2019年の東京モーターショーでは「トヨタ経営会議」と銘打って豊田章男社長(写真左)と5人の副社長がトークセッションを行った(記者撮影)

自動車業界を「100年に1度の大変革期」と位置づける中、前例にとらわれない取り組みをまだまだやり続けるということだろう。

トヨタ自動車は3月3日に、4月1日付の役員体制の変更を発表。副社長と執行役員を「執行役員」に一本化した。副社長職廃止の狙いについて、豊田章男社長は「さらに階層を減らすことによって、私自身が、次世代のリーダーたちと直接会話をし、一緒に悩む時間を増やすべきと判断した」としている。

トヨタは近年、毎年のように役員制度に手を加えてきた。2019年1月には業務執行を担う執行役員の数を55人から23人にまで削減するという大ナタを振るった。そして専務役員と常務役員の肩書をなくし、執行役員の名称として残ったのは、社長、副社長(6人)、フェロー(1人)だけになった(現在、フェローは2人)。

新設のチーフオフィサーに2人の”若手”

このときトヨタは「階層を減らすことで、これまで以上のスピードで、即断、即決、即実行ができるようにする」としていた。社長を含む副社長6人をトヨタは自ら「7人の侍」と称し、友山茂樹副社長は2019年に「ここ2〜3年が重要な時期だと思う。そのための7人の侍」と話していた。だが、常務、専務をなくしてから1年余りで、侍のメンバーである副社長職の廃止にまで踏み込んだ。

4月からは、各役員には「チーフオフィサー」「カンパニープレジテント」「地域CEO」「各機能担当」の担当を割り振ることになった。


現在の6人の副社長のうち、吉田守孝副社長(62歳)は退任する。ディディエ・ルロワ副社長(62歳)は取締役を続け、欧州の現地法人会長として、英国の欧州連合離脱(ブレグジット)やディーゼル規制といった欧州事業を取り巻く課題に専念する。

残る4人の副社長は各領域のチーフオフィサーを務めることになる(図参照)。小林耕士副社長はCFO(最高財務責任者)から外れるが、豊田社長の番頭を自認する立場から、あらゆる領域に目配りをする役割は変わらないだろう。

チーフオフィサーは6人で、ほかの2人は共に51歳の近(こん)健太氏と前田昌彦氏。経理畑出身の近氏はCFOを、エンジニア出身の前田氏は寺師茂樹副社長の担当していたCTO(最高技術責任者)を担う。2人とも執行役員になったのは2019年で、1年で副社長4人と共にチーフオフィサーの要職に就く。

チーフオフィサー以外の地域CEOやカンパニープレジデントなど各機能を担当する執行役員は17人。その多くは50代後半から60代で、50代前半の「若手」である近氏と前田氏は異例の昇進といえる。

豊田社長は役員体制の変更を発表した翌日の3月4日、労使協議の場でこう述べている。


2020年4月からCFOに就く近健太氏とCTOに就く前田氏。

「今のトヨタにおいて、責任者は、私ひとりです。執行役員は、今のトップを支える経営陣であるとともに、次のトップの候補生でもあると考えております。そのためには、1つの機能ではなく、2つ以上の責任範囲を持ち、より大きな視点で会社を見るトレーニングをし、トップの役割である『責任をとること』『決断をすること』ができるようにならなければならない」

この発言から、肩書をなくしてフラット化した執行役員の中で、次世代幹部を養成し、自らの後継を見極めていく意図が見て取れる。2009年、リーマンショック後の熾烈な環境下でトップを任された豊田氏は2020年5月で64歳、6月で社長在任期間が11年となる。かねて、「価値観の共有や企業風土改革は自分の代でやり切る」と言ってきたが、次のトップ候補を着実に増やしたいという思いを強めているのかもしれない。

執行役員になっても降格はありうる

トヨタ幹部は今回の体制変更について、「能力のある人はどんどん(執行役員に)起用していく。ただ、そうした人たちが成長するかどうかはまだわからない。駄目だったら降格になる」と話す。つまり、執行役員に就いても、幹部職への降格もありうるわけだ。

もっとも、執行役員からの降格もありうるという方針について、トヨタ系部品会社の社長を務めるトヨタOBは異を唱える。「降格は、トップに人をきちんと評価する目がないと公言しているようなもの。重い責任を与えるのであれば、それにふさわしい人材をきちんと見極めて配置することが基本ではないか」という理由からだ。

幹部人事に限らず、さまざまな変革を進めている豊田社長は「大変革の時代は、何が正解か分からない。いいと思ったことはやってみる。間違っているとわかれば、引き返して別の道を探す」とかねて強調している。批判を承知の上で人事を見直す中で、一定の結果を示すことも重要になる。

抜擢人事といえる近氏や前田氏のほかに、チーフオフィサーの中で重責を担うことになるのが、開発出身の寺師茂樹氏だ。ルロワ副社長からチーフ・コンペティティブ・オフィサーを引き継いだうえで、新設されるチーフ・プロジェクト・オフィサーも務める。この職務は「『特命全権大使』にあたり、水素や中国関係の対応をする」(トヨタ幹部)という。


豊田社長(左)は社長就任11年目。新設されたチーフ・プロジェクト・オフィサーに就く寺師氏(右)。特命全権大使として責任は重大だ(撮影:風間仁一郎)

トヨタにとって、最重要市場の1つが市場規模がもっとも大きな中国だ。2019年の販売台数は162万台と初めて日本の販売台数(161万台)を上回った。市場の大きさもさることながら、中国はエコカー普及の商機と見る。2018年に李克強首相がトヨタ自動車北海道を訪問した際、環境技術の協力を要請されたことが転機となった。

2019年には名門の清華大学と連合研究院設立で合意し、燃料電池車をはじめとする電動化技術で中国との関係を強化。トヨタは2020年代前半に電気自動車を世界で10車種以上売り出す計画で、まず2車種を中国で投入する。

寺師氏は走行中に二酸化炭素などを排出しないゼロエミッション車の開発に取り組むトヨタZEVファクトリーのトップも務める。これまでの実績から判断し、「特命案件」を担当するのにふさわしいと判断したとみられる。

「トヨタは大丈夫だと思うこと」が脅威

世界的に自動車市場が軟調な中、トヨタは2019年度も前年度比1%増の1073万台を計画する。社長就任時の2009年、「トヨタ丸は嵐の中の海図なき航海に出た」と語った。2018年度に日本企業として初めて売上高30兆円を達成した際、豊田社長は「最大の脅威は、トヨタは大丈夫だと思うこと」と発言し、慢心に対する強烈な危機感を示した。

豊田社長は3月4日の労使会議の場で、4月からの役員体制について、「まだまだスタートポイントに立ったばかりの『過渡期』であり、今後も随時見直しをしていく」としている。自動車業界の大変革期を乗り切るため、あらゆる面で機動性を高める意味でも、人事制度の聖域なき改革は不可欠だろう。そして、役員や社員が存分に能力を発揮できる環境をきちんと整備できるか。社長12年目が近づく中、豊田社長の責任はますます重くなっている。