旬の素材を使った毎日の料理や、時季ならではのおいしい食べ方をつぶやくツイッターアカウント、「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe
)を運営する文筆家の寿木(すずき)けいさん。

使いたいと思う食材や道具、そしてだれかへの贈り物は、四季に導かれるものだそう。
寿木さんから季節のあいさつに代えて、読者の皆さんへ「今日はこれを手に取ってみませんか?」とお誘いします。

新生活の始まるこの時期、「はじめまして」の人との会話の糸口はぜひつかみたいもの。
今回は、そんな緊張をほぐしてくれる「カンバセーションピース」というアイテムを教えてもらいます。

会話のきっかけになる、おもしろいアイテムがあると心強い



ファッションの世界には、カンバセーションピースという表現がある。
「それ、おもしろいですね? どこのですか?」
こんな風に会話のきっかけになる服や小物のことで、「ネタになる」とか、今なら「映える」とも言い換えられるだろう。

新しい環境に身を置く人も多い季節。身のまわりのものを新調する際に、カンバセーションピースになるかどうかを考えてみたら、買い物の新しいヒントになるかもしれない。

●故郷・富山の美しい水が生んだ和紙


桂樹舎の八尾和紙を使った名刺入れ。値段は2000円ほど。

今年のはじめに私が買ったのが、こちらの名刺入れ。
富山の和紙メーカー・桂樹舎
の商品で、八尾和紙が使われている。銀座界隈に出かけたら必ず立ち寄る「民芸たくみ
」で見つけた。
私の故郷・富山県にある八尾町が誇る伝統工芸品「八尾和紙」は、もともとは字を書くためではなく、加工するための紙として製造されたものだった。古くは富山の薬売りも、この紙でつくられた箱に薬を入れて日本全国を行脚していたという。


プリーツ状になった紙のおかげで、収納力も抜群。すみずみまで絵柄がきれいに出ている。

紙と聞いて、すぐボロボロになってしまいそうと思われるかもしれないけれど、そんなことはない。最初は少し硬かった手触りが、日が経つほどにこなれてきて、よりしなやかに、指になじんでくる。

その丈夫さの秘密は、八尾和紙独自の技術にある。八尾和紙では、手作業で型染めを行い、型堀、糊置き、地染め、色差し、水元、乾燥という複雑な工程を経て、ようやく1枚の和紙が完成する。印刷とは違い、染料が和紙の内部にまで浸透するため、折っても模様が損なわれることがなく、鮮やかな美しさが続くのだ。


こちらは夫に贈ったもの。四葉繋ぎと呼ばれる柄。

私が使っているのを見た夫も、「和紙? 珍しいね」と興味津々。バレンタインデーに贈ったところ、とても気に入って愛用してくれている。夫は海外の人と仕事をする機会が多い。美しさと強度を兼ね備えた日本の紙小物は、エンジニアにとって共通の関心の的になるようだ。まさに、国境を越えたカンバセーションピース。

●ブランド信仰に、変化あり

思えば、ファッション誌の編集者だったときは、それこそ銀座や表参道にお店をかまえるような一流ブランドのレザーの名刺入れを使っていた。

雑誌の編集職を離れた現在は、衣食住さまざまなブランドを手がけるメーカーやクリエイターの方々と仕事をすることが増えた。皆さん、自分のブランドや商品に愛着をもっている。どんなものをつくっているのか、ものをよく見て生産者の声に耳を傾けるうちに、ならば自分はなにをもつか? ということに対し、より意識的でありたいと思うようになった。
こうしてまた、買い物を正当化する言い訳をいくらでも思いついてしまうのだ。

【寿木けい(すずきけい)】

富山県出身。文筆家、家庭料理人。著書に『いつものごはんは、きほんの10品あればいい
』(小学館刊)など。最新刊は、初めての書き下ろし随筆集『閨と厨
』(CCCメディアハウス刊)。趣味は読書。好物はカキとマティーニ。
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