「その規模は企業というより国家」アリババが"中国版アマゾン"の枠をぶち壊せたワケ
※本稿は、ダグ・スティーブンス・著、斎藤栄一郎・訳『小売の未来 新しい時代を生き残る10の「リテールタイプと消費者の問いかけ」』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■たった1日で、ドイツ全国の年間販売額を上回る
中国では、毎年11月11日は「独身の日(光棍節(こうこんせつ))」とされ、恒例のオンラインショッピングの日として定着している。2020年11月11日、アリババはこの1日だけで総流通額(同社マーケットプレイスで販売した商品の総額)740億ドルを達成した。この数字は、2018年通年のドイツ全国でのオンライン販売額とほぼ同額である。
アリババにとってコロナ禍は、願ってもない追い風となった。2020年3月31日までの1年間で売上げ35%増を記録し、同社の5カ年計画の目標であった総流通額1兆ドルを達成したからである。これはサウジアラビア一国の年間GDPを約30%上回る金額である。また、アリババのプラットフォームで熱心にショッピングをしているユーザーは8億人近くにのぼる。
そう考えると、アリババのイメージはもはや企業というよりも、むしろ独自の国民と経済を擁する独立国と言ったほうがしっくりくる。
■対照的なアリババとアマゾンのビジネスモデルの違い
アリババのビジネスモデルは、アマゾンの鏡像と捉えるとわかりやすい。
たとえば、現在、アマゾンの収益の大部分はクラウドコンピューティングサービスでありAWS事業から生み出されている。もちろんアマゾンが小売事業で稼いでいないわけではないが、AWS事業が最大の利益を叩き出していることに変わりはない。
かたやアリババの利益の大部分は、外部小売業者をテナントとして受け入れるマーケットプレイス事業から生まれている。これにより、アリババの営業利益率が10%台後半であるのに対して、アマゾンは1桁の低いところにとどまっている。これには、2つの理由がある。
第1に、自社販売の商品を自前で取り揃え、在庫を確保して配送まで手がけるアマゾンと違って、アリババは自社運営のマーケットプレイスを外部出品業者に提供するビジネスモデルである。在庫を抱えたり、自前の物流システムを運営する必要がない。
第2に、アリババは、どんな分野にも対応できる万能型のマーケットプレイスとなるため、以下の5つの主要プラットフォームを擁している。
2.「タオバオ(淘宝網)」……B2C(消費者向け)とC2C(消費者間)の商取引プラットフォームで、中国最大のオンラインショッピングサイト
3.「アリエクスプレス(AliExpress)」……中国国外の消費者向けの電子商取引サイト
4.「Tモール(天猫)」……有名ブランドの真正品を販売するB2Cサイト
5.「Tモールラグジュアリーパビリオン」……売り手のブランドも消費者も完全招待制のサイト
■デジタルとフィジカルの市場を別々に捉えない
アリババが成功した一因として、販売チャネルのこだわりを捨て、デジタル(オンライン)とフィジカル(実店舗)の垣根を越えて、消費者の動きを点ではなく、1本の線として捉えた点が挙げられる。
アリババのヨーロッパ地区ファッション・高級品担当ディレクター、クリスティーナ・フォンタナが例として挙げてくれたのは、Tモールサイトに出店している、あるファッションブランドだ。同ブランドでは新店舗の出店に最適な立地を検討していた。
「このブランドは、北京のいくつかの地区を候補に挙げていたため、暫定的にポップアップストア(期間限定ショップ)を開設しました。それがとても素敵な店舗だったんです。そこで私たちは同じ体裁で3Dで再現したショップをオンラインにも開設したんです。このブランドは、ポップアップストアを開設した地区に本格的な旗艦店を出店した場合、十分な客足が確保できるかどうかを見極めようとしていました」
そこで同ブランドとアリババの双方が持つデータを駆使して、ポップアップストア関連オンラインメディアを視聴した主要顧客を特定した。その後、この情報から特定されたユーザーをポップアップストアのグランドオープンに招待した。オープンイベントの模様はオンラインで配信され、何百万もの消費者に告知された。
つまり、特定の顧客データを使って価値の高い顧客を割り出し、特定イベントをきっかけに実店舗に招待し、イベントの模様はオンラインでストリーミング配信して膨大な数のユーザーにも体験してもらうことが可能なのだ。
オンラインでの配信に対するユーザーの反応も、アリババや同ブランドにとって貴重なデータとなる。メディア、エンターテインメント、顧客の反応、データ、知見という循環型エコシステムが成立しているのだ。
■アリババが始めた小売革命
世界最大級のオンライン小売業者であるアリババが、実店舗を「DX(デジタルトランスフォーメーション)化」の重要な要素だと主張していること自体、何やら狐につままれたような気がしないでもない。
アリババは、実店舗として2つの小売りチェーンを運営している。1つが食料品チェーンの「盒馬鮮生(Hema Fresh)」、もう1つは2017年に買収して傘下に収めた「銀泰百貨(Intime Department Store)」という高級百貨店チェーンである。
現在、「盒馬鮮生」は約200店を展開しており、地域のニーズに合わせて数種類の業態がある。そのなかのひとつで主に朝食・飲料を扱う「Pick'n Go」という店舗は、その名のとおり、商品をピックアップするだけのテイクアウト専門店で、注文や支払いはオンラインで済ませる。
注文は盒馬鮮生の専用アプリで済ませ、あとは店舗にあるコインロッカー風のデジタル保温ロッカーでスマホをかざして注文品を取り出すだけだ。
■インターフェイスとしてのリアル店舗の役割
次に、中国国内33都市に約60店舗を展開する百貨店チェーン「銀泰百貨」では、実店舗による小売り事業強化に乗り出した。銀泰百貨の陳暁東CEOに聞いたところ、アリババの営業戦略では、銀泰百貨の経営権を取得した当初は、徹底したネットワーク化の推進に明け暮れたという。
つまり、店内にある全商品をデジタルデータ化することだった。ユーザーの目に触れる画面デザインなどフロントエンドと、サーバーなどのバックエンドの両方の全システムの統合も不可欠だった。
この結果、銀泰百貨ではさまざまなかたちでショッピングが楽しめるようになった、と陳は胸を張る。たとえば、銀泰百貨のアプリから、最寄り店舗にある商品を購入することも可能だ。わからないことがあれば、その場で銀泰百貨の販売員に直接問い合わせることもできる。
あるいは、実店舗内で買い物をしていて、重い荷物を持って帰るのが億劫だと思ったら、店内にいてもアプリのオンラインカートに商品を放り込んでいけばいい。アプリ上で支払いを済ませ、わずか2時間後には購入品が自宅に届く。
■デジタル時代のニューリテールモデルを提唱
陳は「従来の小売りは、一方通行のシステムで店から顧客に情報を送りつけるだけでした。しかし、当社の『ニューリテールモデル』では、店と顧客の双方向コミュニケーションに対応しています」と説明する。
アリババの幹部と話していると、刺激的であると同時に少々無邪気ささえも感じる瞬間がある。みな、あらゆる部分に商機を見出そうとしているのだ。同社幹部にとって、伝統的なシステムや旧態依然としたパラダイムの制約など、なきに等しいのである。
アリババというブランドにしても、アリババが採用しているプラットフォームや技術、エコシステムにしても、温めた陶土のように自由自在に形を変えられるから、顧客が喜んでくれる形に成形しやすい。顧客の1つひとつの行動、システム、技術、販売機会のすべてが、「ニューリテール」というコンセプトの枠組みにきれいに収まっているのである。
■オムニチャネルとニューリテールの違い
「今、小売りは、チャネルやECという切り口から、『エコシステムと生活域』という切り口へと軸足を移しつつある」と中国のEC事情に詳しい小売コンサルタントのマイケル・ザッコアは言う。自然界なら、生態系があって、その中で生物がそれぞれ生息域を持つように、小売りの世界も、エコシステムの中で消費者が生活域で暮らすという発想だ。
このエコシステムと生活域が切り口になったのは、小売業者と顧客の関係を抜本的に見直した結果だ。その違いを理解するにはどうすればいいのか。
ザッコアによれば、オムニチャネルの世界では、企業が自らを中心に置き、顧客との関係を築くパイプとしてチャネルを用意していた。オムニチャネルは、こうしたさまざまなチャネルをつなぎ合わせて、親和性、一貫性、連続性を高めるということしか言っていない。問題は、その企業が依然として中心に居座っていることなのだ。
一方、ニューリテールは、業態や体験、プラットフォームが完全に一体化されたエコシステムがあり、その中心を生活域にする顧客がいる。このエコシステム自体、ショッピングやエンターテインメントからソーシャルネットワーキング、決済に至るまで消費者が利用する体験をまるごと包み込んだ一種の安全圏であり、言い換えれば生活域である。
顧客がエコシステムにいる限り、ブランド側からは(データを活用して)顧客に利便性やカスタマイズ性を提供することと、顧客からの声や反応をいかに取り込むかに重きが置かれる。フィードバックのループが回り出せば、顧客からブランド側に重要な情報が届き、これを基にブランドは価値ある訴求が可能になるため、ますます顧客にとって価値は高まる。
ザッコアによれば、アリババのエコシステムには、前述した「タオバオ」「Tモール」「Tモール内ラグジュアリーパビリオン」、アントグループ(同社の金融子会社)など、いろいろな「生活域」が用意されている。顧客は、こうした生活域のいずれかに入って行動し、テクノロジーのおかげで生活域間を自由自在に渡り歩くことができる。実際、ニューリテール志向のブランドは、販路という発想さえないという。
■世界最強のエコシステムを支える50種類以上の“傍受”ポイント
アリババが構築したエコシステムは世界最強であり、最たる例だとザッコアは見ている。「Tモール、Tモール・グローバル(天猫国際)、タオバオ、盒馬、銀泰百貨は、すべてが完全に共通のデータサイエンスシステムに接続されている」という。しかも、このシステムによって、アリババは、実店舗も含め、顧客に対するリアルタイムのデータを拾う“傍受”ポイントを50種類以上も持っている。
ニューリテールを理解するには、核となる基本構造と、その原動力となる「新しいエネルギー源」を理解する必要があるとザッコアは説明する。ブランドがこのエネルギー源を活性化すれば、ニューリテールが可能になり、「ユニファイドコマース」に発展するという。
・新しいメディアとエンターテインメント……ストリーミング、AR・VR(拡張現実・仮想現実)、現実世界でのイベント、ゲーム、ソーシャルショッピングなど、顧客の関心を喚起するさまざまな手段が用意される。
・新しいロジスティクスとサプライチェーン……先進の技術と物流システムを活用し、サプライチェーンから配送のラストマイルに至るまで迅速に商品を流す。バリューチェーン上のあらゆる決定やステークホルダーへの情報提供にデータを活用する。
・新しいデジタル技術、資金調達、IT……顧客と販売業者の双方を支援するシステムやプラットフォーム、サービスを揃え、業務のサポート・資金調達・情報提供に役立てる。
その好例が、アリババによる中国映画『永遠の桃花〜三生三世〜』(原題『三生三世十里桃花』)の製作・プロモーションだ。元々は、中国版ユーチューブと言えるアリババの動画投稿サービス「優酷」でシリーズ化された配信ドラマ作品であるが、ヒットの波に乗って2017年に映画化された。
製作費調達には、アリババのクラウドファンディング部門を担う「娯楽宝」を活用した。続いて、チケットは、同社のチケット販売アプリ「淘票票」で販売された。最後に、Tモールで3億元(48億円、1元=16円で計算)を超える関連商品の販売につなげている。
このエンターテインメント系エコシステムを活用して商取引を促進した手法は、アリババによる顧客との関係づくりの重要な柱となっている。単なる広告ではなく、双方向性を確保し、ネットでの情報共有、商品購入も可能なメディア体験にしているからだ。
■欧米の小売ブランドがアリババに学ぶ時代
もう1つ付け加えておきたいのだが、7〜8年前の私なら、アジアの小売業者は欧米発のイノベーションをコピーしているだけと批判していたかもしれない。
しかし、今は変革の風向きが変わり、中国発のニューリテールモデルを、アマゾンやウォルマートなど欧米の小売業者が採用するようになっている。先ごろアマゾンは高級品販売に進出したが、これもアリババのTモールラグジュアリーパビリオンの戦術をそのまま取り入れたものである。
ザッコアが言うように、アリババのようなブランドを相手に戦うつもりであれば、取り得る戦略上の選択肢は限られてくる。「こうしたエコシステムに参加するほかないでしょう。こういった巨大マーケットプレイスには、ツールもインフラもあり、顧客もいるので、これを生かすということです。それだけでなく、ブランド自らミニエコシステムを構築しなければならない」という。
----------
ダグ・スティーブンス(だぐ・すてぃーぶんす)
小売りコンサルタント
小売りコンサルタント、リテール・プロフェット社創業社長。メガトレンドを踏まえた未来予測は、ウォルマート、グーグル、BMWなどにも影響を与えている。著書に『小売再生 リアル店舗はメディアになる』(プレジデント社)。
----------
(小売りコンサルタント ダグ・スティーブンス)