PLMでは通常と同様の操作で進入できるようになるという。
ただ、E-2ホークアイ早期警戒機みたいにMAGIC CARPETの導入対象から外れている機体もあるし、「海軍の操縦士たるもの、自分のウデで機体を艦上に降ろせなくてどうする!」という職人意識もありそう。だから、着艦のための訓練や採点はなくならないと思われる。あくまで、MAGIC CARPETは「着艦失敗や着艦事故のリスクを減らすもの」なのだ。
著者プロフィール
○井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。
空母への着艦は難しい
今年、映画『トップガン・マーヴェリック』の公開が予定されている。いうまでもなく、主役は米海軍の戦闘機操縦士だ(ちなみに、米海軍では操縦士のことを、パイロットではなくエヴィエーターと呼ぶ)。米海軍の戦闘機操縦士たるもの、空母からの発着艦ができなければ仕事にならない。
おまけに、第2次世界大戦の頃の空母なら、着艦進入する経路は艦の首尾線と同一方向だったから、真後ろから艦と同じ針路で進入すれば降りられた。しかし、今の空母は着艦用のエリアがアングルド・デッキ(斜め飛行甲板)になっているから、艦の真後ろからではなく、右斜め後方から斜めに進入しなければならない。
しかも、艦はひとつところにとどまっているのではなく、走っている。だから、遠方に見える艦の艦尾をめがけて進入しても、そこに到達する頃には、艦は先の方に移動してしまっている。艦の未来位置に向けて、しかも斜めに進入しなければならない(!)。そして、相手はフネだから、安定しているとは限らない。海洋状況次第では揺れながら走っている。そこに、自機を正確に導いて降ろさなければならない。
だから、正しい針路に乗って着艦進入できるように、艦の側にはLSO(Landing Signal Officer)と呼ばれる人が陣取っていて、無線で指示を出すようにしている。また、夜間や多少の視界不良時でも確実に着艦できるように、進入する機体を追跡するレーダー、あるいは電波を出して誘導するシステムが用意されている。
最近では、JPALS(Joint Precision Approach and Landing System)という新顔ができた。これは、艦と機体の双方でGPS(Global Positioning System)受信機を使って位置を正確に測り、その情報を無線データ通信で交換しながら、正しい針路に載せるようにするシステム。
ただ、いずれをとっても「正しい進入コースに乗っているかどうかを教えてくれるシステム」であって、そこに機体を乗せるのは操縦士の仕事。だから、特に条件が悪いときには、どうしても操縦士の負担が増えてしまう。
MAGIC CARPETが何をするか
そこで、米海軍が開発に乗り出したのが「MAGIC CARPET(Maritime Augmented Guidance with Integrated Controls for Carrier Approach and Recovery Precision Enabling Technologies)」。えらく長い頭文字略語だが、要は「空母への精確な着艦進入を可能にするための、誘導・制御技術」ぐらいの意味になる。
その正体は、フライ・バイ・ワイヤ(FBW)操縦システムを備えた機体で動作させる、飛行制御コンピュータのソフトウェア(FCC OFP : Flight Control Computer Operational Flight Program)だ。MAGIC CARPETはFBWを備えた機体でなければ使えないので、導入対象はF/A-18E/Fスーパーホーネット、EA-18Gグラウラー電子戦機、そしてF-35CライトニングIIの3機種。
MAGIC CARPETは、機体を適切な進入経路に乗せ続ける仕事と、そこで適切な姿勢を保つ仕事をやってくれる。また、前述したように空母は動いているが、その空母の動きを計算して、機体の着艦地点がどの辺になるかも予測してくれる。すると、着艦進入時の機体制御が容易になり、操縦士は重要な操縦操作に専念できるようになる、と説明されている。
米海軍がこのシステムの開発に乗り出したのは、2010年代に入ってかららしい。実際に試験を開始して、名前が公知のものになったのは2015年春頃の話。まずシミュレータを用いた試験を実施してから、実機による試験に駒を進めた。
2015年4月に実施した試験では、まずMAGIC CARPETが動作していない状態で着艦を実施、次に動作した状態で着艦を実施して、比較を行った。その後、2016年10月にボーイング社に対して、導入のために必要となる機体改修の契約を発注した。
このMAGIC CARPETの導入により、新たな着艦進入誘導モードとしてPLM(Precision Landing Mode)が実現可能となった。米海軍の航空システム軍団(NAVAIR : Naval Air Systems Command)がいうには、片方のエンジンが停止した状態でも、PLMでは通常と同様の操作で進入できるようになるという。
ただ、E-2ホークアイ早期警戒機みたいにMAGIC CARPETの導入対象から外れている機体もあるし、「海軍の操縦士たるもの、自分のウデで機体を艦上に降ろせなくてどうする!」という職人意識もありそう。だから、着艦のための訓練や採点はなくならないと思われる。あくまで、MAGIC CARPETは「着艦失敗や着艦事故のリスクを減らすもの」なのだ。
著者プロフィール
○井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。