抗体カクテルは静脈に注射し、およそ1時間かけて点滴を行う。2021年8月からは外来診療での投与も(写真はイメージ、時事通信)

製薬大手・中外製薬の勢いが止まらない。

同社は10月22日に2021年1〜9月期の決算を発表。売上高は前年同期比17%増の6774億円、営業利益は同24%増の2828億円となった。

今回の決算で注目すべきは、新型コロナウイルス治療向けの抗体カクテル療法として知られる「ロナプリーブ」だ。7〜9月期に、この1剤だけで428億円の売上高を計上したことが収益を大きく押し上げた。なお、通期では同823億円の計上を見込む。

【2021年11月2日23時20分追記】初出時の上記売上高の表記を一部修正いたします。

中外は今年7月にロナプリーブの承認を取得。政府とは2021年内分の供給契約を結んでいたが、その供給量や1人当たりの価格は明かされていない。そのため実際の業績インパクトはこれまで未知数だったが、それが今回明らかになった。

政府による一括買い上げという“ボーナス”とはいえ、発売初年度の売上高が800億円超となる新薬は異例だ。

2022年も「過去最高決算を目指せる」

ロナプリーブは、体内でウイルスの増殖を抑える、別のタイプの抗体2つをブレンドして使う。それが「カクテル」という呼称の由来だ。これにより、ウイルスに変異が起こっても効果をキープしやすい。

アメリカのリジェネロン社が生み出し、中外製薬とその親会社であるスイスのロシュが臨床試験を進めてきた。

試験では、ロナプリーブが投与された軽症の患者群では入院や死亡に至る割合が70%減少。さらに、プラセボ群(生理食塩水を投与した患者群)では症状がなくなるまで14日かかっていたものが、ロナプリーブ群では10日に縮んだ。

中外は2021年度通期の業績予想も、ロナプリーブの上乗せ分を中心に見直した。営業利益予想は3200億円から4000億円へと25%上方修正。純利益は5年連続の最高益更新を見込む。

「来期(2022年)も、過去最高の決算を目指せる状態」。決算説明会で中外の奥田修社長は、来年の業績への質問が出るより先に、自らそう言い切った。

足元で強烈に吹く、ロナプリーブという一過性の追い風で業績が拡大すればするほど、2022年にそのボーナスが消滅した際のマイナス影響は大きくなる。その反動をいかに乗り越えるのかが注目されている。

秘密保持の対象になっているという政府との供給契約だが、菅義偉前首相は10月12日に出演したYouTubeのライブ配信番組で、政府がロナプリーブを1回31万円で50万回分調達したと明かした。


ロナプリーブは、体内でウイルスの増殖を抑える2つの別の抗体をブレンドして使う(写真:中外製薬

この数字から単純計算すれば、ロナプリーブの売上高は1550億円。一方で、2021年度の収益計上は823億円が確定値。収益は製品が出荷された時点で計上されるため、菅氏の発言が事実だとすれば、残りの出荷・収益計上(700億円超)が2022年にずれ込んでいる可能性もありそうだ。

懸念されていた「競合薬の登場による需要急減」という事態もクリアできそうだ。足元では、経口の抗ウイルス薬開発が急ピッチで進められており、2022年にも実用化が見込まれている。

ロナプリーブのような抗体薬に比べ、従来の技術で造れる経口薬は安価だ。点滴や注射の必要もなく、手軽に服用できる。

こうした経口薬の登場でロナプリーブが“お役御免”になるのでは、という指摘に対して奥田社長は、「(政府として)感染が拡大した場合には、いろんな治療オプションを確保していることが重要。来年の追加購入の可能性もあるとみていただければ」と話した。

最大の懸念だった新薬にも光明

中外が楽観的な見通しを示せる背景にあるのは、ロナプリーブの強烈な追い風だけではない。

決算発表後、中外の株価は前日終値に比べ10%の急騰を見せた。これはロナプリーブ効果もさることながら、「これまで最大の懸念だった『ヘムライブラ』の収入の急減を避けられる見通しになった」(中外のIR担当者)ことが大きい。

ヘムライブラは2018年に同社が発売した、血友病という希少疾患の新薬で、親会社のロシュに任せている海外販売からの収益がほとんどだ。2021年の収益は、2021年にロシュへ輸出した分の売上高(969億円見込み)に、発売当初に割安価格で輸出していた分のロイヤルティー収入(同965億円)が重なる、2階建ての構造になっている。

2022年からは、収益の2階部分に当たる初期出荷分のロイヤルティー収入はほぼ消滅する見込みだ。そのため、輸出売り上げの伸びだけでロイヤルティー収益の落ち込みをカバーできるかが焦点だった。

板垣利明CFO(最高財務責任者)は、「(2022年は)将来の需要に向けてロシュも安定在庫に持っていくことになるため、通常出荷のボリュームも大いに期待できる」と説明。2021年と同水準の収益を見込んでいるという。

強気な計画を達成できるか。ロナプリーブだけでない”地力”の部分で成果を残せるかがカギになる。