11月5日から再びロックダウンすることになったイギリス。写真は9月の様子(写真:筆者撮影)

新型コロナウイルスの感染拡大を抑えきれなくなったイギリスで、人口の大半を占めるイングランド地方が11月5日から12月2日まで2回目のロックダウン(都市封鎖)に突入する。3月末、全国的なロックダウンを実施後、感染者数・死者数は大きく減少したものの、最近は感染者数が1日約2万人、死者数は累計で欧州最多の4万7000人にも上る(イギリスの人口は日本の約半分である)。

今回のロックダウンは前回とはどこがちがうのか。現地の様子をお伝えしたい。

「ハロウィーンのホラー」

ボリス・ジョンソン首相が再ロックダウンの実施を国民に伝えたのは、10月31日のテレビ会見の場だった。まず、首相の両側に立った政府の科学顧問と医療顧問がデータを使って現状を説明した。今年3月の1回目のロックダウン以降、夏に向かって感染件数は激減したが、9月以降急上昇。イングランド地方では、コロナの感染入院者数が9月上旬時点で数百人規模であったのが、10月30日には9295人とほぼ10倍に大きく増えていた。

ジョンソン首相はロックダウンによる経済活動や、人々の生活への多大な影響を思えば、再度実施したくはなかったという。しかし、「ほかのヨーロッパ諸国同様、この国でもコロナウイルスは科学者の予想による最悪のケースを上回る速度で拡大している」、何も手を打たなければ(国営の)「国民医療サービス(NHS)が超過状態になって、亡くなる人が続出する(中略)今ここで行動を起こすほかに選択肢はない」と言い切った。

31日は、秋の収穫を祝い悪霊を追い出すハロウィーンの日である。テレビ会見の翌日、サンデー・ピープル紙は「ハロウィーンのホラー(恐怖)」とする見出しを付けて首相の決断を伝えた。

一方、インディペンデント紙は1面全体を使って印象的な紙面を作った。真っ黒な背景に「何がジョンソン首相をここまで遅らせたのか」という問いを置き、PCR検査で陽性となった人数の急伸ぶりを折れ線グラフで示すとともに、「9月21日、政府の科学顧問グループがロックダウン的処置(「サーキットブレーカー」)を推薦」「10月13日、野党労働党がロックダウンを要求」「10月14日、科学者らが現状は最悪のシナリオを超えていると指摘」など、節目の警告を首相が再三無視してきたことを暴露した。

今回のロックダウンのルールは前回に非常によく似ている。不要不急の外出はしないこと、外に出られるのは日用品の買い物や1日1回の運動のため、あるいは医療そのほかの例外の場合のみ。ただし銀行、病院などは以前同様開いている。

仕事はできうる限り自宅勤務にすること、室内及び個人の庭などで同居する家族以外の人物と集まらないこと。テイクアウトを除いたレストラン、バー、カフェの営業や、劇場、映画館、美術館、美容院、スポーツジムなどは一斉閉鎖。国内外の旅行にも自粛要請が出る。唯一異なるのは、学校が開いていることだ。

前回のロックダウンの影響

振り返ってみると、3月当時、国民の多くが、そして政策立案者もロックダウンによってどのような結果が起きるのかを十分には認識していなかった。

政府とメディア界が協力して「家にいよう(ステイ・アット・ホーム)」というメッセージを繰り返したとき、国民には「ウイルス退治のためには、仕方ない。ここは一致団結して困難を潜り抜けよう」という思いがあった。国民医療サービス「NHS」で働く医師や看護師の献身ぶりをねぎらうため、「感謝の印」として、週に一度、外に出て拍手をするイベントさえあった。

5月以降は次第にロックダウンの基準が緩やかになり、6月からは百貨店を含む不要不急ではない小売店の営業が再開。7月以降はレストランも次第に営業が許され、ホスピタリティ部門の需要を刺激するために、政府は「外食することで支援しよう(Help Out Eat Out)」キャンペーンを8月に主導した。これは8月中の月曜から水曜までの間に外食をすれば、代金が最大半額になるというお得なサービスで、多くの国民が利用した。


外食を振興するためのポスター「助けるために外食しよう」(写真:筆者撮影)

映画館は「社会的距離(ソーシャルディスタンシング)」に考慮した座席作りや、除菌ジェルをあちこちに置くなどして営業を再開。しかし、劇場は最初のロックダウン以降ほとんどが閉鎖中で、アーティストらが抗議活動を行ったばかりだ。

前回のロックダウン時、イギリスのパブ業界も大きな打撃を受けた。樽に入ったビールはいったん開けてしまうと、2、3日で飲み切る必要がある。突然のパブ閉鎖令で、約4000万リットルものビールが無駄になったという(イギリス・ビール&パブ協会調べ)。

しかし、前回はテイクアウトができる飲み物の中にアルコール飲料も入っていた。今回はこれが除外されている。再ロックダウンの予定が発表された翌日から、パブの一部は通常の数倍安い値段でビールを販売し始めた。「捨てるよりは、飲んでほしい」のが本音だった。

イギリスの人口の84%を占めるイングランド全土でロックダウンが再度採用されることによる社会的な影響は非常に大きい。イギリスのシンクタンクの国立経済社会研究所(NIESR)は、感染拡大の第2波、ロックダウンイギリスの欧州連合からの離脱によって、今年第四半期のイギリスの成長率を1・5%増から3.3%減に修正する見通しを示している。

イギリス商工会議所のノアダム・マーシャル事務局長はロックダウンによって「さまざまなコロナ対策を講じてきたビジネス界が壊滅的打撃を受ける」という。コロナ禍以前と比べて「多くの企業がはるかに弱体化している。今回のロックダウンを生き延びることができるかどうかの戦いになる」。

いまだに飲食店や電車はガラガラ

生きるか死ぬかの状態であることを筆者が実感するのは、ロンドン中心街や、近郊の通りを歩く時だ。閉店となった店舗があちこちにあり、レストランや美容院の中をのぞくとかなり客数が少ない。誰もいない状態も珍しくはない。最近になって、ようやく客は戻ったようにも見えたが、社会的距離を取る必要からすべてのテーブルを埋めることができない。

電車もラッシュ時以外は空いており、駅構内の人も少ない。ロンドン市内のバスは人数制限が課されているため、これでは十分な収入は得られないだろう。利用客が激減した航空界はもっと悲惨だ。イギリス政府は、今のところ特定の業界を対象にした財政支援を提供していない。

低所得者に財政支援を提供する「ユニバーサルクレジット」への申請者はコロナ禍によって、5月時点で約180万人に達し、無料で食料品を得られる「フードバンク」の物資を集めるための拠点が通りのあちこちに設けられている。

政府は10月末までで終了予定だった、雇用維持スキーム(従業員は現在の非就労期間分の給与の80%、月に最大2500ポンド=約34万円までを受けとることができる)を延長することを決めた。

このスキームの利用者はイギリス全体では現在約200万人。これが今回のイングランド地方の再ロックダウンで550万人に増加し、スキームへの拠出額は545億ポンド(約7.4兆円)に上るという試算が出ている。これはイギリスの国防費に相当するほどの巨額だ。

イギリス監査局の推計によると、政府のコロナ対策に拠出した総額は8月時点で2100億ポンド(約28.5兆円)に上ったという。政府の公的部門の予算の約4分の1に相当する。

暗いクリスマスになる可能性

最初の全国的なロックダウンはいつ解除するかを決めない形で始まったが、今回は「11月5日から12月2日まで」という期限付きだ。どれほどの効果があるのか。

インディペンデント紙も指摘していたが、科学者らがロックダウンの実施を提案したのは9月だった。そこで、「何カ月も前から警告してきたのに、今となっては数字を劇的に抑えるには遅すぎる」という見方がある。また、「たった1つの政策に頼るには無理がある」という声も。

どの科学者も「PCR検査の増大や、陽性となった人とその周囲に注意を喚起する『追跡アプリ』の拡充、ワクチン開発の迅速化」といった、複数の施策を同時に行うことで一定の結果が期待できるという。しかし、陽性者に接触した人を見つけ、検査を受けてもらい、必要であれば隔離させるための追跡アプリが迷走状態となっている。

ジョンソン首相は「世界に誇る追跡アプリ」を開発したと豪語したものの、まず陽性となった人が接触した人々への連絡率が低い。首尾よく連絡が付き、今度はその人が検査を受けたとしよう。その結果の判明に数日かかる場合が多い。この間にほかの人に感染しまうこともあるわけだ。

ワクチンは年内あるいは来年の春までには利用できるはずだが、広く行き渡るまでには相当の時間がかかると言われている。

イギリスでは、クリスマスと言えばたくさん買い物をし、食べて飲み、家族と一緒に過ごす非常に重要な時だ。しかし、本当に12月2日までに再ロックダウンが解除されるかどうかも不透明な中、クリスマス当日、同居していない自分の肉親と会えるかどうかもわからなくなってきた。今年のクリスマスは、イギリスに住む人にとって暗いものになりそうだ。