「それは私の仕事じゃありません」テレワーク下で起きている"昭和オジサン×平成若者"対立の実態
■多くの会社内の人間関係がギスギスし始めている理由
会社に殺伐とした空気が漂い始めている。コロナ禍で働き方が大きく変わったことで、新たな職場の軋轢や分断が続発しているのだ。
きっかけはテレワークだ。
難なくテレワークできる人と、したいのにできない人の間での溝は深い。医療・介護サービス会社の人事部長はこう語る。
「緊急事態宣言の再発令により在宅で仕事ができる人はテレワークを呼びかけているが、現場の社員は出社しなければならない。在宅勤務している管理部門の担当者が現場の責任者に『早く出勤データを送ってくれと』と催促すると、『こっちも忙しいんだ。在宅でのんびりと仕事をしている人にはわからないかもしれないけど』と、嫌みを言われることも多いと聞く。最近は現場の社員とのコミュニケーションにも支障を来している」
溝は、同じ部署内でもテレワークができる人とできない人との間にもある。建設業の人事部長はこのように嘆く。
「人事部門では給与業務のスタッフは出勤せざるをえないし、経理部門の一部の担当者は月末の締め日は毎日出勤している。逆にそれ以外のスタッフはほとんど在宅勤務。出社している社員は、最初は『何で私たちだけが出社しないといけないの』という不満の声もあったが、(テレワークができないため)最近は人事異動を申告する社員まで出ている」
テレワークに関する不公平感はどこの職場にもあるかもしれない。その不満が溜まりに溜まると職場の人間関係も悪化しかねない。
■職場に分断をもたらす火種になる「ジョブ型」人事
テレワークと並んで職場に分断をもたらす火種になりかねないのが、「ジョブ型」人事制度だ。
もともとコロナ前の2018年頃から経団連が導入を提唱していたものの、人事担当者の間では現実感に乏しかった。ところが、20年春以降の感染拡大によって一気にブームに火が付いた。
ジョブ(職務)型は職務範囲と裁量が明確であるため、オフィスと離れて仕事をするテレワークと相性が良く、生産性が上がると思われているからだ。
実際にジョブ型の導入を検討している企業が増えている。
リクルートキャリアの調査によると、導入企業は12.3%。従業員5000人以上の企業に限れば19.8%となっている。
「導入していないが、検討中である」企業が23.5%。これも従業員5000人以上になると28.3%と大企業ほど導入への関心が高い(「ジョブ型雇用に関する人事担当者対象調査」(2020年9月26日〜30日)。
■ジョブ型人事で「現行の年功型賃金制度を変えたい」という本音
導入の理由は、
「特定領域の人材(デジタル人材など)を雇用するため職種別報酬の導入が必要」(54.3%)
「新型コロナウイルスの影響により、テレワーク等に対応し業務内容の明確化が必要」(46.3%)
などがあがっている(複数回答)。
やはりジョブ型は離れて仕事をするテレワークに向いているというのは理解できる。だが、それに便乗するような形で、デジタル人材など報酬の高い優秀人材を獲得するために現行の年功型賃金制度を変えたいとの意識もあるようだ。
本来のジョブ型雇用と日本型雇用とは真逆の関係にある。
本来のジョブ型雇用(欧米型)は、職務内容を明確に定義したジョブディスクリプション(職務記述書)に基づき、職務をこなせる専門スキルを持つ人を採用・任用する。まず、ジョブありきで、そこに人を当てはめる「仕事基準」だ。
給与も担当する職務(ポスト)ごとに一律に決まるのが基本だ。日本のように人事異動や昇進・昇格の概念がなく、給与を増やすには職務価値の高いポストに必要なスキルを自ら修得することが求められる。
採用においても新卒・中途に限らず、必要な職務スキルを持つ人をその都度採用する「欠員補充方式」が一般的だ。
■日本型雇用を脱年功賃金にすると給料激減や就活大混乱が起きる
一方、日本型雇用はどうか。ご存じのように、職業スキルのない学生を「潜在能力」を基準に採用する「新卒一括採用」に始まり、入社後にOJTやジョブローテーションによってさまざまな仕事を経験させて長期にわたって育成する。
人事異動も頻繁に行われ、配置や昇進・昇格は蓄積された保有能力や適性を評価し、「この人ならこの仕事に向いている」と、人に仕事を当てはめる「人基準」だ。
給与も、求められる「遂行能力」を等級ごとに定義し、等級に応じて決まる。ノースキルの新人を長期に育成する以上、一律初任給を基本に生活保障給としての定期昇給と、培った能力に見合った「能力給」(職能給とも呼ぶ)が毎年積み上がっていく。
こうした日本型の人事制度によって長年にわたって今の職場風土が形成されてきたわけであるが、これを一挙に欧米のジョブ型に変えたら、脱年功によって中途半端な専門性しか持ち合わせていない人は給与が下がるなど職場は混乱するだろう。
また、専門スキルを持たない学生の就活が困難になるだけではなく、送り出す大学も教育内容の変更を迫られるなど混乱するのは必至だ。
■「私の仕事はここまでです、これ以上やりません」では困る人
もっとも日本企業のジョブ型導入企業の多くは欧米のジョブ型をそのまま真似たものではない。ジョブ型の賃金制度に着目し、その目的は「脱年功主義」にある。しかも職務は仕事基準ではあるものの、細かく定義した職務ではなく、職務・職責に一定の幅を持たせ、大括りに定義したものだ。
その結果、本来のジョブ型にはない会社主導の転勤などの人事異動も実施され、定期昇給はないが人事評価によって職務等級内の基本給やボーナスのアップダウンが実施されている。さらにノースキルの新卒の一括採用も行われている。
欧米のビジネスパーソンが見たら、とてもジョブ型と呼べるものではなく、日本的ジョブ型、もしくは「なんちゃってジョブ型」と呼んでもいいだろう。それでも「職務記述書」によって職務範囲を限定するとテレワークはやりやすいかもしれない。
しかし一方で今までの業務が機能しなくなってしまうという声もある。大手イベント会社の人事部長はこう語る。
「当社の業務はプロジェクト単位で動いている。一つのプロジェクトに営業やプランナー、設計のクリエイター、モノを製作する現場の担当者などいろんな職種の社員が集まって事業を完成させる。その中で、たとえば営業は顧客から仕事を受注するだけではなく、時にはプランナーに代わって提案したり、現場に出向いたりして製作担当者との調整も行っている。そこに職務を限定したジョブ型を導入し、『営業なので私の仕事はここまでです、これ以上やりません』となったら仕事が進まずプロジェクトが機能しなくなってしまう。当社に限らずクリエイティブ系の仕事が多い会社は難しいのではないか」
■40代後半以上はチームプレー重視し、若い世代はジョブ型志向
職種が違う者同士が意見を出し合い、互いの業務を補いながら進めるプロジェクトは不向きと言う。また、流通会社の人事部長はジョブ型を導入すれば社員間の対立をあおることになるだけと指摘する。
「中途採用で外資系企業から入ってくる人もいるが、職場で問題となるのは決まって『私の仕事はここまで』と言う人だ。ジョブ型の仕事のやり方をしてきたからしかたがないのだが、上司や同僚から『あまりにも協調性がなさすぎる』と非難され、職場で浮いてしまい、結果的に辞めていく人が多い。一度、外資系銀行出身の社員から、『上司から仕事を無理強いされている、パワハラではないか』と相談を受けたことがある。よく聞くと社員の言い分はそれなりに正しい。人事評価項目の『協調性』や『コミュニケーション』を見ても、自分の役割の範囲内ではちゃんとやっている。しかし、自分の範疇以外の仕事は一切やらない。元の外資系銀行では他人の仕事をやると逆に怒られたと言っていたが、それとは違う当社の職場風土には合わない。“混ぜるな危険”ではないが、こんな風土にジョブ型を入れたら職場が混乱するに決まっている」
外資系アレルギーならぬジョブ型アレルギーの強い日本企業もある。しかも今の40代後半以上の世代は何事もチームプレーを重視し、上司に仕事を依頼されたらどんな仕事でも「喜んで!」と引き受けてきた人が多い。
しかしその一方で若い世代には専門スキルを極めてキャリアアップを図りたいという、ある意味でジョブ型志向の人も少なくない。
前出のイベント会社の人事部長が懸念するのは、経営者による安易なジョブ型の導入だ。はやりに乗り遅れてはいけない、といった軽いノリで決めてしまう幹部が多いのだ。
「コロナ禍で業績不振に陥っている企業が多い。経営者の中には脱年功主義によって固定費の人件費を抑えることもできるというメリットに惹かれる人もいるだろう。その上、テレワークもできます、ジョブ型にします、と言えば若い世代だけではなく、優秀な新卒・中途を採りやすいかもしれない。しかし、安易に導入すると、年功的な職場風土で育った50代以上が多い企業だと社内の反発や混乱を招くことになるだろう」
ジョブ型の意味と職場に及ぼす影響をあまり理解していない経営者が安易に導入すれば、若い社員とオジサン世代の対立を生み、職場が混乱することになる。
経営者としては売り手(求職者)よし、買い手(会社)よし、世間(社員・職場)よし――という“三方よし”と思って導入した結果、社内が混乱し、生産性も著しく低下する事態になりかねない。
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溝上 憲文(みぞうえ・のりふみ)
人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)