『笑うマトリョーシカ』(早見 和真)

TBS金曜ドラマで、2024年夏に放送されるドラマの原作となった『笑うマトリョーシカ』が文春文庫で発売となった。

ドラマ版における主人公、真実を追う新聞記者役を水川あさみさんが、謎多き政治家秘書役を玉山鉄二さんが、小説における主人公である若き総理候補とされる政治家を櫻井翔さんが演じる。

人間の「心の闇」に迫るミステリーについて、著者が語る。

虚々実々の政界を舞台に人の業を描く

「人の持っている業を小説で描きたい」

 そう語る著者は代表作『イノセント・デイズ』で、凶悪犯とされる人物は本当に悪人で死刑に処されるべきなのか、を問うなど、このテーマに向き合い続けてきた。そんな著者の最新作は、若くして官房長官に上り詰め、総理候補とまでなった代議士と、それを支えた同級生秘書の物語だ。

「執筆の前にたくさんの政治家や秘書に話を聞きました。いい取材ができたという手応えがあっても、ふと考えると『相手の流れに乗せられただけではないか』と感じたりすることもあり、政治の世界は『騙し騙され』が当たり前だと痛感しました。ですが政治小説を書きたかったわけではないんです。人間の『歪(いびつ)さ』を書こうと考えた時に、ふさわしい舞台が永田町だったんです」


早見和真さん

 “政治家になって、この国を変える!” 四国・松山の名門高校に通う二人の青年の夢が一つに重なった。ひとたびスピーチをすれば、聴衆を惹きつける、カリスマ的な魅力を持った清家一郎。彼を秘書として支える鈴木俊哉。鈴木の戦略が成功し、清家は官房長官の座をつかむ。序盤の展開は、まさに青春小説だ。

 ところが物語は突如、トーンを変え、ミステリーの色合いを増していく。

 官房長官、清家一郎を取材した女性記者、道上香苗は、「この男はニセモノだ。誰かの操り人形にすぎない」と感じ、清家の過去を暴くために動き始める。事実、清家が権力の中枢に駆け上がる過程で、数々の不審な出来事が起きていた。

 若き官房長官は「ホンモノ」か、「ニセモノ」か、という謎も読みどころの一つだ。

 インタビュー取材の際に感じた直感で、人を判断する記者。秘書鈴木に代わって、代議士を操ろうとする謎めいた女たち。耳ざわりの良い演説を聞いて、青年政治家を支持する有権者。

 彼らには、清家一郎の本当の姿が見えているのか。

「自戒を込めて言いますが、私たちは、他人のことを『こういう人だ』と決めつけて安心することが多いと思うんです。私も『早見はこうだ!』と決めつけられるたびに、『分かってたまるか!』と反発していました。登場人物の誰かが発する『見くびるな』というセリフが、この物語をラストシーンへと導いてくれたと感じています。

 人を見くびったことのある人、見くびられて傷ついた経験のある人、つまりすべての人に読んでほしいと願っています。この社会の生きづらさの要因が、そこにあると思うからです」

 マトリョーシカの最深部に鎮座するものの正体を知った時、私たちには、どんな世界が見えるだろうか。人間の闇、優しさ、儚さを詰め込んだ小説とドラマを愉しんでほしい。

はやみかずまさ 一九七七年、神奈川県生まれ。二〇〇八年作家デビュー。『イノセント・デイズ』で日本推理作家協会賞、『ザ・ロイヤルファミリー』で山本周五郎賞、JRA賞馬事文化賞を受賞。近著に『アルプス席の母』『新! 店長がバカすぎて』など。

(「オール讀物」12月号より)

INFORMATION

TBS系列 金曜ドラマ『笑うマトリョーシカ』

2024年夏スタート  毎週金曜午後10時から

出演:水川あさみ 玉山鉄二/櫻井 翔

ドラマ公式サイト:https://www.tbs.co.jp/waraumatryoshka_tbs/