2018年11月18日、新宿駅南口前で開かれた「国会パブリックビューイング」。テーマは入管法改正。

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安倍政権に批判的な人たちは、「安倍やめろ!」とさけぶデモを繰り返している。だが、そうした活動にはどれだけの効果があったのだろうか。法政大学の上西充子教授は「デモとは違う形で安倍政権の問題を知ってもらおうと、2018年から国会審議の街頭上映会を続けています。国会でのやりとりをノーカットで見てもらうことが重要なんです」という--。
写真提供=上西充子教授
2018年11月18日、新宿駅南口前で開かれた「国会パブリックビューイング」。テーマは入管法改正。 - 写真提供=上西充子教授

■「国会パブリックビューイング」とは何か

--上西教授は2018年から「国会パブリックビューイング」(国会PV)に取り組まれていますね。徐々に注目が集まり、今年2月には新著『国会をみよう 国会パブリックビューイングの試み』(集英社クリエイティブ)も出ました。

国会PVは、国会審議の様子を駅前などの街角で上映する活動です。生中継ではなく、インターネットで配信された国会審議の一場面を切り出した動画をスクリーンに映します。

はじめは映像だけを流し、私がスクリーンの隣に立って解説をする形を取りました。その後、横に立たない方が見てくれるのではないかと考え、私の解説を別に収録し、30分〜1時間ほどの一本の動画にまとめるようにしました。質疑応答の内容をより理解してもらえるように、字幕もつけました。

--どんなテーマを扱っているのですか。

上西教授(写真=菅原雄太)

働き方改革や入管法の改正、統計不正など与野党対決型となったテーマです。最近では大学入試改革の問題や桜を見る会もテーマにしました。昨年の臨時国会以降は、スライド解説も加え、私やゲストがスクリーンの横で解説する形をとっています。

制作した番組や国会PVの様子はYouTubeにもアップしています。

--国会PVは誰が、どのように運営しているのでしょうか。

メンバーは現在、13人です。開催場所や時間は事前にツイッターで告知し、不定期で開いています。これまでに新橋や有楽町、新宿駅前などで開いてきました。

ノートパソコンとプロジェクター、充電式のバッテリー、布製のスクリーンとスピーカーがあれば国会PVは開くことができます。

■ネット空間から生まれた「国会パブリックビューイング」

--なぜ2018年に「国会パブリックビューイング」が始まったのですか。

上西教授(写真=菅原雄太)

2018年6月15日、東京・新橋駅前のSL広場で国会PVを初めて開きました。街頭上映会というアイデアを思いついたのはその4日前です。ツイッターで「街頭上映会とか、できないですかね」とつぶやいたら、ものすごいスピードで形になりました。新橋駅前での上映会は、面識もない人たちと組んで始めたものなんです。

当時、国会では「働き改革関連法案」の審議が大詰めを迎えていました。国会PVの出発点は、この法案の中で政府が実現しようとしていた「高度プロフェッショナル制度」(高プロ)の問題点を世の中に発信しようと思ったからです。

「働き方改革」と言えば聞こえはいいのですが、当初、この法案には時間外労働に罰則付きの上限を設ける規制強化を盛り込む一方、裁量労働制の対象業務を広げ、高プロという規制緩和策を抱き合わせたものでした。

労働時間に関係なく成果をあげた人が高い賃金を得ることができるかのように喧伝された訳ですが、労働時間規制が及ばない労働者の類型を新たに生み出すことによって、労働条件の最低基準を定めた労働基準法に穴が開き、形骸化してしまう危機感がありました。

■きっかけは「働き方改革」の国会審議

--裁量労働制の拡大は法案提出前に削除されていますね。

そうですね。私は政府が根拠としていたデータの間違いを見つけ、ウェブ上で記事を書いて問題点を指摘していました。すると、野党議員がその問題を国会で取り上げました。最終的には、安倍晋三首相が答弁を撤回し、法案からの削除にもつながったのです。

実際の国会審議をじっくり見始めたのは2017年からだったのですが、この経験から、国会に目を向け、おかしいと思うことはおかしいと声を上げることに意味があるんだと感じましたね。

--高プロはどうなったのでしょうか。

国会パブリックビューイングのチラシ(写真=菅原雄太)

野党は同じように法案の問題点を厳しく追及しました。法案の提出理由の大前提が崩れるところまで行きましたが、法案からの削除には至らないわけです。

これはもう論じゃないんだと思いました。論で詰めるだけでは、無理なんだと。

それに、大手メディアの動きが鈍かったんです。裁量労働制の時は新聞やテレビ、ワイドショーでも取り上げられましたが、高プロは危機感が共有されていないと感じました。

ウェブ記事で問題点を指摘しても、関心のある人の範囲を超えて読まれることは難しいですね。ツイッターでつぶやいても同じことです。国会や官邸、議員会館前の抗議集会も、関心を持っている人しか集まりません。

写真提供=上西充子教授
2018年10月7日、長野県松本市の松本駅前で開かれた「国会パブリックビューイング」。テーマは働き方改革。東京以外の都市でも活動が広がっている。 - 写真提供=上西充子教授

その範囲を超えて、広く認知してほしかったんです。いま国会で何が、どう議論されているのかを見てもらおうと思い、街頭上映会を企画したんです。

■「声をかけない洋服屋さん」方式

--見守るだけですか? 

はい、当初は解説つきの番組を上映し、私たちは離れて見守るだけでした。私は「声をかけない洋服屋さん」方式と呼んでいます。街頭活動の主催者は「話を聞いてほしい」「伝えたい」という気持ちが前面に出てしまうあまり、声を張り上げたり、刺激的な言葉を掲げたりすることがあります。

でも、それって見る側からすれば引いちゃうと思うんです。相手に伝える、届けるためにも「相手への敬意」が必要だと思います。聞いてくれるか否か、足を止めてくれるか否かは相手にゆだねる、それが「声をかけない洋服屋さん」方式です。

--一般的な街頭活動のイメージとは違いますね。

そうですね。やっぱり、私が既存の市民活動に違和感があったからですね(苦笑)。首相官邸前や国会前、議員会館前のいろいろなデモに参加してきましたが、やはり関心のある一部の人しか集まりません。

上西教授(写真=菅原雄太)

「これをやってどんな意味があるんだろう」と思うことがありました。無意味だとは言いませんが、限界があると感じていました。

例えば労働組合が主催するデモで、組合の旗が並んでいるとき。私はどこに立ったらいいのかって思っちゃうわけです(笑)。

さらに、最後はお決まりのシュプレヒコールです。

■安心して足を止めてもらえるような空間づくり

もちろん団結力を高めることや問題意識を共有することは大切なんです。みんなで「反対!」ってやりたい人もいる。しかし、そんな運動だけでは、問題が山積している法案が国会を通っちゃう現実があるんです。

一方で落ち着いて問題を考えたいという人も大勢いるはず。既存の労働運動や市民運動は、従来の参加者の外にどう広げていくか、というところがものすごく足りないなって思ったんです。

国会PVでは落ち着いて問題を考えたい人たちにも、安心して足を止めてもらえるような場にできるよう心がけています。だからビラを配らないし、コールもしません。淡々とした解説を添えて国会審議を見てもらい、考える材料にしてもらおうと思っています。

--国会審議はテレビや新聞でも報じられます。それでは不十分ということですか。

高プロに関する報道が、残念ながら良い例だと思います。地上波でNHKや民放のニュース番組が一生懸命取り上げてくれればいいんですが、高プロの問題はあまり取り上げられなかった。

特にテレビですが、絵にならない複雑な問題はニュースになりにくい。国会がニュースになるのは、多くの場合、安倍首相が出席する予算委員会や本会議、それと、与野党がもみ合いになる採決の場面ですよね。

2015年の安保法制の時などは、議員たちが委員長席を取り囲んでマイクの奪い合いをする映像が頻繁に流れました。もみ合いのシーンは、単純明快で絵になる。テレビも取り上げやすいわけです。

■メディアがやらないから私たちがやっている

--分かりにくい問題は、ニュースになりにくいということですね。

さらに、採決の段階でメディアが問題を取り上げても遅いと言わざるを得ません。委員会で採決をされたら次は本会議です。衆議院が終わったら参議院、そしてあっという間に成立です。メディアの動きが鈍いのは致命的なんです。

だから、法案が国会に出される段階、あるいは審議の段階から情報発信をして、多くの人に関心をもってもらうことが大切です。

それをメディアがやらなかったから私たちがやったんです。でも、私たちはメディアの代わりにはなれません。国会PVという一つのモデルをぜひ参考にしてほしいと思います。

--国会審議での注目ポイントを教えてください。国会PVで伝えたいことは何ですか。

今、国会で何が議論されているのか。野党がどういう質問をして、安倍首相や閣僚がどう答えたか。ありのままを見てほしいと思っています。国会PVは国会審議を「可視化」することが大きな目的です。

しかし、今のテレビや新聞だけでは正確に可視化できているとは言えません。

■テレビや新聞が「削った部分」こそ見てほしい

テレビは「尺」、新聞は「文字数」に制限があります。国会審議でのやり取りは報道機関によって「編集」されて紹介されます。尺や紙面の都合で要約したり、映像をつないだり、削ったりしたものです。

上西教授(写真=菅原雄太)

実際には、無駄に説明が長い答弁や、何を言っているかわからない答弁もありますが、編集では、それをバッサリ削るんですね。でも、本当に重要なのは編集の過程で「削られた部分」にあるんです。

安倍首相や閣僚の答弁も要約されると誠実に答弁しているように聞こえます。ノーカットで聞いてみると、はぐらかしたり論点をすり替えたりすることが多々あるんです。この事実を見逃してはいけません。そんな答弁の繰り返しでは、議論は深まるはずがありません。

--「ご飯論法」のことですね。

そうです。国会PVでは、編集で削られてしまった部分をノーカットで見てもらうことで、リアルな国会審議の様子が可視化されます。私は意図的に論点をずらす政府の答弁姿勢を「ご飯論法」と呼んで批判しましたが、これも安倍政権側の不誠実な答弁姿勢を可視化させるためのツールだと言えます。

■選挙は「ドラフト会議」、国会審議は「試合」

--国会をみるなかで新しい発見はありましたか。

国会審議を見ていて、私自身気づいたことがあります。それは「選挙だけじゃないんだ」っていうことですね。

上西 充子『国会をみよう 国会パブリックビューイングの試み』(集英社クリエイティブ)

テレビや新聞では選挙前には政党や候補者の動きが特集されます。公約や意気込みを有権者に示します。投開票日の夜は、何時間も選挙特番が組まれますよね。当選確実の速報が流れ、当選した人が万歳三唱をする映像がテレビに映し出される。

その後はどうでしょうか。当選した議員たちが何をしているのか、テレビで目にすることってほとんどありませんよね。

選挙って野球の「ドラフト会議」みたいなもので、球団に指名された選手が、実際の試合でどれだけ活躍するかが大切ですよね。ドラフト1位指名で最初は華々しかったけど試合はボロボロ、なんて選手もいる。全然目立たなかったけど試合で好プレーを連発する選手がいるのも事実ですよね。

■「試合」を見て良い選手を見極める

--選挙が「ドラフト」とすれば、国会は……。

国会審議は「試合」です。国会議員という選手が、試合の中でどんな活躍を見せてくれるか。そして、立憲頑張っているじゃないか、共産党ってすごいなとか、国民民主も堅実だなとか、なんかそういうのを見て、それでまた次の選挙の判断材料にできるというわけです。

試合は選手が練習の成果を披露できる場です。私たちにとっても試合を見て選手をしっかりと見極めることができる貴重な場だと言えます。

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上西 充子(うえにし・みつこ)
法政大学 キャリアデザイン学部教授
1965年奈良県生まれ。東京大学教育学部卒業後、同経済学部に学士編入して卒業。同大学院経済学研究科第二種博士課程単位取得満期退学。日本労働研究機構(現在の労働政策研究・研修機構)の研究員を経て、法政大学キャリアデザイン学部教授、同大学院キャリアデザイン学研究科教授。専門は労働問題。2018年6月より、「国会パブリックビューイング」の代表として、国会の可視化に向けて取り組んでいる。2018年の新語・流行語大賞トップテンに選ばれた「ご飯論法」の受賞者のひとり。2019年、日隅一雄・情報流通促進賞の奨励賞を受賞。
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(法政大学 キャリアデザイン学部教授 上西 充子 構成=菅原 雄太)